自殺志願者たち

 自殺志願者たちが一番食いついたのが呪いのアプリだ。苦しまずに楽に死ぬことができる。それがキャッチフレーズのようにネット上に飛び交った。


 主な書き込みは以下のようなものが多い。


『呪いのアプリ譲ってください』

『呪いのアプリ譲ります。料金は〇万円です』

『呪いのアプリで一緒に死にませんか?』

『一番楽に死ぬ方法あります』

『呪われて死ぬには連絡先の交換が必要です。交換してください』


 個人情報を売るために連絡先を交換しようとする悪徳業者も現れた。社会現象となり、呪いのアプリの名前を知らない人はいないというくらい日本全国民へと広がった。新聞やニュースにも取り上げられ、マスコミを介して、その存在は本物だろうという確証すら感じられていた。しかし、誰が何のために作ったのかは、誰もたどり着くことができなかった。


 本当に呪いの子どもがいて、怨念から生み出されたのだろう。そんな想像が広がっていた。あるはずはない見えない呪いというものを人々は心のどこかで信じていた。みんながそう思い込んでいたように思う。声に出さなくともきっと呪いは存在すると。不幸になるのは呪いが関係しているのかもしれないと他者のせいにする心理もそこにある。でも、科学で解明されないことを絶対に存在すると言う事は大人になると誰もがスルーする。確信が持てないからだ。そして、忙しい大人はそんなことに時間を使えなくなるからだ。


 自殺志願者はこの世が嫌いで人が嫌いだ。中にはかまってほしいだけの人もいるが、実際に呪いのアプリをインストールはしない。かまってほしいだけであれば、ただ誰かと繋がりたい。それだけにとどまる。しかし、本気の人の目は違う。


 しかし、死に方は少しでもきれいで楽な方がいいのが人間の心理だ。高層ビルから飛び降りて、地べたに落ちるとか、車や電車に轢かれる場合はきれいな形で死ねない。できれば汚い死は選びたくはない。なぜならば、自分の存在がきたない形で終了してしまうからだ。それに、痛みや恐怖が伴うことは最小限にとどめたいのが人間の心理だからだ。


 呪いのアプリならば、きれいな状態で痛いこともなく、一瞬で死ぬことができる。恐怖も最小限で死ぬことができる。高層ビルから飛び降りるほどの勇気もいらない。死ぬという敷居が低いのがアプリの一番の特徴だ。


 ただ、14日待つだけでいい。楽に死ぬことができる。それは、自殺志願者の光になる。しかし、アプリは簡単には入手できない。誰かに呪われなければいけないし、呪う相手も自分が死ぬかもしれないリスクを伴う。実際、それほどまだアプリ自体は、一般人に出回ってはいなかった。しかし、死んだ者が書き残したネット上の文章に呪いのアプリや呪いの子どもについて書かれていた。そういった不可思議な事実が都市伝説のように日本全国に出回った。


『呪いのアプリに呪われて困っています。譲渡に応じていただける方、連絡ください』


 そういった書き込みがネット上にあった。譲渡という制度が成り立つのだろうかと自殺志願者はハイエナのように群がった。


 実際に譲渡を成立させた人に週刊誌がインタビューした記事があった。週刊誌には仮名で顔は出していなかったが、たしかに証言していた。呪いのアプリを自殺志願者に譲り、自分は今でも生きている。そして、志願者は14日後に死んだ。それが本当ならば、譲渡制度が成り立つらしい。


 事件真相の調査のため、カルトは週刊誌の紹介で、実際に呪いのアプリを勝手にインストールされてしまった被害者に会う。ごく普通の20代の男性だったが、その証言はとても嘘をついているとは思えず、カメラで撮影したアプリのアイコンや実際に自殺志願者とのやり取りのメールを見せてくれた。実際に譲渡した人は14日後に死んだという。死因はただ心臓が止まったらしい。その者は体の病気はなく、呪いのせいだとしか思えないと言っていた。


 今の時代いくらでも譲渡希望者がいるから、アプリで呪われてしまったら、自殺志願者に譲渡することが一番だという。証言者は呪いの子どもについても、実に生々しい会話の様子についても覚えていた。呪いの子どもについての証言も実際に見たカルトと同じ見た目であり、話し方もそのものだった。嘘はついていないだろう。


「しかし、譲渡した場合、譲渡された人は誰の名前を言えばいいのだろう?」

「その場合は、呪いの権利が移行すると聞いたよ」

 弱弱しい見た目の男性がうつむき加減で答える。もしかしたら、呪われた経験が人間不信になってしまうきっかけになってしまったのかもしれない。


「ということは、呪い主が変わって、あなたが呪い主になるということか?」


「そうなります。賭けですよね。呪い主を知ったうえでの譲渡だから、相手が自分の名前を言えば、その場で死んじゃうし。でも、このままじゃ14日で死んでしまいます。だからこそ、切実に死をねがっているものを精査した上で、譲渡しました」

 目を合わせずに下を向く。きっと彼の性格はもう人間不信となってしまったのだろう。心のシャッターは閉まったまま開きそうにもない。


「でも、念のため本名は教えませんでした。でも、連絡先を交換したら、譲渡はできたんです。もうアプリはアンインストールされていました」

 貧乏ゆすりと言われる足の動きを無意識に行う男性。小刻みに揺れる。


「元々の呪い主はまだわかっていないんですか?」


「はい。だから、携帯電話を解約して、新しい番号に変えました。基本的に連絡先には何も入れません。手書きの手帳に必要な電話番号は書いて持ち歩いてます。怖いんです。信じていた予想だもしない誰かがまた呪ってくるかもしれない。もちろんまた譲渡すればいいかもしれない。でも、何度も恐怖とリスクがつきまとう」


 彼のひ弱な手は震えていた。足も震えている。呪いの魔力は彼の中でずっと続くのかもしれない。誰かが送った呪いは違った形で彼の中に恐怖心を確実に植え込んでいた。


 たしかに何度でも呪いのアプリを使って呪うものはいるだろう。しかし、呪いの子どもを呼び出す正式な方法はまだわかっていない。噂によれば、呪いの子どもを呼び出す方法があるらしい。


 その方法は深夜12時14分に呪いの子どもを呼び出すことらしい。しかし、呼び出してしまうと呪い主として確実に死ぬリスクを背負ったまま呪わなければいけなくなる。そして、呪ってしまう相手を決めたら、その人が死んでしまう。だから、面白半分で呼び出すものはいない。本気の者だけが呪いの子どもを呼び出す――。

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