午前三時の交差点

雪音あお

午前三時の交差点


 全てが凍てついたような冷たい夜。時々手に息をかけ暖めながら、自転車で町を走る。眠りについた静かな町を当てもなく走るのが、僕は好きだった。眠れない夜、こうして僕は自転車を走らせる。


 午前三時、辺りは静まりかえり、道を歩く人も車もない。まるで僕一人だけが、違う世界に来たような感覚に囚われる少しの恐怖と、高揚を感じながら自転車を走らせた。


 ふと気づくと交差点の先に、街灯に照らされてぼんやりと佇む人の姿が見えた。近づくにつれて、それがとても美しい女の人だと分かった。思わず自転車を止め、交差点の向こうに佇むその人を見つめてしまう。彼女は悲しげに顔をうつ向け、静かに佇んでいた。


 彼女は僕に気づく様子もなく、ただぼんやりと立っていた。街灯に浮かび上がる白く美しい顔と、この世から隔絶されたようなその静けさは、どこか異様だった。周りの空気が一段と冷え込んだような気がして、僕は後ずさりその場を去った。帰り道、心臓がドキドキした。期待と不安が入り混じった恋のよなドキドキだった。



 夜が明けても、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。浮世離れした彼女の様子に、自分とは別の世界の存在なのかもしれないと、不安を覚える。それでも惹かれる気持ちは止まらず、悲しげな横顔に胸が締め付けられた。僕はまた、彼女に会いたいと思ってしまった。


 午前三時、僕はまた、あの交差点で彼女を見つけた。彼女はあの夜と変わらず、悲しげに佇んでいた。会いたいと思いここまで来たが、近づけば消えてしまいそうで彼女に近づくのは躊躇われた。


 それでも僕の存在に気づいて欲しくて、ーこんばんは。と声をかけた。彼女からの返事はなく、僕の言葉は静かな夜に吸い込まれて消えていった。それから僕は毎晩、彼女の元へ通った。僕は一人で話続けた。彼女の悲しみが無くなるよう願いながら。


 うっすらと雪が積もった、ある寒い夜。僕は相変わらず、彼女の元へ自転車を走らせていた。寝不足でぼんやりする頭で、滑る路面を懸命に進んだ。ようやく交差点に差し掛かったとき、スリップした自転車が縁石に乗り上げ、僕の体は宙に投げ出された。


 気づくと僕は、冷たい地面の上に倒れていた。朦朧とする僕の横に、いつの間にか彼女が立っていた。ーそんなところに寝ていたら、連れていってしまうわよ。と彼女の柔らかい声が聞こえた。初めて聞く彼女の声に、不思議と安らぎを感じた。ー連れてってよ。と僕は答え、目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

午前三時の交差点 雪音あお @yukine_ao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ