第9話 報せ ②

 フォレストでの死闘から約三か月後。その報せは届いた。

「沖村、ちょっと来てくれ」

 駒田が避難所に要を呼びに来る。

「どうした、珍しいな」

「ああ、実は生存者からの助けを求める無線が入った。お前の知恵を借りたい」

 駒田はあの物資回収以来、要に一目置いたようで、ちょくちょく相談に来るようになっている。一年間地上を放浪していた要からは、学ぶことも多いと思っているようだった。

「わかった。明菜、ちょっと行ってくる」

 要は頷くと、駒田は「嬢ちゃん、ごめんな」と言いながら、手を振って歩いて行った。

「なあ、生存者がいるって?」

 駒田の会話を近くで聞いていたのか、男が明菜のところにやってきた。要の知り合い、足を引きずっている男、久保だ。トイレットペーパーの最後の一枚を残すような男だ。どこか他人のことを観察しているような顔はあまり好きじゃないけど、要の「悪い奴じゃない」という言葉があったので、辛うじて容認できる。

「知らない」

「些細なことでもいいんだ。なあ、頼むよ」

「本当に知らないの」

 明菜が冷たくあしらっても、しつこく懇願してくる。この男は何度も要のところに来て、他の避難所のこと等を知りたがっていた。よほど消息を知りたい人がいるのだろうけど、知らないものは知らないとしか言えない。

 久保は明菜から情報が得られないことに消沈して、とぼとぼと帰っていく。足が悪いのがまた痛々しい。少し悪いことをしたような気分になった。大切な人と離れ離れになったら、ああも必死になるのだろうか。要がいなくなったら、あたしもあんな風になるのかな。

 そんな想像をして空恐ろしくなってしまい、ぶんぶんと首を振って嫌な想像を振り払った。


 指令室には、原田司令、橋本曹長、駒田一曹、伊藤二曹、浅見三曹と、要の六人が集まっていた。原田の体調も、あの後一日寝込んだだけで、すっかり万全となっている。

「よし、集まったな。聞いた者もいるだろうが、最初から説明する。橋本、頼む」

 原田が橋本曹長に説明を任せる。この人は叩き上げの、人のいいおっちゃんって感じの人だ。先の物資回収では、原田に司令を押し付けられていたな。

「説明します。無線が入ったのは、一〇三〇、十分前のことです。無線の声は女性。『助けてください。どなたか応答してください』との内容でした。私は『こちら佐伯駐屯地、生存者か。現在地送れ』と尋ねると、『こちら青山市内、よくわからないので三十分後連絡します』という内容で切断されました。その後、コールしても反応ありません」

 女性の声で十分前。あと二十分で連絡が入るようだが、青山市か。

「ずいぶんせっかちな女性だな。それにしても青山か。遠いな」

「はい。向こうも佐伯がコールに出るとは思っていなかったでしょう」

「それでも、出てくれたことで希望を抱いたはずですよ」

 要は率直に述べる。無線を使ったのはどうしようもない状況だったからだ。誰かに助けて欲しい。遠くても届いたなら、希望が持てる。

「しかし、青山となると、片道百二十キロはある。残りの燃料を考えると、一車行けるかどうかも微妙な距離だ。最悪の場合、助けに行けないかもしれない」

 原田が苦い顔をする。隊員たちの間に、襲撃当日の悪夢が蘇る。逃げてくる避難者たち全てを救えなかった自分たち。一人でも多くを生かすために、盾になった仲間たち。あの日の悔しさは忘れていない。

「まずは人数の確認だ。連絡を待とう。駒田一曹、燃料の算段を頼む」

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