第8話 突入 ③

 先頭を行く一班から無線が入る。

「小隊長から各班! 一班はこれより突入。そこで待機し、ガスマスクを装備。二班は二分経ってから来い! 三班は伊藤の指示したタイミングで突入しろ」

「了解!」

 皆に一気に緊張が走る。

「総員、ガスマスク着用!」

 伊藤がすぐさま指示する。くっ。早くもガスマスクの出番なんて。催涙弾の使用は最後のとっておきだったはず。無理もない。あれだけの数を相手に、出し惜しみをしている余裕なんてない。

「一班だけじゃ無理です! 援護に行きましょう」

「うるさい! 命令には従え!」

 浅見が悲痛な声を上げるが、伊藤も怒鳴り返す。一班だけであれだけの数の囮になるなんて自殺行為に等しい。援護が欲しいのは百も承知だ。でも。ここで私たちまで行ったら、彼らの覚悟が無駄になる。浅見もすぐに伊藤の思いを察したのか、それ以上は言わない。察しが良すぎるのも、ある意味不憫だな。

 伊藤は時計を睨む。遅々として進まない秒針。二分がこんなに長いなんて。ようやく秒針が一分五十八秒を刻んだ。

「二班、行くよ!」

 伊藤の合図とともに、車両が坂道を登ってゆく。この先は広い駐車場と出入口のはず。どうか一班よ、無事でいて。

 坂道を登りきると、視界が開けてきた。倉庫出入口の正面から、さらに奥に進んだ先に、一班の車両が停まっていた。その上空には、無数のカラス。すでに催涙ガスは使ったようで、付近には白い煙が立ち込めていて、隊員たちの状況はわからない。

 でも、今は一班の隊員たちを気にかけている余裕はない。悲痛な思いを断ち切りながら、気持ちを切り替える。車両が出入口の正面に停車したタイミングで号令をかける。

「今よ!」

 隊員たちが手早く荷台から降りる。出入口と車両の間の隙間を埋めるように、積んでいたパイプとパネルを下ろす。運転手と伝令を除けば、実動員は八人。この人数でやるには正直なところ厳しいが、少しでも早く、拠点を確保したい。

「ネット、いくよ」

 カラスに備え、出入口と車両の間にネットを仮止めする。耐久性はないが、少しでも安全に作業するための措置だ。ネットを張っている間、浅見らがパイプを組む。出入口に取り付けるための骨組みだ。浅見は手際よく、レンチで締めていく。流石だ。

「パネル、準備して!」

 伊藤はすぐさまパイプが組まれた部分に即座にパネルをはめ込んでいく。効率重視のため隙間はあるが、カラスが入れるものでもない。問題はない。よし、片面の壁が設置できた。もう一面の壁も、パネルを下ろしており、まもなく設置できる。なんとか行けるか。

「班長、来ました!」

 隊員の叫びに顔を上げると、カラスが三羽、煙幕から抜けてこちらへ向かってくる。

「くっ。急いで!」

 皆急いでいるのはわかっているが、言わずにはいられない。二枚目も完成に近づいている。伊藤はカラスの気をそらすために、浅見たちから離れた場所でパイプを打ち付け音を鳴らし、挑発する。

「よし、引いて!」

 奴らが近づいてきた瞬間、隊員がネットを引くと、カラスが二羽、弾かれる。もう一羽は。

「上です!」

 悲痛な叫びに上を見上げると、カラスが急降下してきた。くそ、抜けられた。無我夢中で腕を振る。

 ボンッ。腕に確かな反動を感じながら、迫りくる脅威が消える。

「当たった……」

 明菜がやっていたように、バドミントンのラケットを持ってきたのだが、辛うじて当たったようだ。奇跡としか言いようがない。こんなの、狙ってやるなんて無理だ。心臓がいくつあっても足りない。伊藤は肝を冷やす。

「よし。最後は天井のパネル。それができたらネットの張り直し! 三班に突入を指示して! あと九十秒で終わらせる!」

「了解!」

 ここが正念場だ。みんな、無事でいて。


「二班から突入の合図です!」

「よし、行け!」

 駒田一曹が吠える。一班も二班も、大量のカラスの襲撃を受けているはずだ。ただ待つのはつらい立場だ。こんな役割にした原田を恨む。

「三班から小隊長、あと九十秒で到着予定。離脱の準備を!」

 無線で呼びかけるが、応答はない。くそ。無事でいろよ。

「搬出要員のみなさん、間もなくです。準備をお願いします」

 沖村たちに呼びかけるが、彼を除いて、みな顔面蒼白だった。無理もない。はじめての作戦でこの数だ。俺だってぞっとする。

「おい、まだ作業してるじゃないか!」

 避難者のひとりが、ネットを張っている二班を見て指さす。確かに作業は終わっていない。

 だが。

「大丈夫です。伊藤二曹が合図したからには、必ず間に合わせます」

 そうだ。合図したのはあいつなんだ。やると言ったことは必ずやる女だ。三班の車両が切り返し、ギアをバックに入れたタイミングで作業が完了する。そのわずか二秒後に、できたばかりの拠点と接続が完了した。ギリギリではあるが、ドンピシャのタイミングだ。  

「長らくお待ちしてました。こちらへどうぞ!」

 伊藤が息を切らしながら笑顔で搬出要員を出迎える。何が長らくだ。待ってた時間は二秒だけだろ。まったく。浅見、いい女を見つけたな。駒田は後輩の幸せを願い、改めてそう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る