第4話 少年の詩 ①

 要は自分の軽率さを呪った。

 奴らを偽の隠れ家に誘導して閉じ込めてやろうと思っていたのに、香澄を侮辱されたことが我慢ならず、金田の挑発に乗ってしまった。おかげで作戦は不発。こんなところで無様に転がり、地面に頭を付けている。

「うっ」

 刈谷に蹴られたところが痛む。こいつはバカなだけに加減を知らず、本能の赴くままに暴れる、歩く凶器みたいなものだった。

「おい。いい加減にしゃべったらどうだ。何も殺そうってわけじゃないんだよ。困っている女を保護してやろってんだ。人助けなんだよ」

 要は金田はじろりと睨む。何も語るつもりはない。相変わらず口が回る奴だ。何が保護、人助けだ。体のいい奴隷だろう。

「チッ。あいつらどこ探してやがる。いい加減手掛かりくらい見つけてこいよ」

 金田は黙りこくった要を一瞥すると、イライラとタバコに火をつける。田村と五島は、女をあてもなく探しにいったのか、一向に戻ってくる気配はない。悠人たちはうまく逃げ切れたろうか。金田のイライラが手に寄るようにわかるが、腹いせで要に暴行するような短絡的な奴ではない。手を出してきたら関節をとってやるところだが、要を痛めつけても口を割らないとわかっている以上、無駄なことはしない。こういうところが狡猾なんだ。

「おい! ガキがいたぞ」

 少し離れたところで五島の声がした。ガキってあいつらか? 二時間待ってろって言っただろ。俺が残った意味を少しは考えろよ。要の動揺した顔を見て、金田はにんまりと笑った。

「沖村、残念だったな。ガキがいたってよ」

 金田が善良ぶった仮面を捨てて、残忍な顔を浮かべる。五島の声を合図に、奴らが金田のもとに集合する。

「五島、どんなガキだった」

「高校生くらいのガキでした。確か、地下鉄にいた、女連れのやつです」

「ほう」

 金田がニタッと笑う。

「あのガキか。確かちっこい女を連れていたな。そうか、あの女か。まだまだ乳臭いが、磨けば綺麗になるタマだな。ああいうのも悪くない」

「あ、女はいませんでしたよ」

「何? それを早く言え! さっさと捕まえて吐かせるぞ」

「へえ」

 五島は気乗りしない返事をする。よくわからない奴だ。一方で、テンションが一気に上がった奴がいる。

「へっへー! あの子か。かわいい娘でしたね。こりゃいいや」

 刈谷は勢いよく走っていく。まずい。こいつに捕まったら終わりだ。バカなだけに何をするかわからない。

「行ったぞ! 逃げろ!」

 要は大声で叫ぶ。頭を押さえつけていた刈谷が行ったため、よろめきながら立ち上がる。

「うるせえ、黙れ」

 田村が要を殴る。くっ。こんなの効くかよ、この腰ぎんちゃくが。要は痛みを堪え、田村を振り切って刈谷を追いかける。しかし、その距離はどんどん離されていく。欲望丸出しの体力バカの走りは尋常じゃなかった。疲労と痛みで体力の限界が来ていた要は、後ろから追ってきた田村と五島に捕まり、倒されてしまった。

「おーい。そこにいるのはわかっているぞ」

 刈谷は、金属バットを軽々と振り回しながら、不敵な笑みを浮かべる。少年が逃げ込んだと思われる路地裏に、ゆっくりと近づいていく。そして角を曲がった瞬間。

「うおっ!」

 刈谷の顔に突如ネットが覆いかぶさる。不吉な羽音とともに。

「うああ! やめろ! 来るな!」

 ネットの中にはカラスが入っており、刈谷の目の前でバタバタと激しく羽ばたいている。カラスはネットから逃れるようとしているだけのようだが、その爪に触れて傷つくことは死を意味するものであり、刈谷は恐怖に怯えながら必死にネットを取り外そうともがいている。

「このガキ! くそがあぁ!」

 悠人は、刈谷の横を走り抜けて行った。悠人が使ったのは、金田たちが使ったネットランチャーで封じ込められていたカラス。バタバタともがいていたカラスをネットごと拾い上げ、待ち伏せに使ったのだった。

「お前みたいなのに捕まってたまるかよ!」

 悠人の目も怒りに燃えている。妹を欲望のはけ口としか見ない連中など、許すことはできない。

「ああああっ!」

 刈谷は侮っていたはずのガキに嵌められた怒りのあまり、闇雲に金属バットを振り回す。カラスの恐怖も消えないまま、錯乱したようにブンブンとバットが空を切っていく。

 ガッ。

 そしてバットが獲物を捕らえた。バットの芯に鮮血が飛び散る。その刹那、時が止まったように静まり返る。

「ハル! そこから離れろ!」

「刈谷!」

 要と田村たちが同時に叫ぶ。

「うがあああっ!」

 刈谷が雄叫びを上げる。バットが捕らえた獲物は、ネットにくるまっていたカラスだった。刈谷がネットを引きはがすと同時に宙に戻ったカラスを、刈谷のバットが捕らえたのだった。その一撃は重く、カラスは即死。そしてそれが意味することは。

「ぐがああっ」

 カラスから解き放たれたウイルス「クロウ」が、刈谷の肺に吸い込まれていく。一瞬のうちに全身に回った死の呪いは、刈谷の体を待ったなしに蝕んでいく。刈谷は苦しそうな顔で、両手を首の前でかきむしるようにしながら、倒れていった。

「う、があ、こ、んな、く、そ……」

 刈谷は最後まで悪態をつきながら動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る