第11話 決意 ④
明菜が連れていかれたのは裏手の古いアパートだった。駒田はちょっと待ってろと言って、どこかへ行った。
「明菜ちゃん、こんなところでどうしたの」
伊藤さんだ。ぶらぶら歩いていたら見つかってしまった。どうしたのこうも明菜にもわからないので、答えられない。
「ここ、私たちの宿舎だよ。こっち来ちゃだめだから帰ろ?」
自衛隊の宿舎だったんだ。待ってろって言われたけど、どうすればいいんだろう。
「嬢ちゃん、待たせたな。げ! 伊藤、なんで」
駒田が絶妙なタイミングで帰ってきた。手にはカバンを持っている。銃まである。
「駒田一曹! その恰好なんですか。それに明菜ちゃんまで」
伊藤は駒田と明菜を見比べる。何か感じ取ったんだろう。駒田はばつの悪そうな顔をしている。
「あちゃー、嬢ちゃん見つかったな。まあいい。伊藤二曹、嬢ちゃんが走ってでも行くって言うんだ。これより俺は保護に向かうことにする」
え。保護って。どういうこと。明菜は驚いて駒田を見る。駒田はニヤッと笑い、目で任せろと言っているようだった。
「走って行くって、どんだけ距離があると思うの! 無謀にも程があるよ。それに駒田一曹。保護に行くってどういうことですか」
伊藤が混乱するのも無理はないだろう。明菜だってよくわかっていないのだから。
「今、うちに動かせる車はないよな。俺たちの自家用車もひっくるめて、ガソリン、軽油はすべて回収したからな。となれば、化石燃料を使わないものしか手段はないだろ。自転車……そして電気自動車な」
駒田は目の前のコンパクトな車をぽんぽん叩く。電気自動車。そんなものが。明菜に希望が見えてきた。
「嫁さんの車だよ。太陽電池で充電したバッテリー。ただし、航続距離は二百キロ。帰れる保証のない片道切符だ。嬢ちゃん、それでも行くか?」
明菜は力強く頷く。要に、会いに行ける。あの人の力になりたい。
「駒田一曹、何言ってるんですか! 明菜ちゃんを連れて行くつもりですか」
「言った通りだ。連れて行くんじゃない。保護に行くんだよ」
「屁理屈じゃないですか。どうして、どいつもこいつも。私だって……あいつと離れたくないのに!」
伊藤の想いは明菜にも痛いほどわかる。このお姉さんが好きなのは、要と一緒に出て行った浅見さん。きっとあたしと同じ。
「伊藤、お前は無理だ。お腹の子、大事にしないとな。浅見が嬉しそうに話してたぞ」
「浅見……べらべらと」
「お腹の、子?」
明菜は驚いて伊藤を見る。見た目はほとんど変わらないのに。あの中に、もう一つの命が。
「今はそれが悔しいんです……だからお願いです。この子のこと、後悔させないでください! 駒田一曹、あたしの代わりに責任もって、浅見をぶん殴っておいてください! 引きずってでも連れ戻してきてください」
「ああ、任せろ」
駒田は拳を突き出して伊藤の拳に当てる。
「そういうことだ。嬢ちゃん、行くぞ」
「行くぞって……いいの?」
明菜は心配そうに見る。これはきっとルール違反だ。力になってくれるのは嬉しいけど、迷惑はかけられない。
「心配するな。嬢ちゃん、俺たちの中で何て呼ばれてるか知っているか。女神とか太陽だってな。あんたの一言が、俺たちに生きる力をくれたんだよ。フォレストに物資を回収しに行った時、正直、死を覚悟していたんだ。それが一人も犠牲にならなかったなんて奇跡なんだ。言葉には、それだけの力があるんだ。そんな女神をな、走って行かせたなんて言ってみろ。俺が殺されるよ」
駒田が豪快に笑う。あたしが女神って。くすぐったいけど、なんか嬉しい。そうか。あたしの伝言、ちゃんと伝わっていたんだ。要が、伝えてくれていたんだ。
そして明菜は思う。言葉って大事なんだ。勇気をくれる言葉がある。人を傷つける言葉がある。どれだけ思っていても、言葉にしないと伝わらない。伝えられない。
あたしは要に、どれだけの言葉を投げかけてきたのだろう。一言だってありがとうって言っただろうか。
今さらながらに思い返すと、要に言った言葉は、どれも可愛げがない、ひどい言葉ばかり。
今度会ったら、ちゃんと伝えよう。
だから、無事でいて。
あたしの言葉、ちゃんと聞いてほしいから。
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