第3話 襲撃 ④

 要は階段を駆け下りる。奴らは四人。小細工の通じない金田がいるのは非常にまずい。しかもカラスにも対処しなければいけない状況で、二人を連れて逃げ切るのはまず無理だ。どうする。考えろ。

 要の前で必死に階段を下りる悠人と明菜を見る。要から見ればまだ子供だが、この二人なら行けるか。危険だが、この子らの判断力と運に賭けてみる。

「こっちだ。行くぞ」

 要が金田達とは反対の方向を示す。

「あの建物の壁伝いに歩け。広い通りに出たら右に曲がって真っすぐだ。しばらく行けば会館があるはずだ。そこを目指せ。その地下にでかい樽の置いてある喫茶店があるから、鍵をかけて待ってろ。合図はノック四回だ。いいな」

 要が早口に指示する。二人は何か腑に落ちない顔で要を見る。

「いいか。この壁では歩くんだぞ。わかったな」

 要はそう告げると、先ほど指示した方向とは反対に向かって走り出した。

「あなたは。一緒に来ないんですか!」

 違和感を感じた悠人が悲痛な声で問いかける。

「後で行く。二時間経っても来なかったら先に行け」

「待って!」

 要は振り返らずに一気に駆けていく。

 バサバサッ。

 騒ぎを駆け付けたカラスが要に近づいてくる。そうだ。こっちに来い。歩く人間と走る人間では、走る方に近づいてくるのはわかっている。俺と香澄が襲われる中、悠々と逃げて行った金田が教えてくれた。

 振り返り様、ラケットでカラスを打ち落とす。うまくいったが、このタイミングが少しでも遅れると命取りだ。いちいち寿命が縮まる思いだ。

 遠くでは、悠人たちが時折心配そうに振り返りながら、要とは反対方向に歩いていく。「幸運を祈る」。そう願って、あいつらに向かって親指を立ててやると、ようやく速足で歩き始めた。よし。ハルも今何をすべきかはわかっているはずだ。行け。

 さて、ここからが勝負だ。

「沖村! お前か!」

 近づいてきた金田が声を張り上げた。


「驚いた。生きていたんだな」

 金田は心底驚いているようだ。そりゃそうだろう。

「俺だって死んだと思ったよ。おかげさまでな」

 皮肉を言ってやると、金田が笑みを浮かべる。死にかけた時の無様な様子を思い出しているんだろうか。相変わらず神経を逆なでする奴だ。

「そうか、お前だったか。あそこのスポーツ店、人がいた割にはやけに痕跡が少なかったからな。お前だったら納得だ」

「そりゃどうも。納得したんなら行ってくれ。食いもんは間に合っている」

 やれやれという風に肩をすくめる。早く帰れよ。

「やけに素直だな。お前はてっきり俺たちを憎んでいると思っていたんだがな。復讐するどころか、下手に出るなんてお前らしくない。何を隠している」

 チッ。これだからこいつは苦手だ。こいつを騙すのは簡単じゃない。

「確かに、お前は殺してやりたいほど憎い。お前のやったことは許せるものじゃない。ただ、あの恐怖は二度とごめんだ。あれだけのカラスの前にした時の恐怖は消えんよ。お前とはもう関わりたくないんだ。だから」

「女はどこだ」

 金田が遮る。もうその目は笑っていない。獲物を狙う鋭い目だ。

「女? 女がいるのか」

「とぼけるな。お前も一緒にいただろ」

「俺と一緒にいた女はお前が殺しただろ!」

 要が金田を睨みつける。

「違う。あの女じゃない。他にいるだろ。そうか、あの女は死んだのか。素直に俺の言うことを聞いていれば、死なずにすんだのにな。いい女だったのに残念だ。沖村、最後くらいは悦ばせてあげたのか?」

 金田は下品に笑う。もうダメだ。こいつを前にすると冷静じゃいられない。

「香澄を侮辱するな!」

 もう我慢がならないと思う前に手が出ていた。こいつだけは許せない。要の拳は金田の顔面をとらえ、後方に吹き飛ばす。その直後、伸びきった要の体は横から蹴られ、地面へと転がった。

「ぐっ」

 刈谷だった。この乱暴な男にもう一度蹴られて呻く。

「女を探せ。近くにいるはずだ」

 金田が田村と五島に指示する。

「その顔が見たかったよ」

 金田は要に殴られた頬を押さえながら、悔しそうに這いつくばる要の表情を見て、冷酷に言い放つ。

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