第8話 突入 ⑥

 二班の車が拠点を出発する。駒田は双眼鏡を覗きながら、指揮官を探す。どこだ。

「あと三十秒。陽動、準備して」

 伊藤の声が気を引き締める。近づくにつれ、一班の状況が見えてくる。地面にはネットにかけられた無数のカラス。よくもこれだけ無力化したものだ。これでもまだ四割ほど。百羽以上は残っている。待ってろよ。

「よし、陽動やれ!」

 駒田の指示で沖村が消火器を噴霧する。一班の車両に群がっていたカラスが慌てて散開する。ここからだ。

 伊藤がロープ、浅見が板を持って飛び出す。地面を転がりながら起き上がると、低姿勢のまま一班の車の下へ潜り込もうと駆ける。それに気づいたカラスが伊藤らに接近するが、そこを沖村が車内から消火器で援護する。二人を守るため、沖村も必死だ。消火器も残り少ないはずで、あまり時間はかけていられない。消火器が途切れたところをカラスが襲ってくる。

 ボン。沖村が傘をワンタッチで開いてそれを防ぐ。うまい。こいつは本当に機転が利く。こいつなら援護を任せられる。

 伊藤、浅見、絶対に傷つくな。こっちもさっさと終わらせてやる。くそ、どこだ。どこにいやがる。駒田は焦る気持ちを必死に抑えて、周囲を慎重に見渡す。どこだ。飛び回るカラスたちの中で、動きの違う個体を探せ。

 いた。そいつは三百メートル先の上空。悠々と不敵に飛んでいる。

 お前はそこか。そこで何をしている。お前の仲間たちが戦っている中で、ひとり高みの見物か。怒りにも似た感情が沸き上がる。

 ふう。駒田は一呼吸ついて、心を静める。射撃に感情はいらない。心のわずかな乱れが標準のずれに繋がる。先ほどまでの焦りも消して、ゆっくりと引き金を引く。

 バン。銃口が火を噴いた瞬間、標的が力なく落ちる。

 ギョエエエエ。異様な叫び声をあげて、カラスたちが混乱し始めた。奴が指揮官に間違いなかった。ひとり安全なところで指揮をする指揮官など、俺たちの敵じゃない。俺たちの隊長とは格が違う。おとといきやがれってんだ。


 その一撃が決め手だった。リーダーを失った群れは、驚くほど脆かった。二百羽をまとめあげるだけの強力なリーダーは、一方でリーダーに依存する体質を生み出していたようだ。

 そして、不在となったリーダーの座をめぐって、醜い争いが勃発。カラス同士が威嚇し合いながら、己の優位を見せつけていた。

 今やカラスたちの優先事項は、餌にもならない人間を襲うことよりも、分け前を総取りできるリーダーの座だった。人への興味を失ったカラスは、戦いの舞台を地上から上空へと移した。

「やった、のか」

 浅見が空を見上げながらつぶやく。

「ほら、急ぐよ」

 車の下にもぐった伊藤が、ロープを一班の車に括りつけながら浅見を叱咤する。ロープの繋がった二班の車がゆっくりと進むと、一班の車輪の下に浅見が敷いた板がうまく噛み合い、車両が復旧できた。

 あとは、原田三尉。この人の容態はどうだろうか。

「小隊長、意識、戻りました!」

 一班の隊員から朗報が届く。どうやら脳震盪を起こしていたようだ。ヘルメットが原田を守ってくれていた。

「一班、けが人は!」

「いません。総員無事です!」

「あんたら、あの猛攻で……よく!」

「あの嬢ちゃんのおかげです。あの檄を聞いたら、絶対に死ねないって思いましたよ」

 一班の班員が笑顔を見せる。明菜ちゃん、あなた、みんなを救ったよ。

「よし、帰るぞ!」

 駒田が号令を出す。

 終わったんだ。隣で息を切らしている浅見を見つめる。思えばこいつ、しれっと私が危険な位置にならないように盾になっていやがった。まったく。文句を言おうと口を開けた瞬間、唇が塞がれた。

 なんだろう。自然と涙が出てきた。生きているって、こんなことかもしれない。

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