第8話 突入 ②
一班の輸送車では、原田が無言のまま時計と睨めっこしている。
今回の作戦、一班の隊員には犠牲を強いることになる。陽動とは聞こえがいいが、実際のところは捨て駒だった。隊員も皆、覚悟を決めた顔をしている。
食糧はもってあと一月。ここで食糧が手に入らなければ、どの道凄惨なものとなる。それならいっそ。そんな想いであったが、そう簡単に割り切れるものではない。だからこそ、一班は志願者のみとしたが、思いのほか少なくない数の志願があった。こんな世界で生き残っても仕方がないとする者もいるだろうが、誰だって率先して死にたくはない。残る者の礎とならんとする意志は、本質的には、やはり自衛官だったのだ。
こんな不甲斐ない作戦しか立てられない俺に、付き合ってくれて申し訳ない。一人でも多く連れ帰ってやる。
午前七時ジャスト。
作戦の刻だ。無線のプレストークを押す。
「小隊長から各班。これより作戦を開始する。作戦の目的を再度確認。食糧と物資の確保と避難者方の安全の確保だ。しかし、これだけは言っておく。おまえらの命は食糧よりも重い。危険と感じたら、物資の搬出は放棄しろ。次に繋げればいい。一人たりとも命を失うな。これは厳命だ。いいな!」
「二班、りぉおーかい!」
「三班、了!」
なんだ二班、伊藤の奴。やけに気合いが入っているな。まあいい。頼もしい奴だ。
出発だ。号令をかけようとした時。
「あ、ちょっと触るな! おい」
なんだ。おい、どこの班だ。出鼻をくじかれ、苛立つ。
「三班、沖村です。割り込んですみません。小林明菜、あのチビからの伝言があります。『自衛隊の皆さん、がんばってください。誰も傷つかず、無事に帰ってくることを信じて待っています』以上です」
原田は一瞬言葉を失う。やりやがった、あの嬢ちゃん。
こんな世界でも応援してくれる人がいる。帰りを待つ人がいる。俺たちにとっては最高の檄だ。目頭が熱くなった。
「みな聞いたか! 全員無事に帰るぞ! 出発!」
「おおぉ!」
三台の車は、それぞれの思いを乗せて、勢いよく発進していった。
二班の車内。
浅見の隣で、伊藤が目頭を押さえている。あんな言葉を聞かされたら無理もない。手袋の中に手紙か。それも俺たちに対しての。浅見は黙ってハンカチを渡す。
「ありがと」
この人は涙もろい。正義感の強い人だが、本当は自衛官なんて向いてないんだろう。時に非情な判断をしなければならないのが、自衛官。上に立つ者ほど、それが求められる。責任感の強いこの人は、きっとその判断はできる。しかし、その十字架を背負っていくには、きっと優しすぎる。
一年半前、助けを求める人を見殺しにするしかなかったあの日。この人の中では、ずっと重荷になっているはずだ。今回の計画の発案も、元はこの人。避難者を巻き込んだこと、隊員の犠牲を想定せざるを得ないこと。それでも、よりたくさんの人が生きるために選んだこの一手。その責任から逃げないために、わざわざ危険な任務を買って出ている。
この人にとっては、原田三尉が出てきたことは想定外だったはずだ。これによって、本来伊藤が背負うはずだった責任は、原田のものとなった。正直なところ、浅見にとって原田が伊藤の危険を肩代わりしてくれて助かったと思った。それでもこの人は、きっと責任を感じるだろうけど。
十字架を背負う時は、一緒に。
浅見は静かに誓う。
「見えてきた!」
隊員が叫ぶ。目的地の大手流通会社「フォレスト」は、小高い丘の上にある。
沖村が言うには、隠れる場所のない丘の上は、歩いて行くには自殺行為に等しい場所。きっと手付かずで残っている。あれだけの規模の倉庫なら、物資を確保できれば当面の食糧問題は解決できる。そんな期待もあったが。
「おい、嘘だろ……」
倉庫に向かって張られた電線の上には、無数のカラスが止まっていた。その数、およそ二百羽。
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