第4話 少年の詩 ③

 何て言った。あの娘が死んだ、だと。

 要は、アキの姿を思い返す。小柄で幼さの残る少女。不愛想で警戒心が強いが、ハルには甘い年相応の女の子。理解がはやく頭のいい子で、兄想いの優しい女の子だった。

「おい、嘘だろ。なんであの子が死ななきゃならないんだ!」

「理由なんかあるわけないじゃないですか! こんな世界、人は簡単に死んでしまうんです。あなたの方がよくわかっているはずです。アキは……また、僕をかばおうとして、カラスを殺してしまったんです」

 悠人は悲痛な顔で告げる。

「だから! せめてあなただけでも。生きていて欲しいんです!」

 悠人の言葉に、要の胸が詰まる。どうしてだ。俺と一緒にいてもいい事なんてなかっただろう。どうして、俺より先に若い命が散っていかなければならない。

「おい、沖村を放してやれ」

 金田が白けたように田村たちに言う。

「え、いいんですか?」

「ああ。最後くらい一緒にいさせてやればいい」

 田村が戸惑いながら金田に確認し、五島と二人で要を捕まえていた力を緩めると、要は悠人の方に駆け寄っていった。

 金田は、女が死んだことで興味を失ったのだ。その上、沖村とガキのお涙ちょうだい話を聞かされて、うんざりしていた。これ以上、こいつらと関わっても得るものはない。下手に開き直られて感染した血をうつされても敵わない。同情して物分かりのいい人間を演じて、さっさと立ち去れば終わりだ。

 だが。金田は奥歯を噛みしめる。

 俺をコケにしたことだけは許さねえ。


 金田は、鬼の形相で要の後ろを追っていった。その手には、鋭利なナイフ。ガキは放っておいてもくたばる。その前に、お前が救おうとした沖村が死んでいくのを見せてやる。自分の行動は無駄だったと、無力な自分を呪いながらくたばりやがれ。

「沖村さん! 後ろ!」

 悠人の切羽詰まった声を聞き、要は後ろを振り返る。鬼のような形相の金田を見て、予想していたように応戦の構えをとる。金田の性格は嫌と言うほど思い知った。きっと卑怯な行動をとるだろうとわかっていた。お前にだけは負けない。せめてハルを妹のもとに帰してやる。

 金田は、予想外の沖村の反撃の意志に当てられ、びくっと怯む。その瞬間。

 ゴンッ。

 金田めがけて石が飛んできた。金田はとっさに左手でかばい、なんとか顔に当たるのを防いだが、左手に強烈な痛みを感じる。金田は石が飛んできた方向を見ると、悠人が投げ終わった態勢で睨んでいた。

 クソ、あのガキ、最後まで邪魔しやがる。あの顔が気に食わねえ。

 金田は逆上しかかった時に、ふと目に入った血の色。金田の左手には、べったりと血がついていた。石を防いだくらいでは、かすり傷がいいところだ。金田が地面に落ちた石を見ると、その石は血で真っ赤に染まっていた。

「ああああ! てめえ、なんてことしやがった!」

 金田は、その血が何なのかを悟って錯乱した。悠人がカラスにやられた傷をえぐって出た血を、石に塗り付けて投げたのだった。

「うわあああ! くそ、水、水はないか!」

 金田はパニックを起こして、田村たちのところに水を探しに行く。ウイルスの感染を恐れ、早く洗い落としたいだろうが、そう都合よく洗い落とせるような場所はない。

「お前ら、早く! 水道を探せ!」

 要は、金田達が慌てふためきながら転がるように立ち去っていく姿を、呆然とした表情で眺めていた。

「ハル……、お前」

 悠人は疲れた顔で地面に腰を下ろすと、ニッと笑う。その笑顔は、どこか満足そうだった。

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