第4話


 シルベ村の南西にタス村はあった。

 ガイリーン帝国の侵略によってシルベ村が崩壊したことはすぐに村に伝わった。


「何人かでシルベ村までいくぞ」


 タス村の若頭であるエバンは娘のシリカ他数人を連れ、村を出発した。

 行く目的は希望的観測ではない。たしかに村が残っていれば良いに越したことはないし、生き残りがいればそれもまた不幸中の幸いだ。

 しかし、伝わってきた話を鑑みると悲惨そのものだろうと予測される。

 ゆえに


「冬を越すに必要な物資の回収に行く! これまでも関係のあった村だから心苦しいところはあるが、俺たちも生きなければならない」


 出発した男たちは物資回収のための大きな袋を持ち、エバンとシリカを先頭に歩む。

 みな、表情が暗い。

 見知った顔の者もいた。シルベ村がなければタス村に帝国兵が来ていたかもしれない。そうなると、今から見る光景は自分たちも他人事ではない惨状なのだろう。

 太陽が昇りきる前にシルベ村——、があった場所に辿り着いた。


「こ、これは……」


「……ひどい」


 エバン、シリカは絶句した。

 家々は全て焼け崩れ、辺りを真っ黒な死屍累々が埋め尽くす。

 後ろを歩いてきた男たちも惨状を目にし、ある者はその場で嘔吐し、ある者は膝から崩れ、

 ある者は自分たちじゃなくて良かったと心の底から安堵した。


「……手分けして、物資を探すぞ。シリカも辛いと思うが、これも村のためだ。頼むぞ」


「「……」」


 生き残りなど十中八九いないだろう。

 みな、何も言わず頷く。

 エバンの指示に従い、各々探索にあたる。


「これが一夜のうちに起きたなんて……」


 シリカは周りを見渡しながら歩く。

 今年12歳を迎え、まだ成人していないが、若頭のエバンの娘ということもあり村の政に既に携わっている。


 髪は伸ばさず、肩の上で切りそろえている。秋に映える麦畑のような金色。少し吊り上がった凛々しい目は、すでに自分を律するだけの覚悟を持っているように見える。早熟しているが、体つきはまだまだ未成熟といったところか。まだ少し女性らしさに足りない。


「持って帰れるものがほとんど無いわ」


 持ってきた袋は、その大きさの半分もあれば足りたかもしれない。

 それでも焦げていない木や、整備すれば使える剣、矢を回収する。

 一通り探索し終わり、大きく体を伸ばした。


 そこでふと目に留まる。

 それは周りと同じように焼け崩れた家だ。

 しかしそれは他とは違い、外的に崩壊させられたように山のように積みあがった形であった。


「……なにかある」


 それは直観。

 なんの根拠もなく、希望的観測によるものでもない。

 シリカは何かに導かれるようにして瓦礫の山へ歩を進める。

 瓦礫の山を目の前に、やはり外的なものによる崩壊だと分かった。


 木柱が中から砕けるようにして割れている。

 いまだ燻っている瓦礫をかき分ける。

 生命力を既に失っている木は、払いのける小さな力で簡単に砕け散る。

 炭により手を真っ黒にしながらかき分けたその先に、人がいた。


「っ!」


 灰によって顔はくすんでいるが、焼け焦げてはいない。


「君! 大丈夫!? 生きてる!?」


 必死に声をかけてみるが、既に遅かったのだろうか。その男の子から反応がない。

 男の子の口元に手を当てる。

 ……息が、ある。かすかだが、今も生死の境だが、生きている。


「……だれか! お父さん! こっちに来て!」


 生きてる人を見つけた!

 シリカのその言葉は、不気味に静まり返った死んだ村に響き渡る。

 エバンはじめ、みな手を止め、シリカのもとへ駆け寄ってくる。


「本当か、シリカ!?」


「息がある! 早く助けないとそれこそ死んでしまうわ!」


 この状況下で娘が嘘をつく訳がないだろう。

 すぐにエバンは男たちに指示をして、男の子の上に被さる瓦礫をどける。

 エバンは嫌な予感がした。背中を冷や汗が流れる。


「……シリカ。向こうに……、向こうに離れていなさい」


 シリカはなぜ、と疑問に思ったが、父がそう言うのなら何か理由があるのだろうと後ろに下がった。

 男の子の上に被さる瓦礫を全てどける。


「「……」」


 男たちは言葉が出ない。

 男の子に、息はある。間違いなく、息はある。

 しかしそれはまるで、地獄から現世に帰るために様々なものを犠牲に戻ってきたかのように、——。


「……シリカ。こちらに来てもいいが、覚悟しなさい。そして救い出したお前がこの子の責任を取りなさい」


 父エバンの力ない声に、何かを感じ取る。

 躊躇した足を動かし、男たちの間を抜け、男の子とエバンのもとに着く。


「っ!」


「この子は間違いなく生きている。いや、生き残ってしまっている。けれど、村の生き残りもいない中、この身体でこれからを生きていくのだ。今の時代にこの身体は酷すぎる。もしかしたら死んでいた方がよかったのかもしれない」


「……」


 シリカは肩を震わせ、脚の力が抜け、目からは涙が流れる。

 地獄の底から強引に引き上げてしまった自分に、死に逝く男の子を現世に張り付け残酷な人生を押し付けてしまう自分に、限りない罪悪感に責められる。


 なんの憂いもないかのように眠っている男の子は、——、左ひざから下と右肩から先を失っていた。

 これが、地獄から蘇るエインズと、地獄から救い出してしまったシリカの出会いである。

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