第11話 決意 ②

 今の明菜には、ハルも、小林さんもいない。

 そして、要もいなくなった。

 要、あなたは。

 明菜の心が熱いものでいっぱいになる。

 あなたは、あたしたちを救ってくれた人だったの。

 あの暗い部屋から。

 どんなに声を張り上げても、誰も見向きもしなかった兄妹の声。当たり前のように見捨てられていたあたしたちを、あなただけは見捨てなかったんだね。

 ハルの声を受け取ってくれてありがとう。自分の声が届いたと知ったハルは、きっと嬉しかった。

 そして、あたしを救ってくれてありがとう。

 あなたがいなければ、あたしはいなかった。

 ハルは気付いていたんだろうか。きっと気付いていた。ハルだってあんな目にあったんだから、人を簡単に信用するはずがないのに、要だけは大丈夫と、無条件に信じていた。

 きっとこの人だけは、僕たちを見捨てない。そのことがわかっていたんだろう。

 そして明菜は愕然とする。

 あたしは、何て言った。

 あんたが殺した。許さない。

 それが、あたしたちを救ってくれた人に吐き捨てた言葉だった。それを聞いた要は、どう思っただろうか。きっとあたしを責めるようなことはしない。ただ自分を責めるだけだろう。しかし要は、自分が救った子供にこんなことを言われるなんて、どれだけ悲しかっただろう。

 要はきっと気付いている。ハルはあたしのこと、アキとしか呼んでいなかったのに、あたしの名前を知っていた。ハルが要に伝えたんだ。きっと、あたしをずっと見守ってくれるように。

 ハル、ひどいよ。あたしのことを想ってなんだろうけど、それ、要を縛るだけだから。それを知ったあの人は、絶対に見捨てることなんてしないから。

 そして一番ひどいのは、あたし。

 ハルがいなくなってから、要と二人で過ごした日々を思う。ずっとあの人は、あたしに生きる力を教えてくれていた。あんなことを言ったのに、大事に思ってくれていた。

 あたしはなんて子供だったんだろう。

 ちゃんと謝らないと。要に投げつけた言葉は消えないけど。


 要が置いて行った手紙を読み返す。

 今ならわかる。あたしのことをこんなにも考えてくれている。あたしより奈津さんを選んだなんて、そんな子供じみた嫉妬が恥ずかしかった。あの人を助けに行くのも理由のひとつだろうけど、あたしが……安心して眠れるように。


 あたし。あたしはどうしたいんだろう。

 嘘つき、置いて行かれたって、恨んだりもしたけど、あの人にとってあたしは、まだ子供のままなんだ。それがたまらなく悔しい。

 いつも見守ってくれていた人。そして……あたしの居場所をくれた人。

 子供の頃のことなんて関係なく、あの人と一緒にいたい。あたしは不器用だけど、ずっと一緒にいてくれて、本当は嬉しかったんだ。あたしをあたしとして見てくれている。頭を撫でられるのも好きだった。要と一緒にいると嬉しいし、離れると切なくなる。

 この気持ちが何なのか、正直よくわからない。愛なのか、恋なのか。恋愛経験もろくにない明菜にとっては、こんな気持ちになったことはなかった。

 尊敬しているだけなのかもしれない、背伸びしているだけかもしれない。ただ、子供としてじゃなく、一人の人間として、要に認めて欲しかった。一緒に歩きたかった。いろいろ言いたいことはあるけど、はっきりと言えることはひとつ。

 要と―――一緒にいたい。

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