第2話 漂流 ④

 要と明菜は、あまりの唐突さに、目を合わせる。

「ハル! 何、勝手に」

 アキの表情を見るからには、二人で相談していたわけではないだろう。

「アキ、あそこに戻りたいか?」

「そりゃ戻りたくはないよ。荒木なんて嫌らしい目でじろじろ見るし二度と会いたくない」

「ならいいじゃないか」

 アキが問題にしてるのはそこじゃないだろう。俺がこの二人についていくことだろう。

「沖村さんなら大丈夫。アキを傷つけるような人じゃないって」

「それは……わかるけど」

 一応俺のことは認めてくれてるんだな。ふてくされた顔でしぶしぶ同意する少女を見る。

 悠人の提案にびっくりした要だったが、要以上に驚いていた明菜のやり取りにかえって冷静さを取り戻して聞いている。

「さっきの襲撃、アキが何とかしてくれたけど危なかっただろ。悔しいけど、僕たちだけじゃきっとダメなんだ。沖村さんの知恵と経験、それがあると心強いんです」

 最後の言葉は要に向けて発した言葉だった。

「ここへ来てくれたのも、僕たちを心配して来てくれたんですよね」

「買いかぶりすぎだ」

 要は苦笑する。こいつ、俺のこと信用しすぎだろ。まあ正直、避難所の連中にはうんざりしていたところだったので、ハルの提案には異論はない。こいつらと一緒にいるのも悪くない。この子らに物資を探しに行かせるくらいだから、どうせ俺は避難所の奴らに死んだと思われていた身だ。三人が居なくなってもカラスにやられたと思うだけだろう。最後に持ち帰った食糧も置いてきたことだし、くれてやる。後は勝手にやってくれ。ただし、提案を受ける前に一つ条件を。

「お前たちに俺がついていくメリットはわかったが、俺にとってのメリットは何だ?」

「ごはんつくれます。アキの作る飯、うまいですよ」

「ちょっと。それ、あたしばっかりじゃない。それに材料ないし」

「ふ。出世払いだ。わかった、乗ってやるよ」

 まあこんなのも悪くない。要は兄妹を見るとニヤッと笑った。


「んで。どこに行こうと思ってたんだ」

「……すみません」

 悠人は素直に謝る。案はなしか。まあいい。

「でも、これを見てください」

 悠人がカバンから地図を出す。

「お。地図か。いいもの見つけたな。いいセンスしてるな」

 地図は意外と役に立つ。周辺図なら地下道の出入口にもあるが、広範囲な地図はこれからの行動にきっと役立つはずだ。要が褒めると嬉しそうな顔をしている。

「とりあえず、食い物はなんとかなる。これから先に必要なものを手に入れる」

「必要なもの、ですか」

「まずはここだ」

 要が差したのは大手のスポーツ用品店。怪訝な顔をする二人に言う。

「武器だ」

「武器?」

 兄妹がそろって首を傾げる。

「ちょっとしたものだ」

「はあ」

 要は地図を広げる。スポーツ用品店までのルートを説明する。

「今はここだな。少し遠回りになるが、俺たちが行くのはここからだ」

 要が指したのは八番出口。店の裏手側になるが、ここから歩く距離が長い。

「六番の方が近いですよ」

 ハルが店の真正面となる手前の出入口を指す。

「こっちは確かに近いが、広い駐車場を通ることになる。ここで襲われたら逃げ場がない。裏から行けば、遮るものも多いから、こっちの方が安全だ」

「ダッシュで行けばなんとかなるかもしれません。アキもこう見えて結構速いですし」

「おい。勇気と無謀は違うぞ。『なんとかなる』に賭けるのは自分と妹の命だ。比較的安全な道があるのに、リスクをとる必要なんてない。近道なんてくだらないものに賭けるな」

 要が厳しく釘を刺すと、悠人がうなだれる。

「はやくここを出たいんです。それに、沖村さんも疲れてるんじゃないですか」

「あたしが行けば大丈夫」

 それまで黙っていた明菜が口をはさむ。

「さっきもそれで大丈夫だったよ。鏡も持ってる」

「鏡?」

 兄妹は、カラスがアキを襲わなかった一件を要に説明する。

「そうか。あの噂、あながち嘘じゃなかったか。怖かっただろうが、よく乗り切ったな。ただ、あまり過信しない方がいい」

 要は感心する一方で、懸念を口にする。

「奴らは思った以上に賢い。同じ手は二度も三度も通じないと思った方がいい。どこか隙を見つけたら、必ずそこを突いてくる。それは最後の切り札としてとっておいた方がいい」

 明菜は少し残念そうな顔をする。

「奴らは群れで行動している。攻撃してくる奴がすべてと思うな。見張りもいるし、指揮官もいる。それで物資隊の仲間も何人かやられた」

 やられたという言葉に、二人ははっとする。これから進む道は、決して楽なものではないことを悟ったようだ。

「その恐れは忘れるなよ。生きることを第一に考えろ。みっともなくてもいいから」

 兄妹は真剣な面持ちで頷いた。

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