第9話 報せ ①

 食糧確保、全員無事。

 佐伯駐屯地に届けられた一報に、残っていた隊員たちは沸いた。この朗報は瞬く間に避難者らに伝えられ、参加した避難者らの無事を祈っていた家族、友人、恋人らも安堵の涙を流した。

 そして明菜にも。要が簡単にくたばるわけはないとわかっていたが、それでも不安を抱えていた。気が付いたら涙が溢れていた。

 なんであんな奴のために。なんなんだろう。でも、悪い気はしない。

 要は悠人の仇。悠人の感染に気付けるだけの知識があったのに、気付けなかった人。あたしから悠人を奪った人。悠人の最後を見届けた人。悠人の想いを踏みにじったら、その時は殺してやる、そんな歪んだ感情にも、逃げることなくつき合ってくれた人。

 時々浴びせる罵声にも、悲しい目をしたり、苦笑したり。決して言い訳はしなかった。腹が立って全力でしかけた攻撃も、あっさりといなされ悔しい想いもした。

 悠人が何故か懐いていた。物分かりのいい大人なんか信用できないと思っていたけど、ぼろを出さないばかりか、かえってその優しさに戸惑ってしまった。こんな可愛げのない子供は面倒なだけだろうに、食べ物がない時でも、自分は食べずにあたしにくれたっけ。

 要がどうして、あたしにここまでしてくれるのかわからなかった。悠人が最後に約束をさせたようだけど、そんなものほっぽり出してしまえばいいだけ。女だからかとも思ったけど、下着で寝ていてもそっとタオルをかけるような奴だった。男性不信になっていた明菜にとって、心を許せるのは悠人だけだったが、いつしか、要と一緒にいることにも抵抗がなくなっていた。

 許せないのは、いつまでも子供扱いすることだ。最初と比べて、あたしはずいぶん強くなったと思う。まだまだ要には敵わないけど、カラスとだって渡り合える。子供扱いされることは、一人前として見られていない。何か保護されているようで嫌だった。

 そんなこんなで、早く認めてほしくて、ずいぶん背伸びをした。いつしか、要は仇ではなく、認めてほしい存在、対等になりたいと思う存在になっていた。

 この気持ちを何と呼ぶのか明菜は知らない。

 物資回収隊到着の知らせを聞き、明菜は走る。

 安堵した避難者たちの表情とは打って変わる、自衛隊員たちの疲弊した表情。タンカで運ばれていく人もいる。あの司令の人だ。大成功といっていい結果だったけど、きっと想像もつかないような戦いがあったんだろう。

 あいつは何処。明菜は要の姿を探す。

 どうして避難者たちの車に乗っていない。一抹の不安を覚える。

 車の後ろに回り込むと、伊藤たちと目が合った。

 優しい目で車の中で横になっている人を指さす。どこか怪我をしているのだろうか。明菜が駆け寄ると、規則正しく上下する胸の動き。

「なんで……寝てんのよ!」

 明菜が要の頭をひっぱたく。人の気も知らないで。

「痛っ」

 要が寝ぼけ眼で起き上がる。その目が明菜を捉えると、いつもの優しい目に戻った。

「ただいま、明菜」

 その一言を聞くと明菜の視界は滲み、すぐに要の顔が見れなくなった。ピンクの手袋を嵌めた手が、優しく頭を撫でてくれた。


 物資回収隊が運んできたものは、ゆうに二か月は生活できるものだった。先発した三班の車両で運べたのは半月分だけだったが、カラスの戦線離脱を前に、二班ばかりか一班の車にもちゃっかりと、積めるだけ積んだ。脳震盪を起こした原田を早く運びたかった伊藤たちに、横になったまま「限られた燃料を無駄にするな」と言い放った原田の一声によるものだ。

 そして今回の作戦の成功は、避難所の人々の意識を変えることになった。自衛隊任せにしていた自分たちの態度を省みて、少しでも自分にできることはないのかと、手伝いたいという声や隊員を労わる声が出てきたのは、隊員たちを素直に悦ばせた。

 物資の回収も何度か行われた。伊藤、浅見たちが築き上げた拠点のおかげで、陽動等の必要もなく、最小限の護衛のみで十分対応可能だった。避難者からの志願者も、危険が少ないことも追い風となって徐々に増えていった。

 さらに、道中に放置されていた四トンのパネルトラックを入手できたのは大きかった。これによって搬送できる物資の量も増え、一年半は賄えるだけの備蓄ができた。

 駐屯地に、畑もつくった。カラス除けのネットを広げただけの、まだまだ小さなもの。種と肥料が手に入り、少しずつ希望が見えてきた。

 こんな世界でも、生きていける。

 駐屯地で暮らす人々にそんな思いが広がっていった。

 それは明菜たちも例外ではなかった。このままここで、要と暮らしていくのも悪くない。

 あの報せが届くまでは、そう思っていた。

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