第6話 雛人形 ③

 班長との会合は、各班で物資の回収に行く志願者を募ることに落ち着いた。

「ありがとね」

 皆が立ち去ってから、伊藤が明菜の頭を優しく包む。こんな小さな体で、立ち向かってくれたんだ。当たり前じゃない。たったあれだけの言葉だが、その言葉が力をくれる。少女の温もりが心地良い。明菜は突然のことに戸惑ってはいるようだが、こくりと頷く。悪い気はしていないようだった。

「助かりました」

 明菜を解放すると、沖村に頭を下げる。

「いいって。あんたたちには助けられたし。それにしても災難だったな」

 沖村が労わるように声をかける。

「まあ、事実ですから。言われたことは真摯に受け止めるつもりです」

「そんな肩ひじ張らなくていい。ああいう輩はどこにでもいるけど、そればかりじゃないから。批判する声は大きくて届きやすいけど、応援する声は届かないだけで、きっとその何倍もあるから」

「応援、してくれてますかね」

「ああ。あんたたちの態度見てたらわかるよ」

 自信なさげに問いかけた言葉に即答されると、またぐっとくる。嬉しい言葉をくれる。

 沖村たちが立ち去ると、浅見が声をかけて来た。

「麻美さん、よく頑張りました」

 浅見が頭を撫でてくる。

「こら、あんたまで! ここ、職場だって何べん言ったら」

 と、その体が優しく包み込まれる。

「こんな時くらい、許してくださいよ」

 バカ。こんな時だから優しくするな。また泣きたくなるだろ。

「俺たち、間違ってないよな……」

「……当たり前でしょ」

 今だけは、こんなのも悪くない。


 要たちは、四十班のところで説明を受けている。班長は島村さんという女性。神経質そうな印象だったが、話してみると結構気さくな人だった。

「あんたたち、おかげですっきりしたよ。お嬢ちゃんもやるねえ」

 島村さんは、明菜にニコニコと笑いかける。どうやら岡野たちに色々押し付けられていたみたいで、うっぷんが溜まっていたようだ。

「ま、あんたらみたいな人だったら安心だよ。岡野みたいなのだったらどうしようと思った。はじめは意地悪言って悪かったね」

 要は、新入りが快く迎えられるとは思っていなかったから、それは気にしていなかった。

 四十班は要たちを入れて四十八人。最後の班ということで、入れられたようだった。

 簡単な自己紹介が終わると、トイレの位置を確認する。そこに、右足を引きずった男が近づいて来た。確か班長会合にもいた男だ。

「沖村、お前、沖村だろ」

 さっきそう名乗ったばかりだが、待てよ、こいつ、もしかして。

「お前、久保か? ずいぶん変わったな」

「おお、やっぱりな。久しぶりだな。生きていたんだな」

 こんなところで旧知の者に会うとは。世間は狭い。悪い奴じゃないが、正直こんなところで会いたくはなかった。

「その足、どうしたんだ?」

 引きずっている足を見て尋ねる。

「ああ。情けないことにカラスにやられたんだ。すぐに足を縛ったおかげで、なんとか死なずに済んだんだ。おかげで使い物にならなくなったけどな」

 久保は自虐的に笑う。

「ひどいな。それでも、よく切ったな」

「ああ、俺だって必死だったよ。びびってる余裕なんてなかった」

 その決断は簡単にできるものじゃない。少しこいつを見直した。

「なあ……いい加減許してくれないか」

「……許すも何もないだろ」

「まあいいさ、俺はお前が生きてくれてよかったよ」

 そう言うと久保は、ばつの悪そうな顔で足を引きずりながら戻っていった。

「誰?」

 トイレから戻ってきた明菜が怪訝な顔で尋ねる。

「昔の知り合い。久保って奴だ」

「ふーん。どんな人なの」

「悪い奴じゃないんだが……トイレットペーパーの最後のひと巻きを残すような奴だ」

「トイレットペーパー? 何それっ」

 最初は怪訝な顔をしていた明菜が、急に横を向いて震えている。こいつ、想像してウケてやがる。

「どうした? 腹が痛いのか。もう一回トイレ行って……痛っ」

 明菜が無言でみぞおちを突いてきた。本気の突きに思わずうずくまる。

 まったく、素直に笑えばいいのに。俺はどうあっても仇なんだな。

 それも仕方がない――悠人を殺したのは、俺なんだから。

 そばに置かれた机の上には、小さな雛人形が置いてあった。避難所の子供を喜ばせようと、誰かが置いたものだろう。明菜も見ただろうか。それがやけに胸に刺さる。

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