第1話 空の消えたまち ②
悠人たちが避難先としているのは、地下鉄の駅の構内を繋ぐ地下道。
あの日、空が支配された日。せっかくだからと明菜と首都見学に出かけていた最中、それは起こった。空を埋め尽くすほどの大量のカラスが、次々と人を襲い始めたのだった。あちこちで悲鳴が上がり、パニックになった群衆に巻き込まれ、訳も分からず一番近かった地下道に逃げ込んだが、まさかこんな事態になるとは予想もしていなかった。
悠人たちが避難した地下道には、千二百人ほどが集まっていた。カラスから逃れるための一時的な避難だったはずが、それがそのまま、長期間生活することを余儀なくされる羽目となった。誰かが持ち込んだスマホのニュースで知った事実――地上はもはや安全ではない。
駅員が配ってくれた非常食と毛布のおかげで、当面、過ごすことに問題はなかった。地下道には駅員用の洗面所とトイレがあったことが救いで、一定の水が確保できたのは大きい。飲み水には適さないかもしれないが、気にしてはいられない。
しばらくすれば助けが来てくれるはず。皆がそう思っていたところに流れて来た絶望的なニュース。行政機能の停止。何を言っているのかわからなかったが、これだけはわかった。
助けは来ない。
最初に問題となったのは衛生面だった。タオルやティッシュなど、体を拭くものが少ないのは、長い生活で切実な問題となった。トイレ自体は使えるものの、トイレットペーパーはあっという間になくなった。構内に置いてある紙類で代用することとなったが、流せない物が増えることで、ゴミも溜まる一方だった。
そして、食糧の問題。非常用倉庫には相当な量が備蓄されていたものの、助けの来ない現実を突き付けられた中、緩やかに減っていく食糧を目の当たりにし、危機感を感じない者はいなかった。
地下鉄の線路を歩き、隣の駅へ向かった者の話では、どこも同じ状況で、他所へ分ける余裕などはない。それぞれの避難所で、略奪に対抗するための武装が始まった。こうなると、自分たちで食糧を采配していくしかない。
また、地下鉄の構内はよく冷える。冷たい床に毛布を敷いても地面の底から伝わってくる冷気は徐々に体力を奪っていく。三か月も経たないうちに、気力も体力もすっかり消耗していった。
その間、もちろん手をこまねいていたわけではない。
運動量力の高いものや志願者を中心に、食糧、物資を探しに行く物資隊を編成し、地上へ食糧や日用品を探し回った。空を支配された地上での活動は、文字通り命がけのものであり、出入口に近い店から探索をはじめ、一定の物資が確保できた。
ただ、危険な物資探しでは犠牲者が出ることも少なくなく、カラスの攻撃を受けた者は帰らぬ人となった。物資を持ち帰った部隊に歓喜する一方で、全滅を知り絶望も味わう日々。次第に減っていく避難所に残った人々には、悲痛な空気が漂っていったが、人が減った分、食糧の備蓄日数が伸びるのは皮肉な結果だった。
悠人たちが探しに行く一週間前にも、八人の有志からなる物資隊が出発した。しかし、五日経っても誰も帰ってこなかった。誰かが諦めたようにつぶやく。彼らも犠牲になったのだ、と。何度も食糧を確保してくれた彼らですら、戻ってくることはできなかった。そんな危険な仕事は、誰もがやりたがらない。そんな中、次の物資隊の要員として、最年少だった明菜が指名されたのだった。
その理由は、「奴らは女の子は襲わない」という根拠のない都市伝説だった。以前、カラスと友だちになった女の子がいたという話があるらしい。それが真実なら、とっくにこの問題も解決しているだろう。そんないい加減な理由で最年少の明菜が危険な探索に行かされるというのに、非を唱える者は誰もいない。皆、自分の命が大事なのだ。もちろん、常識のある大人もいたが、こんな時に助けてくれるような人は、物資隊に参加して帰らないままだった。
これまで探索に加わってこなかった悠人も、人のことを言えないのはよくわかっている。しかし、自分たちよりも元気な大人が、妹に押し付けようとするのは、どこか間違っている。それだけは漠然と感じた。
もうこんなところに居たくない。そうは思いながらも、食糧があって水が使える場所を探すこともできず、他に行き場所はない。
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