第10話 記憶の箱 ②

 明菜は、部屋の片隅で毛布にくるまってうずくまっている。

 一人ぼっちで食べるごはんは、今まで以上に寂しい。要がいなくなったことを実感する。今までも一人で食べることはあったけど、これからこんなことが続くのかな。そう思うとますます悲しくなってきた。

「なあ、沖村知らないか」

 久保だ。昨日に続いてまた来た。今は誰とも話したくない。黙って首を横に振る。早くあっち行ってよ。

「ああ、どこ行ったんだよ。生存者の話、聞きたかったのに。明菜ちゃん、戻ってきたら沖村に伝えてくれな」

 知らない。いつも一緒にいるみたいに言わないでよ。あたしは置いて行かれたんだ。あたしは、あの人の一番じゃない。

 要は、あたしといることより、相羽って女の人を助けに行くことを選んだんだ。

 明菜の心が痛くなる。それに比べてあたしは何なんだろう。一年間一緒にいて、大事に扱われて。時々おちょくられたけど。ずっとあたしを守ってくれる人なんだと思ってた。あたしはそれが嫌で、早く一人前になりたかった。同じ目線で見たかった。あの人の生きる枷になんてなりたくなかった。

 あの人にとって、あたしはただの手のかかる子供。そんなのから、早く抜け出したかったのに。要を支えれる存在には、なれないのかな。

 あんな無線なんか聞くんじゃなかった。何年も経っているのに、心が繋がっているような会話。たったあれだけのやりとりで、お互いわかるなんて。羨ましいよ。あたしは、こんなに近くにいるのに、些細なことでもすれ違ってばかり。


 一時間ほど、ぼうっと座っていた明菜の前に、また久保がやってくる。しつこい。要はここにはいないって。しかし明菜の中で何かが引っかかった。

「ねえ」

 ひょっこり顔を覗かせて、何も言わずに立ち去ろうとした久保を呼び止める。

「おじさん、探していたのって何て人?」

「おじさんってなあ。沖村と同い年だよ」

 久保は老けて見られたことにがっかりした顔で戻ってくる。そんなことはどうでもいい。老けて見えるのはあんたが悪い。

「奈津。三年前に結婚した妻だ」

 瞬間、明菜の中で何かが繋がった。

「その人、結婚前の名前って……もしかして相羽?」

 久保の目が大きく見開く。その顔が答えを物語っていた。

 明菜は久保を引っ張って座らせる。

「ねえ、教えて。その人、どんな人なの」

「どうした。奈津に会ったのか。どこで!」

 久保も必死だ。でも、あたしも必死だから。

「ごめん。あたしは会ったことない。要、その人のところに行ったの」

「なに? おい、どういうことだ!」

 久保の顔色が変わった。怖い。この顔は……怒ってる。ああ、そういうことか。明菜は理解した。そして指令室で聞いたことを話した。奈津って女性が助けを求めていること、自衛隊を騙る者に狙われていること。そして要が助けにいったこと。

「くそ! そういうことか。今は沖村に……賭けるしかないか」

 やり場のない憤りのようなものが見える。自分の奥さんが危ない目にあっていれば、そんな風にもなるだろう。でも、それだけじゃないはずだ。

「教えて。要にとってどんな人なの」

 正直知りたくはない。あたしとの差を見せつけられるような話は聞くのもつらい。でも今は、要のことはどんなことでも知りたかった。

「奈津はな、沖村の高校時代の後輩、そして恋人同士だった時もある」

 高校時代からの長い付き合い。明菜の胸がチクチク痛む。久保も辛そうに話す。

「俺、あいつの元同僚だったって聞いたか」

「おじさんもトラック乗ってたの」

「トラック? なんだ沖村。あれからトラックの運ちゃんやってたのか。まああいつには合っているのかもしれないな。違うよ、あいつ警察官だったんだ」

 要が、警察官って。嘘。そんなこと一言も。想像もしていなかった。明菜の心の中で、何か消えていたものが蘇ってくるようだった。

「俺と沖村、そして奈津は笹川署で一緒だったんだ。だけど、ある事件をきっかけに、ばらばらになってしまったんだ。俺にも苦い話なんだ。長くなるぞ」

 久保は淡々と語り始めた。

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