第10話 記憶の箱 ①

 無人の住宅街を走る一台の輸送車。人っ子ひとりいない街並みは、まるで荒野を走っているような感じがする。

「なあ、嬢ちゃんのこと、待たなくてよかったのか」

 浅見は隣で窓の景色を眺めている要に声をかける。

「ああ、良く……はないな。でも、仕方ないだろ」

「仕方ない、か」

 浅見にもわからなくはない。大切な人を置いて行ったのは同じだ。危険な目に遭わせたくないのは、痛いほどわかる。しかし。

「それでも、ちゃんと自分の口から言わないと、伝わんないぞ」

「……ああ」

 こいつ、本当にわかっているんだろうか。

「嬢ちゃんの気持ち、わかってるんだろ」

「ああ、なんだかんだで、俺のこと心配してくれている。優しい子だよ。仇だってのにな」

「仇……ね。何があったのか知らないが、そんな風には見えないけどな」

「俺は……明菜の兄を殺したんだ」

 その言葉に、浅見は思わず振りむき、要を凝視する。

「おい、前!」

 とっさにハンドルを切り、倒れていた標識を危うく回避した。

「あぶね。……殺したって物騒だな。あんたがそんなことするとは思えないが」

「直接手を下したってわけじゃない。カラスに傷つき、最後に金田から俺をかばって倒れたんだ。明菜を、置いてな」

「……そうか。それが金田って奴の因果か。でも、あんたのせいじゃないだろ」

「いや、俺のせいで死が早まったのは間違いない。俺がいなければ、最後は明菜と一緒に居られたはずだった。その大切な時間を、奪ったんだ」

「難儀な性格だな。嬢ちゃんも辛いだろうが、あんただって辛いだろ。そんなことがわからない嬢ちゃんじゃないと思うけどな」

「……明菜が求めたのは、俺を殺す力だったよ」

「で、それを真に受けたわけか。あんたも嬢ちゃんも、とことん不器用だな。変なところで似てるわ」

 要は、きょとんとした顔で浅見を見る。

「違うだろ。やっぱりわかってねえ。あんたは仇なんかじゃねえよ。憎いと思っている奴と、こんな世界で一年も一緒にいられるかよ。あんたのこと、一番大切に思っているよ」

「明菜が、俺を……?」

「そんなこともわからず一緒にいたのか。あんたは嬢ちゃんの何を見ていた」

 容赦ない指摘に要は俯く。明菜の何を見ていた、か。

 はじめて会った時のこと。ずっと子どもだと思っていた。

 明菜を守るという、悠人との約束。しかし。要は考える。明菜と過ごした日々は、どこか心地良いものだった。不貞腐れてばかりで、懐こうとしない少女に手を焼きながらも、ちょっとしたことで笑顔が見れると、たまらなく嬉しくなったり。兄の死の悲しみを背負う中で、少しずつ成長していく姿を見ることは、要にとって生きる喜びとなっていた。

 さらに思う。明菜が俺に何をしてくれた。文句を言いながらも、決して離れようとはしなかった。食材が手に入った時には、あたたかいスープを二人分つくってくれた。要が怪我したときも、無言で包帯を巻いてくれたりもした。あいつは、自分のためと言いながら、常に俺のことを案じてくれていた。要が無茶をしないように。寂しくないように。最後のところで踏みとどまるように。明菜がいなければ、とっくに自暴自棄になっていてもおかしくはない。

 そう。守られていたのは、要も同じだった。

 それに気付くと、明菜が無性に愛おしく感じた。

 クソッ。甘えていたのは俺か。保護したつもりで、あいつの優しさに甘えていた。一緒にいるのは、当たり前なんかじゃない。あいつが、俺を見放さないでいてくれたんだ。

「明菜には……ちゃんと伝えるよ」

 その答えに、浅見がふっと柔らかく笑う。

「そうだ。そのためには、まずは生きて帰ることだな」

「ああ。あんたも。こんな無茶につきあったのも、伊藤さんのためなんだろ」

 浅見は「ばれてたか」と苦笑しながらも、こんなのも悪くないと照れている。

 無骨な車は不器用な二人の想いを乗せて、夜明け前の地上を駆けて行った。

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