第1話 空の消えたまち ③

 そうして半年ぶりに出てきた地上。地上の空気に喜びを感じたのも束の間、コンビニの中に閉じ込められてしまった。カラスに襲われる恐怖を目の当たりにすることとなり、自分たちの行動がいかに軽率だったのかを悟る。やっぱり子供二人だけで食糧探しなんて。そう吐き捨てようとしたところで、明菜が力なく首を振る。

「取り敢えず、探すものだけ探そうよ」

「あ、ああ……。そうだな」

 悠人はばつが悪そうに頬をかく。愚痴を言っても状況が変わるわけじゃない。こんな時だからこそ、自分が頑張らなくてどうする。出る方法は後回しにして、明菜の言うとおり、当初の目的を果たすことにする。

 無人のコンビニは予想通り、すでに物色された後だった。中で取り合いでもあったのか、こぼれた弁当か何かの染みがところどころ床に付いている。

 パン、ジュース、カップラーメン等、食料品などの目ぼしいものは、陳列棚からきれいさっぱりなくなっていたが、持てる物も限られるためか、ところどころに物は残っていた。

「あ。こんなん残ってたよ」

 明菜が棚の奥に転がっていた「おいしいあさり」と書かれたカップ味噌汁を見つける。

「味噌汁かあ。お湯をどうすんだってのはあるけど、無いよりはマシだな」

「カゴに入れとくよ」

 明菜がコンビニのカゴに味噌汁を放り込む。

「あと何か使えそうな物ないかな。えーと、これは……香典袋? 誰が使うのよ!」

 アキは一人でツッコミながら棚を見ている。心なしか楽しそうな感じだ。

「お。いいのあるじゃん」

 アキはさらに靴下、タオル、マスクや、歯ブラシ、ライターなんかも見つけていく。食糧が手に入れられなくても、重宝する日用品が残っているので、どうやら避難が始まったころに物色されただけのようだった。

「タオルとライターは助かるな。危険を冒して来ただけの意味はあったかな」

「うん。無事に帰れたらね」

「う。それを言うなよ」

「はは、ごめん」

 明菜は力なく笑う。

 レジのカウンター内はごちゃごちゃと散らかっていて、レジも乱雑に開けられている。現金も盗まれているようだ。こんな世界で、現金が何の役に立つのだろう。盗った人間の浅ましさもうかがえる。まあ自分たちも人のことは言えない。生きるためとは言え、盗んでいることには違いない。

 バックヤードに入ると、乱雑に書類が散らかっている中で、思ったほど棚は荒らされていなかった。

「タバコあるね」

「ああ」

 タバコのカートンが棚の上段に山積みにされていた。そう言えば大人の連中はタバコを欲しがっていたな。

「これ、一応要望あったやつでしょ。どうする?」

「いい。見なかったことにしよう」

 悠人の答えに明菜もほっとしたようだった。悠人も明菜も、タバコにはいい思い出がない。命がけの探索で限られた物しか持っていけない中で、無遠慮にタバコを要求する大人。ただの身勝手だ。地下の密閉した空間に平気で煙を吐き出したり、吸い殻の後始末にも無頓着な者が多い。持って帰ると一部の者の機嫌は良くなるだろうけど、他の人たちが不快になるだけだ。タバコを持って帰るくらいなら、香典袋でも持って帰った方がマシだ。もっと役に立つものを探そう。悠人は近くの棚の扉を開けて見て、目を見開く。

「アキ! ちょっと来てみろ!」

 開けた扉の中には、温めて入れるだけの業務用のおでんパックが数十パック、手付かずでしまってあった。

「わ、おでんだ。大根も入っている」

 明菜は駆け寄って顔をほころばせる。おでんは明菜の大好物だ。

「あったかいおでん、久々に食べたいな」

「これは絶対、帰らないとな」

 おでんを見つけただけでかなりテンションがあがった。しばらくは菓子とか缶詰とか味気ない食事が続いていたので、あっためて食べれるおでんは本当にありがたい。水だけで食べれる災害用の食事もあるけど、やはりあったかいものが食べれるということは、生きていく上で欠かせないのだと思った。


 コンビニの入口付近にある書籍コーナーはほぼ手付かずだった。

「あ、これ読みたかったやつだ」

 明菜が文庫本を一冊手に取る。雑誌に交じって、実用書や名の売れた作家の文庫本がいくらか置いてあった。

「本は誰も持って行かないんだな」

「あると気が紛れるんだけどね。こんな時だから優先度が低いのは仕方ないよ」

 本が荒らされずに残っているのは、本が好きなアキにとっては嬉しい半面で、少し寂しい気もするんだろう。

「アキ、少し持っていったら?」

「いいよ。重いし、かさばるから」

 あっさりと言い放ち、名残惜しさも見せずに棚に戻すアキに、悠人の胸はちくりと痛む。

 本当は読みたいだろうに。やるべきことはやってからと、きっちりと優先順位をつけて、無理なものはさっさと諦める。立派な考えではあるが、今までもアキは自分のために欲張ったことがない。欲がないと言えばそれまでだけど、諦めることに慣れている、と言った方がいいくらいの欲のなさだった。そのくせ、やけに頑固で、一度決めたことは決して譲らない。

 なけなしの小遣いで、アキに買ってあげたたい焼きも、「はんぶんこにしないと嫌だ」と頑なに駄々をこねて、結局二つに分けたたい焼きを二人で美味しく食べることになったな。あの時は、こっそりと大きい方をあげるくらいしかできなかったけど。

 悠人はそんなことを思い出しながら、書籍棚をぼんやりと眺める。

 ふと、一つの冊子が気になって手に取り、パラパラとめくる。

「アキ、これ意外と使えるんじゃないか?」

「何? あ、地図帳か」

「これ。今ここだろ」

「うん。あ! 近くの店とかもちゃんと載ってるね」

「そう。それにほら。地下の入口とかもちゃんと書いてあるし」

「ほんとだ。これ見れば一番近い出口とかもわかるね。ハル、意外と頭いいね」

「意外、とは余分だよ」

 悠人はにやっと笑って地図をカゴに入れる。そしてもう一冊、明菜が喜ぶように。

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