第2話 漂流 ①
ドスン。荒木の前に重量感のある荷物が荒々しく叩きつけられる。
「それで、あいつらだけを行かせたのか!」
沖村要は、ふてぶてしい態度を撮り続ける荒木に対して、声を荒げる。
「仕方ないだろう。十代の女の子は一人なんだから。女の子がカラスと友達になったって話しは、聞いたことがあるだろう?」
荒木は、何が悪いのかと、さも当然のように言う。
「ふざけるな。そんな都市伝説は、こうなる前の話だろ! あいつらまだガキだろ。お前はここでのうのうとしていて、恥ずかしくないのか」
要の怒りは収まらない。
要たち八人が、食糧探しに出発したのが一週間前。三十二歳の要は、自分で食うものは人任せにしたくない。借りをつくって弱い立場にいたくない。そんな思いで危険な物資隊に当初から参加し、今回は十二回目のミッションだった。
しかし、順調だったこれまでと比べ、地獄のようなミッションとなってしまった。
目標の場所で物資を確保したまではよかったが、その帰り道をカラスに襲撃され、退路を断たれて倉庫に避難せざるを得なくなった。ひとつしかない出入口で待ち伏せされた中で、身の毛もよだつような恐怖を味わった。度重なるカラスの襲撃と仲間の犠牲を目の当たりにしながら、命からがらたどり着いた避難所。八人で出発した物資隊で、帰って来たのは要一人。避難所にたどり着くまでの数日は、正にサバイバルだった。
そんな死と隣り合わせの危険な物資の回収と知りながら、次に行かされたのは最年少の子供二人だけ。ここに残っている連中は、男性も女性も、まだまだ動ける大人が多い。この地下道は官公庁街が近かったことで、避難者の九割以上が成人であったが、その状況で子供二人だけで行かせるとは。ここの連中はこうも性根が腐っているのか。尊い犠牲を払い、死ぬような思いで持ち帰った物資。こんな連中に食わせるためじゃない。
特にこの荒木。四十代後半くらいの小太りの男。こうなる前の職場ではいい身分だったのか、様々な場面で偉そうな態度をとる。言い訳ばかりで人の嫌がることはまずやらない。もちろん物資隊に参加もしない。そのくせ、「皆のため」等と欺瞞に満ちた弁だけは立つ。真っ当な意見も逆手にとって反論を封じる能力に長けており、何もしないくせに物資の采配を仕切るようになっていた。
「だってなあ? あいつらだって今まで物資隊に参加していないんだよ。沖村、お前たちが命がけで持ち帰った食い物を、言うなればタダで食っていた訳だ。あいつらが何か役に立ったことがあるか? 俺だって皆のため苦労してグループをまとめて調整しているのに、子供だからと言って何もしないというのは通らないだろう?」
「タダで食っていたのはお前も同じだろ」
要が冷たく言い放つと、荒木は心外だとばかりにわざとらしく傷ついた表情を見せる。
「いいか? グループをまとめるってのは大変なんだ。皆が自分勝手に行動してみろ。ここにある物なんてあっという間になくなるぞ。俺だってわざわざ苦労を背負いたくないんだ。それでも、誰かがやらないとこの世界では生活できないんだよ」
その誰かはお前じゃなくていいけどな。要は毒吐く。そう、別にお前じゃなくていい。まとめることが大事なのはわかっている。しかし、荒木の目的は、自分が仕切れば食い物にあぶれないようにという魂胆が見え見えだ。それをあたかも他人のために苦労をしてやっているという、傲慢極まりない言い分。こんな奴に食糧を握られたくない者が大半だろうが、人の意見に耳を貸さず、自分を正当化する意見ばかりを言い続ける奴に関わりたくないというのが、正直な思いだろう。
「で、あいつらがタダメシを食べてたとして、どうして誰も付いて行かなかったんだ。タダメシを食べてたのは、あいつらだけだったのか?」
要の指摘に、荒木がぐっと詰まる。
「こ、こういうものは順番なんだよ。皆が出ていって全滅したら困るだろう? 今回は一番可能性がありそうなあの兄妹に頼んだわけで……」
「全滅するかもしれないと分かって行かせたのか。順番? じゃあ次は誰が行くんだ?」
荒木が今度こそ黙る。
「もういい。クズと話すのは時間のムダだった」
要は言い捨てて背を向ける。
「お、おい。どこへ行くつもりだ」
「言わなくてもわかるだろう」
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