第2話 漂流 ②

 どうしてこんな世界になったのか。

 事の発端は、とある小さな町のゴミ問題だった。

 ゴミの収集日とは無関係に捨てられたゴミ。カラスがつついて散乱した生ゴミ。

 マナーの悪い者はどこにでもいる、情けなくもありふれた光景。

 深夜飲食店の多いその町では、特にマナーが悪かった。営業が終わると同時に収集日に関係なく捨てる者、分別をしない者、収集場所を無視して道路に捨てる者。ルールを守る奴はバカだと言わんばかりに、自分勝手な行動が横行した。

 通りに散乱したゴミは、役所から委託を受けた清掃員が片づける。しかし、片づけた矢先にこれ幸いと再び捨てられ、日に日に増えていくゴミの処理はとういて追いつかない。悪臭が漂い通行人や住民から苦情が殺到すると、市は清掃員を増やしたが、税金を使って処理することは、これもまた苦情の的となった。

 どうしてルールを守らない奴のために俺たちの税金を使うんだ。行政は指導もせずに何をやっている。そんな声が大勢を占めた。

 業を煮やした市長がとった行動は、まともな人ならとても理解できないだろう。

 その決定は、「ゴミを散らかすカラスを駆除する」ことだった。

 ゴミ捨てのルールを守らない者が悪い。子供でもわかるその理屈は、この町の人間には通用しなかった。マナーが悪い者たちは、何べん注意しても聞かないだろう。注意することで激高してトラブルになると大変だ。

 そんな事なかれ主義が、かえって彼らをのさばらせることになっていたのだが、本来それをチェックするはずの住民も、また事なかれ主義だった。

「市はちゃんと指導しろ。注意するのがお前たちの仕事だ」

 住民が文句を言う先は、ゴミを捨てた当事者じゃなく、行政に対してのみ。市がカラスを駆除すると決めたのなら、市が責任をとるだろう。おかしな決定だが知ったこっちゃない。

 そして行われた、カラスの駆除。

 市内の猟友会を総動員し、銃で町中のカラスを一掃していった。オレンジ色のジャケットを着たハンターたちは、逃げ惑うカラスを撃ち落とし、市内からカラスを駆逐することに成功した。


 これが滅びの引き金となった。


 この一件は、近隣のカラスたちに瞬く間に波及した。同胞を皆殺しにされたカラスは、この町に集結すると、反撃を開始した。人に対しての敵意をむき出しにし、道行く人々を嘴や爪で襲い始めた。さらに、カラスの反撃はこの町に留まらなかった。独自に進化したカラスのネットワークは、離れた場所にいる個体にも情報を共有することが可能であり、カラスの人への攻撃は全国に広がっていった。

 無数のカラスにより、黒く覆われていく空。ただ、カラス単体による攻撃力はさほど高くない。せいぜい手や顔に傷を負わせる程度であり、必死に抵抗する人に致命傷を与えるほどのものではなかった。せいぜい危険な動物として認定されるに留まり、集団で行動する人には襲ってこなかった。

 しかし、カラスたちが打った次の手は、巧妙だった。

 突如襲った大規模な停電。突然訪れた暗闇に、人々はパニックになった。カラスは、送電線に糞を集中させ、電極や送電線を腐食させていったのだ。知能の高いカラスによる搦め手からの攻撃は、人々の生活に打撃を与えるには十分だった。便利さ、快適さに慣れた現代社会にとって、電気は生命線でもあり、ライフラインは一瞬のうちに凍結した。

 それでも、人々の力は失われない。ライフラインは太陽光発電や非常用電源で電力を確保しながら復旧し、糞害によって腐食した箇所を全力で修復していった。復旧に要した期間は二週間あまり。被害の規模からすれば驚異的な復興だったが、この攻撃で人々は深い傷を負うこととなる。医療機関では、文字通り生命線だった電気。一時的であってもそれが失われたことで、犠牲者が出たのであった。

 事態を重く見た政府は、カラスを「外敵」と見做し、自衛隊に防衛出動を命じた。地上、上空からの掃討作戦が行われ、人々は制空権を取り戻しつつあった。

 晴れていく空に人々が希望を願うと同時に、絶望の種が撒かれていった。

 殺人ウイルス。通称「クロウ」。

 種の絶滅の危機に瀕したカラスが、突然変異的に生み出した呪いのウイルスだった。

 このウイルスは、カラス自身には影響はないが、人に感染すると、極めて高い致死率をもたらすものだった。これによって、カラスの攻撃はどんな軽微なものであっても、致命的なものとなった。さらに最悪なのが、カラスの死骸から拡散されるウイルスによる空気感染だった。死してもなお天敵を滅ぼそうとする、悪魔のウイルス。

 最初の犠牲者となったのは、前線で掃討にあたっていた自衛隊員たちだった。原因不明の病に倒れていく中で、一人の隊員が命を賭して「クロウ」が原因であることを突き止めた。

 「クロウ」の存在が発表されると、人々はようやく本当の絶望を悟る。

 もはや自由に空の下を歩くことはできない、と。

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