第7話 いびつな契り ①
駐屯地の出入口の前に、輸送車が三台つけられる。
「こいつを使うのも久しぶりだな」
浅見が七三式大型トラックのシートを触りながら、嬉しそうに話す。
「燃料も限りあるからね。こんな時くらい使ってやらないと」
伊藤も感慨深い。カラスの襲撃以来、燃料となる軽油は入手できていない。補給線が絶たれていることもあるが、なにより生産現場がストップしているためだ。
必要な時にきっと出番が来ると信じて、整備を怠っていなかったことが役に立つ時が来た。
「それにしても、これだけかあ」
「文句言わないの。来てくれただけでも有難いのよ」
物資回収要員として集まったのは、沖村を加えて十八人。二千人いる中で一パーセントも満たない人数にがっかり感も否めない。しかし、ここの避難者たちはカラスに襲われた経験もあるため、その恐怖はよく知っているはず。その中で、よく集まってくれたと思うしかない。
「おい。何で明菜がいる」
沖村が見咎めて注意している。
伊藤が見ると、明菜が要員にちゃっかりと加わっているのだった。
あちゃー。なんであの子もいるのよ。未成年はやめろって、誰か注意しろよ。
「あたしも行くから」
「だめだ。お子様は大人しく待ってろ」
おーい。その言い方はアウトだぞ。年頃の娘に向かってそれはない。
「加齢臭のするおっさんよりは役に立つし」
「な!」
沖村は思わぬ反撃に絶句している。案の定、明菜は不貞腐れた態度だ。
「物をたくさん運ぶんだぞ。非力な奴は足手まといなんだ」
「別に物を運ぶだけじゃないでしょ! あたしだってできることあるんだから」
だめだ。こりゃ終わらないぞ。
「明菜ちゃん、ごめんね。今回はあなたを連れていけないの」
伊藤が明菜をなだめるように口を出す。
「どうして!」
「今回のは、荷物を取りに行く人たちを、自衛隊が護衛するって建前なの。危ないところに行くんだから、護衛が必要なのよ。そこに、あなたみたいな子がいたら、ホントに危ないのかってなるのよ。もちろん、明菜ちゃんがその辺の男よりもよっぽど役に立つことは知っているから、今回は我慢してね」
どうだ、我ながらうまい説明だろ。明菜はむっとしながらも、しぶしぶ頷いた。
「大人ってめんどくさいのよね。わかってくれてありがとね」
明菜の頭を撫でてやる。
「何よ、子供扱いしないでよ」
伊藤も、その手を振り払われてしまった。遠くで浅見がくっくっと笑っている。浅見、後で覚えておけよ。
「なあ、俺って加齢臭するのか」
沖村が、自分の服をくんくんと嗅いでいる。
「知らない」
フン。別ににおいは気にならないけど、年頃の娘の気持ちも考えなさい。
鼻歌を歌いながら荷物を積み込んでいると、沖村が声をかけてきた。
「なんか愉快そうだな。ねえさんも行くのか」
「当たり前でしょ」
伊藤はさも当然という風に答える。というか、ねえさんって。あんたの方が年上だろ。じろっと睨むと沖村は肩をすくめた。
「班長集会で『付いてきてください』とお願いしたのは私なんだよ。その私がいかなくてどうするっての。行かない方が問題だと思うけど」
「まあ、確かに。ねえさんのきびきびとした行動見てると、有能なのはよくわかるよ。それでも、危険な任務だろ」
「あのねえ。危険なのはどの隊員もよ。そりゃあ私は女だし、力が劣るところはあるかもしれないけど、それを補うために訓練してきてんの。現場で動けるレベルになっていないと、そもそも自衛官なんてやってられないよ。これは男も女も一緒」
「いや、わかってはいるんだけどな。それでも心情的には、女性に危ないことはしてほしくないというかな」
やれやれ。
「あんたそれ、あの子にも言ってるでしょ。そんなんだから嫌われるんだよ」
沖村は、はっとした表情になる。
「ああ。嫌われるのは……わかっている。それでも、無事でいてほしいんだよ」
ああ、もう。なんで男ってやつは。話していてイライラする。
「痛っ」
デコピンを喰らわしてやった。
「はあ。そんなの、男の勝手でしょ。女にとっちゃ知ったことじゃないの。女だって守りたいの。守ってほしいなんて望んじゃいないの。世の女がどうかなんて知らないけど、少なくとも私は」
伊藤は、視線の端に誰かを捉えながら言う。
「私が望むのは、共に生きることなの」
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