Ⅲ-変化と思想
◆
「すーちゃんさ、入学式の自己紹介で一昨年の話してたよね」
「一昨年……っていうと、1999年?」
「そ」
あたしの──いや、あたしたちの生活は変わった。教室の隅で背を丸めて、一人でお弁当を食べるのをやめた。代わりにあたしたちは屋上へと続く人気のない階段で、二人膝を並べて昼食を取るようになった。
「すーちゃん、タコさんウインナーいる?」
「いらない。今いちご牛乳飲んでるから」
「意外と合うかもよ」
「いや……さすがにちょっと……」
昼休みに寝たふりをしたり、黙々と本を読んだりもしなくなった。屋上だったり図書室だったり中庭だったり、場所を変えながらあたしたちはひたすら話をした。共通の話題なんてないかも、なんていうのは全くいらない心配だった。あたしたちの間に話題が尽きることはなく、今までのこと、将来のこと、生きること、死ぬこと、そういう漠然としたものについて飽きることなく話し続けた。
「で、何だっけ。1999年?」
「そう。ほら、すーちゃん言ったじゃない、『2000年になっても世界が滅びなかったからここに進学してきました』って」
「あぁ……うん……言ったかも……」
「うへへ〜、すーちゃん顔真っ赤〜」
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。まぁ、すーちゃんがそれを言ってくれなかったらあたしはすーちゃんと友達にはなれなかったんだけど。
「京子、お願いだから早く忘れて」
「嫌だよぅ。あたし、一生忘れないんだから。……ていうか別にすーちゃんのことからかいたいわけじゃなくってね? あたしも、滅んじゃえばいいのにって思ってたから」
「そうなの?」
すーちゃんは意外そうな顔をする。そんなに驚くことだろうか。
「京子はなんていうか、色々考えちゃうけどもっと前向きかと思ってた」
「そういうふうに見えてたんだ」
今度はあたしが驚く番だった。あたしはすーちゃんが思っているような人間じゃない。もっと暗くて後ろ向きで世間知らずで、おまけに一歳と数ヶ月の幼女だ。
「でも、すーちゃんにそう見えてたんなら成功かも」
「何が?」
「あたし、1999年に世界が滅んでほしかった。全部終わっちゃえって、ずっとそれだけ祈ってたの。でも滅ばなかった。そしたらあたしたちどうせそのうち死ぬんだからって、急に全部吹っ切れたの。1999年に一回死んだつもりで、好きにやろうって」
「へぇ……そうだったんだ」
「そ。だから、前向きっていうよりはヤケクソなんだよねぇ」
あたしはそう言って、へらへらと笑ってみせた。自分のことを真面目に話すのは少し気恥ずかしかったし、すーちゃんに深刻な顔をしないでほしかったのだ。
すーちゃんは少しだけ真面目な表情をした後、急にあたしの肩を掴んだ。
「京子!」
「うわっ! なに? お弁当、落ちるところだったんだけど!」
「あ、ごめん」
ちょっと冷静になって謝るすーちゃん。
「どうしたの、すーちゃん」
「いや、あの。……京子のこと好きだなって」
「何だそりゃ。もしかして今までは好きじゃなかったの?」
「そういうことじゃなくて! なんか、京子の……思想? って言えばいいの?」
思想。
あたしが持っているものが、そんな大仰な言葉で表されていることに思わず尻込みしてしまう。すーちゃんが言わんとすることは、たぶんあたしの考え方、みたいなことなんだろうけど……。
でもそれってもしかして、あたしの中身がまるごと肯定されたってことなんじゃない?
──胸の中から温かな液体が零れ落ちて、あたしの身体の中を駆けた。どくん、どくん、とあたしの中の何かが激しく脈打っている。顔中に熱が集まって、目の前が星が散ったように瞬いた。
熱くて甘い液体が巡って、眩暈がする。
「──あ、あたしも」
考えるよりも先に、言葉が口から飛び出した。
「あたしも、すーちゃんが好き」
すーちゃんは、にっこりと笑った。
「ありがと」
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