第3話 襲撃 ③

「金田さん、女がいるってほんとですか」

 田村が興奮しながら聞いてくる。

「ああ。女の髪の毛が落ちていた」

 金田は嫌らしい笑みを浮かべながら答える。更衣室で見つけたものは三十センチほどの艶のある一本の髪の毛。他の更衣室の床には埃がうっすらと見える中で、そこだけには埃がなかった。まだ若い女だ。

「ああ、それでなんか美味しそうな匂いがしてたんですね」

 刈谷がニタニタ笑う。バカが。それは鍋の匂いだ。訂正するのも疲れる。バカは放っておくか。今は女を探すことが先決だ。まだ遠くには行っていないはずだ。半年の避難生活で、性欲は溜まりに溜まっている。誰だってそうだろう。こんな糞みたいな生活に耐えれるものではない。田村たちが俺に付いてきているのが、何よりの証拠だ。

 あの時は沖村に邪魔されて不発だったが、今度は見つけてやる。沖村だって溜まっているだろうに、紳士ぶりやがって。有能だが、そういうスカしたところが嫌いな奴だった。死んでしまえば、そんなプライドなどクソの役にも立たない。あの世で後悔するといいさ。

 バサバサッ。

 チッ。こんなところにもカラスが居やがる。落ち着いて探せやしない。カラスが近づいている中では、上空にもかなりの気を遣っていないといけない。邪魔ばっかりしやがる忌々しい鳥だ。しかし、女にしても同じはずだ。カラスは走る人間を放っておきはしない。そう遠くには行っていないだろうから、近くに必ず潜んでいるはずだ。


 オフィスビルの三階から悠人がスポーツ用品店を見張っていると、金田たちが裏口から出てくるのが見えた。下品に笑う男たちの顔が不安を駆り立てる。

「奴ら、裏から出てきた」

 要と明菜の顔が強張る。

「裏からか。気付きやがったか」

「何か探しているみたいでした」

 アキは必死に無表情を装っているが、不安に思わないはずがない。アキの手をぎゅっと握ると、アキも握り返してきた。

「隠れてろ。そう簡単に見つかるもんじゃない」

 そう願いたい。これだけ建物がある中で、一軒ずつ探していくのは骨の折れることだろう。

「おーい! 誰かいないか。食べ物を届けに来た!」

 外から大きな声がする。金田が叫んでいるようだ。救助に来たと思わせるような誠実そうな声色だが、誘い出すつもりなのは間違いないだろう。あの下品な笑顔を見れば、とても救助に来たとは思えない。

「罠だ。無視していろ。ここがわかっていればわざわざ大きな声で呼びかけはしない」

 悠人にもさすがにわかる。

「……何でわかったのかな」

 アキがぼそっと漏らす。あそこを出る前に、要が痕跡を消していたのは見ていた。

「人のいた痕跡ってのは簡単に消せないんだ。埃や汚れ、匂いなんかでも、痕跡は残る。それでも、誰がいたのかなんてのはわからないはずだ」

「誰かわからないのに呼びかけるなんて、怖くないんでしょうか」

 要は首を縦に振る。

「そう。姿の見えない相手ほど怖いものはない。相手が命を狙ってこないなんて保証はないからな。そこまで頭がまわらない馬鹿か、撃退する自信があるか、どちらかだ」

「やっぱり、アキに気付いたのかもしれません。もしかしたら、逃げる姿を見られたのかも」

「かもしれん。気付いていると思って行動した方がいい」

 悠人も異論はない。くそ。早く諦めてどっか行けよ。

 カアアッ。

 カラスが一羽、金田達の方に向かっていくのが見えた。金田の声に反応したんだろう。慌てて散らばる金田達。そうだ、カラスもたまには役に立てってくれよ。この時ばかりはカラスを応援してやりたい。

 ポンッ。何かが発射する音がした。後ろの男が何かを持っている。そこから網のようなものが勢いよく飛び出し、カラスを絡めとって落としたのだった。

「何だよあれ! 反則だろ」

 どこから手に入れたのかわからないが、ネットランチャーのようだ。あれがあれば遠くから安全に守れる。カラス対策も十分。用意周到でかなり手ごわい相手だと悟る。

 バサッ。ゴツッ。

 悠人の目の前に突然、カラスが一羽突っ込んできた。急な出現に背筋が凍ったが、ガラスのおかげで大丈夫だった。ガラスに激突したカラスは逆上して、ギャーギャーわめき始めた。

 まずい。悠人が窓の下に目をやると、ビルを見上げる金田と目が合う。その顔が不敵な笑みを浮かべた。

「気付かれた! 逃げて!」

 悠人は必死に叫んだ。

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