第13話 太陽の拠り所 ②

 要のいた六階建てホテルの屋上。その隣のホテルの八階には硝煙の匂いが立ち込めていた。

「ちっ。仕留めそこなったか」

 金田が舌打ちする。沖村は仰向けになり足を押さえて呻いている。やはり失った左手では、思うように狙いがつけれない。銃身を窓枠に置き右手で引き金を引いたが、引いた瞬間、ぶれてしまったようだ。今さらながら、失った左手のことを思うと忌々しい。田村もやられてしまった。従順ないい駒だったのに、もったいないことしやがって。

 沖村、お前は絶対に許さねえ。こんなところにも来て、最後まで俺の邪魔をしやがる。さっきの女にも結局逃げられてしまった。どこまでも不快。

 次で仕留めてやる。どうせ奴は逃げられない。金田は再びライフルを構える。八階の窓から沖村のいるホテルの屋上を見下ろすように狙いをつける。高低差は一階分。次は当ててやる。

 スコープを覗いてゆっくりと引き金に指をかけた。


「させない!」

 そこに飛び込んだ一人の少女。金田の肘を蹴ると、金田はバランスを崩し、ライフルを落とす。明菜はずっしりとした銃を拾うと、窓の外に思い切り投げ捨てる。ガシャンとガラスが割れて、ライフルはビルの間を落下していった。

「てめえ、何しやがる!」

 明菜は後ろから腕を掴まれた。必死に振りほどこうとするが、もの凄い力だ。

「女、お前は何だ。まだガキじゃねえか」

 明菜は、相手の股間めがけて思い切り蹴り上げる。しかし、その蹴りは途中で止められた。

 はっとして上を見た瞬間、頬を思い切り殴られ、後ろに倒れ込む。

 痛い。口の中に血の味がする。だめ、こいつ強い。明菜は恐怖を感じだ。今さらながら、自分との力の差に愕然とする。

「お前、どこかで見た顔だな。そうか、あの時か。沖村と一緒にいた新都の避難所のガキだな。そうか、生きてやがったか。あいつの妹か。とことんコケにしやがって」

 金田は怒りを露わにする。明菜の襟首をつかむと、再び頬を張り倒してきた。

「お前の兄貴のこと、忘れねえぞ。あいつのせいでこうなったんだ。この左手、返してくれよ」

「そんなの知るか! あんたの自業自得でしょ!」

 明菜も負けじと睨み返す。ハルを侮辱するのは許さない。こいつは強いし怖い。だけど、こいつだけには負けたくない。明菜は痛みを堪えて立ち上がる。

「言いやがったな。兄貴のしでかしたこと、お前の体で返してもらうぞ」

 金田はじりじりと詰め寄って来る。後ろには開いた窓があるだけ。どうする。こんな時、あの人なら。要に教えてもらったことはなんだ。考えろ。

 ちらりと窓を見ると、屋上にいる要の姿が映る。倒れた体の下からうっすらと血のようなものが見える。最悪の事態を想像して息が止まりそうになったが、横たわった体が微かに動くのが見えた。あの人は、生きている!

「要! こいつ倒して行くから、待ってて!」

 明菜は窓に向かって叫ぶ。その声に、要の体がぴくりと反応したような気がした。

 届け、あたしの声。聞こえたなら、なんでお前がそこにいる、そんな顔をするんでしょ。そんなのいいから、ちゃんと果たしてよ。必ず帰るって約束を。 

「俺を倒すってか。ガキが、ふざけるな!」

 金田は激高して殴りかかってきた。その拳を紙一重でかわす。明菜は小さな体でしゃがむと、前のめりになった金田の懐に入り込み、襟をつかんで腰を落とす。こいつ重いけど、この一瞬、全力をかけてやる。てこの原理。要に教わって、繰り返し練習してきた。一年間、ずっと毎日。

「ぐ」

 明菜の渾身の背負い投げが決まる。金田は受け身もとれず、一瞬息ができなくなったように、くぐもった声で呻く。そう。あたしも散々投げられてきたからわかる。この痛み、しばらく続くはず。

 ここであたしがすることは一つ。

「う、待ちやがれ!」

 金田は痛みにうめきながら、捨て台詞のように叫ぶ。明菜はそれに背を向け、振り返ることなく階段へ走る。今やるべきは、こいつの相手をすることじゃない。あの人が教えてくれたのは、戦って勝つことじゃない。生きるために逃げること。

 明菜は階段を上へと昇った。

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