第13話 太陽の拠り所 ①
要は階段を駆け上がる。
くそ。上に逃げ場がないことはわかっているが、持っている武器はない。あの部屋から出て追ってくる田村を牽制するのに、弾はすべて撃ち尽くした。田村だけならまだしも、下にいるはずの五島を、丸腰のままでは到底突破できるとは思えなかった。一か八か、突撃に賭けることもできたが、こちらの手はもう一つ。俺は……明菜と約束したんだ。きっと帰るって。奈津との清算は終わった。後は、明菜。お前との約束だ。お前を一人になんかしない。
要は一縷の望みをかけて、屋上のドアを開ける。強風が吹き抜ける。
「おい、沖村! 飛んでも逃げられねえぞ」
田村が階段からすぐそこまで追ってきた。屋上はコンクリートの欄干が腰の高さまであるだけの簡単なつくり。六階建ての高さのホテルだ。落ちたら一貫の終わりだ。
もう、逃げ道はない。
「お前、よくも邪魔してくれたな。許さねえぞ」
田村は銃を構えながらじりじりと近づいてくる。要もゆっくりと後ずさりするが、すぐに欄干にぶち当たる。これ以上下がったら落ちるだけだ。
「降参だ。無駄な抵抗はしないよ」
要は観念したように両手を上げる。
「降参などあるか。おまえはここで死ね」
田村は残忍な笑みを浮かべながら、引き金に指をかける。
その時。
「うわああ!」
田村の頭上から大量のカラスが襲い掛かった。田村はパニックになり、手を振りかざしながら必死にもがいている。
「あああ! 何で、何で俺だけに!」
そう。カラスが襲い掛かっているのは田村だけ。要には向かって来ていない。
「覚えているか? カラスの駆除にあたっていたのは、猟友会と自衛隊。そして、猟友会がなくなってからも、ずっと戦ってきたのは自衛隊だ。つまり、カラスにとって自衛隊は因縁の相手なんだよ」
要は、ゆっくりと語る。物資回収のため、何度かフォレストへ行って気付いたこと。自衛隊と要たちとで、カラスの襲い方が格段に違っていたのだった。パニックになっている田村に理解できているのかわからないが、淡々と続ける。
「お前の格好。カラスにとっては因縁の相手にしか見えない……ずいぶんヘタレだがな」
田村は、自分の着ている迷彩服を見て愕然としている。
「そんなん知るかよ! 金田が、これ着ろって言ったから。うわああ!」
田村の顔は、カラスに突かれて傷だらけだ。傷自体は浅いが、恐ろしい殺人ウイルス、クロウに感染したことは間違いない。もう助からないのは、田村だってわかっているはず。絶望の表情を浮かべている。
「覚えておけ。その服は、自衛隊の人たちが最前線で守るために、覚悟を持って着ている服なんだ。狙われると分かっていながら、今も、な。何の覚悟もなしに、お前なんかが軽々しく着るような服じゃない」
「そんな……嫌だ、こんなの、うわああぁ」
田村は、傷だらけの頭を抱えながら、走り出した。
「おい、お前!」
要が止める間もなく、田村は屋上の欄干を飛び越えて行った。下へと遠ざかっていく悲鳴を聴きながら、目を背ける。嫌な音が聞こえた。
許せ。後味は悪いが、生きるために、罠に嵌めた。この業は背負っていく。要は、溜め息をついて、ゆっくりと屋上から階段へと歩く。
明菜、待ってろ。もうすぐ帰る。
その背中を、遠くから睨みつける者がいた。
そして。殺意を込めた弾丸が放たれる。
乾いた銃声と血しぶきとともに、要は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
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