5場
それを聞いた亜佐子も、なぜか微笑みを浮かべた。
「それでもね、悪女には悪女なりのプライドっていうものがあるのよ」
「はい? あなたのプライドって、なんですか? セックスをチラつかせてアイドル界を勝ち抜いて、枕営業でのし上がって、大作家をたらしこんで、業界の覇者を腑抜けにしてて……全部、体を売っているようなもんじゃないですか。それがプライドなんですか?」
「当然よ。女はね、体を使って歴史を作ってきたのよ。男は、その手駒に過ぎないわ」
「そんなの、売春婦と変わりないじゃないですか」
「そうね。自由意志で体を使って稼いでいる売春婦なら、同類ね。わたしと同じように、彼女たちも女のプライドを捨てていないってことだから。そもそも売春は、国によっては立派な職業として認められているんだし」
西田の表情が曇る。
「自由意志……ですか?」
「それこそが、プライドなのよ。そのプライドを一回りも年下のサイコちゃんに踏みにじられたら、稀代の悪女としては黙っていられないわよね」
「僕には抱かれたくないってことですか?」
「そうじゃない。わたしが必要だと思うなら、セックスはいくらでもしてあげる。でも、カスミンなんかには二度と戻りたくないってこと。あれ、わたしじゃないから」
「カスミンを〝あれ〟とか呼ぶんじゃない」
「今のわたしにとっては〝あれ〟でしかないのよ」
と、西田が不意に楽しそうな笑みを浮かべる。
「やっぱり、僕が考えていた通りだ」
「何が?」
「意思を他人に曲げられないことが、あなたのプライドだってことです」
「その通りだけど。それが何か?」
「あなたの弱みが、初めて確認できたってことです」
「弱み? ああ……そうかもしれないわね。わたし自身、カスミンって呼ばれるのがこんなに嫌だって気づかなかったから。でも、だったらなんだって言うの?」
「みんなの希望が、あなたをどん底に叩き落とすことだったことは話しましたよね。だからみんなに黙って、僕なりのアイデアを付け足したんです。すなわち、あなたを支えてきたそのプライドを、徹底的に叩き潰すことです。だってそれが残っていたなら、あなたはどん底に落ちてもなお這い上がってくるでしょうから」
亜佐子もまた、歪んだ笑みを浮かべる。
「なるほど……そういうことか」
「なんです?」
「あなたのその言葉、自己保身の言い訳だってこと」
「はい?」
「あなたは、自分の欲望を満たしたいだけ。子供の頃から抱え込んできたアイドルの虚像にしがみついていたいだけ。でも、それを認めるのが怖い。だって、死んだ3人はあなたを大人にしたくて命を捨てたとも言えるんでしょう? あなたは大人にならなければ、彼らを裏切ることになる。でも、中身は引きこもりの子供のまま成長できていない。リアルな世界で一人立ちすることを考えると、怖くて怖くて仕方ない。だから彼らの気持ちを叶えるためだと自分に言い聞かせながら、ずっと引きずってきた幼稚な幻想を叶えようとした――つまり、カスミンっていう妄想にしがみついただけ。大人になれないってだけのことよね」
西田の表情から微笑みが消え去る。
「分かった風なことを言うんですね」
「分かってるのよ。だって、あなたが描いた物語をずっと読んできたんだから。あなたは、大人になれない大人。だから、あんな物語をいくつも思いつけた。だけどそれは、あなたが殺した3人への裏切りでしかないのよ」
西田がいきなり激する。
「だったらなんだって言うんだ!」
「大人になってみることね」
「なんだよ、大人って!」
「カスミンなんて、忘れなさい」
「忘れたら、大人だっていうんですか⁉」
「大人はみんな、子供の頃の幻想なんて捨てていくものよ」
「なんでそんな必要があるんですか! こうしてカスミンが目の前にいるのに!」
「わたしはもう、カスミンじゃないから。カスミンに戻ることもありません」
「ダメだ、ダメだ、ダメだ! そんなのは絶対ダメだ!」
「あなたがダメだと言うように、わたしもイヤだと言います。そもそも、もうカスミンなんて存在しないのよ」
「だったらあなたはどうする気なんですか! そんなつまらない意地を張って、今の状況から逃げられるとでも⁉」
「つまらないことにこだわるのが、プライドなのよ」
「そんなものと一緒に破滅したいんですか⁉」
「さあ、どうでしょう?」
「逃げ道なんてないって分かりませんか? 諦めるんですか? ここからがどん底から這い上がってきたあなたの底力の見せどころじゃありませんか。イヤだと思う気持ちを押し殺して、復活のチャンスを狙う。そうやってしぶとく生きてきたんでしょう? カスミンに戻ることぐらい、なんだっていうんですか⁉」
「だから、体は許すと言ってるじゃない。あなたの好きなようにするがいいわ。でも、カスミンには絶対に戻らない。カスミンとは呼ばせない」
「だから、そんなのはダメなんだ!」
「わたしは、栗林亜佐子よ。もうすぐ鈴木亜佐子になるかもしれないけれどね」
西田が苛立って頭をかきむしる。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ!」
「大人になりなさい」
西田は不意に亜佐子を睨みつけた。
「畜生! そこまで言うんだったら、自力で逃げ道を切り開いてみせてくださいよ! 式神なんかじゃない、本物の神様になってください! 神様しか思い付けないような鮮やかな対抗策をひねり出して、僕を驚かせてください!」
亜佐子は不意にニヤリと笑うと、挑発に応えるように背筋を伸ばして毅然と言った。
「じゃあ、こんな切り返しはどうかしら。これって、3つ目のUSBの中の、あなたが書いた物語でしょう? お話は全部で四幕。みんな殺しちゃったし、私も追い詰められたみたいだし。四幕目はどうするの?」
西田は一瞬ぽかんと口を半開きにしてから、皮肉っぽく笑い返した。
「ああ……やられちゃいましたね。でもそれって、反則じゃないですか? 知恵を絞った物語が破壊されちゃったじゃないですか。それに今頃は、現実のあなたも殺されちゃってるかもしれないんですけど」
「だったらわたしは、もう用なしね。で、お芝居もおしまい」
「それはどうかな。1人でも生き残っていれば芝居は続けられます。本物の役者っていうのは、そういうものでしょう?」
――幕
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