黒猫の話、白猫の話。

雪音あお

黒猫の話、白猫の話。


 僕は歩く。見慣れた風景の中を、ひたすら歩く。自由に、好きなところへ行けて良いねって、誰かが言った。僕は何も答えない。自由で良いでしょって言ったら嘘になるし、本当はどこにも行けないんだよって言ったら、怖がりな僕を知られてしまう。だから、何も教えてあげない。


 知らないことは怖い。知らない場所に行くのは怖い。だから、自分の縄張りの中を歩く。体を休められそうなところに身を潜めて、じっとする。そうやって、小さな世界の中で、少しでも安心出来る場所を探して、じっとしてる。ただ、じっとしている。


 夜、明かりの灯った窓を見るのが好きだ。きっと、そこは暖かいのだろう。ぽかぽか陽の当たる場所で、目をつぶる心地良さを思い出す。あの中には、冷たいところなんて、ないんだろうな。僕には、手に入らないものが、たくさんある気がする。僕の一番欲しい物が、ある気がする。


 窓に映る影が見えた。僕と同じ形をした影が揺れる。何が違うのだろう。どうして僕は、ここで震えているのだろう。僕の中に沸き上がる、よく分からないものが、胸を苦しくする。それが無くなるように、僕は走り出した。ぽかぽかの陽だまりを探そう。どれだけ時間が掛かっても良い。




 ボクはガラス越しに、知らない世界を眺める。飽きる程、毎日毎日眺める。あの場所に行ったら、どんな匂いがするのだろう、どんな感触がするのだろう。あの場所を走ったら、どんな風に世界が見えるのだろう。考えただけで、胸がドキドキする。


 あの場所を走り回る彼は、どこまで行くのだろう。ボクから見えないところに、行ってしまう。ボクの見ることの出来ない場所には、何があるのだろう。同じようなものが、ずっとあるのかな。見たことも無いようなものが、あるのだろうか。知りたくて、仕方がない。


 生ぬるい暖かさの中で、目をつぶる。この心地良さの中に、永遠に留まるのだろうか。きっと、少しずつ暖かさに飲み込まれ、少しずつ息が出来なくなって、気付かないうちに死んでいくのだろう。


 暖かさの中にいる代わりに、思いのままに走り回ることは、出来ないのだろう。ゆっくり削られていって、無くなるのだろう。それも良いかもしれない。知りもしない世界と比べることは出来ないのだから。もし、少しでも知ってしまったら、どうなるのだろう。求めてしまうのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒猫の話、白猫の話。 雪音あお @yukine_ao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ