Ⅲ-変化と思想




「すーちゃんさ、入学式の自己紹介で一昨年の話してたよね」


「一昨年……っていうと、1999年?」


「そ」


 あたしの──いや、あたしたちの生活は変わった。教室の隅で背を丸めて、一人でお弁当を食べるのをやめた。代わりにあたしたちは屋上へと続く人気のない階段で、二人膝を並べて昼食を取るようになった。


「すーちゃん、タコさんウインナーいる?」


「いらない。今いちご牛乳飲んでるから」


「意外と合うかもよ」


「いや……さすがにちょっと……」


 昼休みに寝たふりをしたり、黙々と本を読んだりもしなくなった。屋上だったり図書室だったり中庭だったり、場所を変えながらあたしたちはひたすら話をした。共通の話題なんてないかも、なんていうのは全くいらない心配だった。あたしたちの間に話題が尽きることはなく、今までのこと、将来のこと、生きること、死ぬこと、そういう漠然としたものについて飽きることなく話し続けた。


「で、何だっけ。1999年?」


「そう。ほら、すーちゃん言ったじゃない、『2000年になっても世界が滅びなかったからここに進学してきました』って」


「あぁ……うん……言ったかも……」


「うへへ〜、すーちゃん顔真っ赤〜」


 恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。まぁ、すーちゃんがそれを言ってくれなかったらあたしはすーちゃんと友達にはなれなかったんだけど。


「京子、お願いだから早く忘れて」


「嫌だよぅ。あたし、一生忘れないんだから。……ていうか別にすーちゃんのことからかいたいわけじゃなくってね? あたしも、滅んじゃえばいいのにって思ってたから」


「そうなの?」


 すーちゃんは意外そうな顔をする。そんなに驚くことだろうか。


「京子はなんていうか、色々考えちゃうけどもっと前向きかと思ってた」


「そういうふうに見えてたんだ」


 今度はあたしが驚く番だった。あたしはすーちゃんが思っているような人間じゃない。もっと暗くて後ろ向きで世間知らずで、おまけに一歳と数ヶ月の幼女だ。


「でも、すーちゃんにそう見えてたんなら成功かも」


「何が?」


「あたし、1999年に世界が滅んでほしかった。全部終わっちゃえって、ずっとそれだけ祈ってたの。でも滅ばなかった。そしたらあたしたちどうせそのうち死ぬんだからって、急に全部吹っ切れたの。1999年に一回死んだつもりで、好きにやろうって」


「へぇ……そうだったんだ」


「そ。だから、前向きっていうよりはヤケクソなんだよねぇ」


 あたしはそう言って、へらへらと笑ってみせた。自分のことを真面目に話すのは少し気恥ずかしかったし、すーちゃんに深刻な顔をしないでほしかったのだ。


 すーちゃんは少しだけ真面目な表情をした後、急にあたしの肩を掴んだ。


「京子!」


「うわっ! なに? お弁当、落ちるところだったんだけど!」


「あ、ごめん」


 ちょっと冷静になって謝るすーちゃん。


「どうしたの、すーちゃん」


「いや、あの。……京子のこと好きだなって」


「何だそりゃ。もしかして今までは好きじゃなかったの?」


「そういうことじゃなくて! なんか、京子の……思想? って言えばいいの?」


 思想。


 あたしが持っているものが、そんな大仰な言葉で表されていることに思わず尻込みしてしまう。すーちゃんが言わんとすることは、たぶんあたしの考え方、みたいなことなんだろうけど……。


 でもそれってもしかして、あたしの中身がまるごと肯定されたってことなんじゃない?


 ──胸の中から温かな液体が零れ落ちて、あたしの身体の中を駆けた。どくん、どくん、とあたしの中の何かが激しく脈打っている。顔中に熱が集まって、目の前が星が散ったように瞬いた。


 熱くて甘い液体が巡って、眩暈がする。


「──あ、あたしも」


 考えるよりも先に、言葉が口から飛び出した。


「あたしも、すーちゃんが好き」


 すーちゃんは、にっこりと笑った。


「ありがと」

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