襲来
追いかけキブルに遭遇してから二時間程たった。
景色は何も変わらず、時間の感覚がおかしくなりそうな頃少し休憩しようと近くの日陰に三人で座り込む。
「地上ルートだとやっぱり時間がかかるか?」
「はい……、でも何度か戦闘も挟んでしまいましたし、岩上でのルートは体力を使います。目指している場所に老人宅があるのか確実ではないので、あまり急ぎすぎて体力が尽きるよりは良いかと思ったのですが」
「そうだな、早くたどり着ければありがたいが疲弊しきってる最中にモンスターに襲われでもしたら目も当てられない」
だから多少時間がかかっても、遠回りになっても問題はない。
「私は早く着いた方が良い」
「お前はまた……」
いちいちプラットの意見に食って掛かりやがって。
「君だって多少戦闘したくらいでバテるほどやわじゃないでしょ?」
「それはそうだが」
「私も同じ、この程度なんの問題もない。この女の話は余計な気遣いよ」
「余計な気遣いってことはないだろ」
「そもそも予知の老人がいるなんて話も噂なんだからいちいち時間をかけてもいられない。もし空振りだった場合さっさと次の情報を探しに行かないと」
「急に仕事熱心になるじゃねえか。なんでその熱意を街にいたときの情報収集の段階で出してくれないのかねぇ」
「別に……、私はいつもこうよ」
プラットがおろおろと困り顔を浮かべ、何を言うべきか迷っている。
「君こそ、やけにその女の肩を持つけど」
「……? いやいや、肩を持ってるなんてことはないだろ。納得できる理由があるから同意しているだけで」
「どうかしらね?」
言うだけ言ってふいと顔を背けるリザ。
ほんと、プラットがパーティに入ってからやけに刺々しいな……。
二人旅のときはこんなことなかったんだが……。
「わ、わかりました。お二人共の意見に添えるようになるべく安全に、なるべく早く目的の場所へ向かいますので……」
「助かるよ」
どうにもリザの思考回路が読めない。
街にいるときや今までの旅ではそこまで熱心に情報収集はせず、成り行き任せというか。
どこにいこうと気ままに過ごし、魔王の情報が集まらなくても焦っている様子を見せたことなどなかった。
ましてや早く次の場所へ行こうと急かされたことなんて……。
ーー空振り続きに苛立っているとか?
しかしどうも違う気がする。
リザは初めて遭ったときからずっと、それほど勇者の使命というか魔王についての情報集めに熱心だったわけではない。
今更何の手がかりがないことに苛立ちを覚えたりはしないはずだ。
ーーわかんねぇな、全く。
不可解ななリザの態度に頭を悩ませつつ、僅かな休息を済ませた一行。
気を取り直し、再び出発しようとした瞬間にぴくりとプラットの足が止まった。
「どうした?」
実はどこか怪我でもしていたか。
「あれ……?」
何かに気付いたらしく、近場の岩をひょいひょいと登り始める。
「この場所……、うそ、なんでこんなところに」
プラットが見ていた場所。
大きな岩の隙間から覗く大樹。
フェイにはこんな場所にも立派な樹が生えているんだな、という感想しか出てこない。
だがプラットは深刻そうな表情でその樹を見つめ、
「あの樹があるってことは……、いやでもならなんで、猿たちは……」
ぶつぶつと呟いている内容は要領を得ないが、その動揺っぷりはこちらにも伝わってくる。
「何だ、どうしたんだ」
再度フェイが問いかけるとようやく顔を上げたプラットが、
「このでこぼこ地帯において、あのクモザルたちが唯一近寄らない場所があるんです」
近寄らない場所……。
「それがあの大樹の周囲。この地帯に住み着く部族たちの住処がある場所」
ーー部族?
こんな場所に住み込む物好きが老人以外にもいることに驚きを隠せない。
「猿たちは縄張り意識が強い習性を持ちますが、その部族には手を出そうとしません。ですから私は猿たちが近寄らない方向を読み、そこから逆算して道を選んでいます」
プラットはこれまで迷う素振りを見せなかった。
ただ適当に進んできているわけではなかったわけだ。
しかしあのクモザルたちの動きを読んでいたとは。
「地形の変化の多いこの地帯では目印が意味を成さないので唯一猿たちの行動が目印になるんです」
まるでフェイの心の声に答えるようにプラットが言う。
猿が近寄らない方には部族の住居があるから、道はこっちだとそんな風にルートを決めているということか……。
「でもその部族の住処が近いってんならなんで猿たちはこのあたりにいるんだ? それもあんなに」
「わかりません。どこかで見落としていたのか。いやでも現に私達はさっきここで猿たちに襲われて」
混乱するプラットが考え込む。
何故彼女がこんなに焦っているのかがわからない。
「とにかく、この場所はマズイです。早急に離れてーー」
「お前らか」
声を掛けられた。
誰だ、と振り返るとそこには露出多めの服に何か民族の証のような飾りを身体のあちこちに身に着けた謎の男が二人。
「きゃあぁっ」
そっちの二人に気を取られた瞬間に悲鳴。
見れば謎の男と、同じ装いをした男女二人がプラットを捉え拘束していた。
「動くな。怪しき者どもめ」
剣を抜こうとするのを咎められ、フェイは動きを止める。
「ここは我ら部族の縄張りだ。一体何をしていた」
何かを疑ってかかるような目つき。
「追いかけキブルに追われて、逃げてきたんだ」
何故か敵意を剥き出しにする男たち。
突然の蛮行にフェイも臨戦態勢で睨み返す。
「……」
フェイの言葉を確かめるようにじろじろと頭の先から爪先までを見られる。
言葉の真偽を確かめるように周りを観察し、情報を集めている。
「我々は今、人を探している。同じ村の者がさらわれたのだ」
リーダーらしき男が一歩前に出て口を開く。
こちらを睨みつけたまま、随分と強気な態度だ。
「お前たち、何か知っているか」
「知らない。俺たちはただモンスターから逃げてきただけだからな」
「ふむ」
依然として疑ったままの目。
リザも両手を上げ、肩をすくめる。
俺たちの荷物、そしてプラットの服装を見て。
男たちはどうやらこちらの言い分を理解したらしい。
やや警戒の度合いが下がったのを感じ取った。
「ほら、わかったならさっさとその人を開放しろよ」
いきなり人質を取るような真似は気に入らないが、緊急事態だったならば仕方ない。
寛大な心で許してやろうじゃないか。
フェイは暴れそうなリザの気配を察知し、自分だけは冷静にいようと努めた。
しかし奴らは依然としてプラットを開放しようとはしない。
じりじりと間合いを測るようにフェイの目を見ている。
「早くしろよ。あんまりふざけた真似するとこっちも手が出ちゃうからさ」
ピリピリとした空気。
「しかしお前たちがさらわれた連中に関与していないという証拠がない」
「は?」
こいつら何を言ってるんだ?
関与していない証拠なんてそんな物。
「証明しようがないでしょ」
リザがフェイの思考を代弁するように答える。
しかし彼らは聞く耳を持たない。
挙句の果てには、
「もしこの女を開放してほしいのなら、我ら部族の仲間をここに連れてこい。そうすればお前たちの仕業ではないと信じよう」
何一つ言い分の通らない暴論。
どこの部族だか知らないがこれでは部族ではなく蛮族だ。
それもとびきり悪質な。
「ふざけんな、無関係だって言ってるだろ!」
フェイが再度叫ぶも、やつらには響かない。
微塵も揺らがない瞳はただ、無感情にこちらを見ているだけ。
思わず剣の柄に手が行きそうになるフェイだったが、これみよがしにプラットを捕まえている二人組がその喉元に突きつけた刃物を見せつけてくる。
下手に動けば命はない。
言葉はなかった。
だがこれ以上フェイが戦闘の意思を見せれば奴らは動く。
ふざけたことを言ってるくせに、奴らの目は微塵も笑っていない。
どうする? 隙を見て二人組みを急襲……。
それとも一人の方を襲って逆に人質にするか?
それでプラットと交換すれば、いや襲いかかった瞬間に攻撃を外したら。
回避されても駄目だ。
しかしそうなるとリスクばかりが高い。
ーー焦るな、焦るな
奴らの要求を飲めばひとまずプラットは安全になる。
だが誘拐したという奴を捕まえてこられなかったら。
この地帯を進むだけでこんなに苦労しているのに、二人だけで人を探せるのか?
「……誘拐されたって、どんな奴に?」
「わからない」
渋面を浮かべながら、フェイは男に問う。
奴らの要求を飲むにはあまりにも情報がなさすぎる。
「ならどこで攫われた?」
「それもわからない」
思わず舌打ちが出る。
それではどうしようもないだろう。
素直にはい、なんて言えるわけがない。
動かない状況にリザが近寄ってくる。
「奴ら本気よ」
「あぁ。だから今助ける方法を考えてる」
「……あの女を助けるつもりでいるの?」
「何?」
リザが信じられないようなことを言う。
「見捨てるつもりか?」
「よく考えて……、奴らの要求を飲んだところであの女を開放するかどうかはわからない。その上もし奴らの言う通りに攫われたやつを探すとして、見つかる保証がどこにあるの? いたずらに時間を消費するだけよ」
「……」
それは今フェイが危惧していたものと同じ考え。
「だから今なんとか助ける方法がないか考えてるんだろうが」
「それなら最初からあの女を救うのを諦めて私達で予知の老人を探すべきよ」
リザは冗談なんかではなく、本気だ。
本気でこの状況下、プラットを見捨てるのが一番良い選択肢だとフェイに伝えてきている。
だからこそ腹が立つ。
「なんでそんな簡単に見捨てられる? さっきまで同じパーティーで一緒に戦っていた、一時的にだが彼女は俺達の仲間だろうが」
「違うわ。ただ街中で金を払って雇った案内役。それだけよ」
語気を荒く喋るフェイに対し、リザも頑なに譲らない。
歯をぎり、と噛み締めリザを睨みつける。
状況的に見ればリザが言っていることは正しいのかも知れない。
だがプラットを見捨てるなんて駄目だ。
それは、駄目だ。
奴らの要求を飲むのはリスクがある。
不透明なことが多すぎる。
時間がかかりすぎれば魔王を倒すという本来の目的にも支障が出る。
次に魔王が現れた場所で大勢の被害が出たら。
のんびりしてはいられない。
刃先を突きつけられ、わずかに顔を仰け反らせるプラットが悲痛な顔でこちらを見ている。
その申し訳無さそうな顔。
自分の身が危険にさらされているのにも関わらず、泣き叫ぶでも、助けを懇願するでもなく、ただフェイの選択を待っている。
見捨てられない。
見捨てたくない。
眉根を寄せ、悩んだ末にフェイは口を開き、
「わかった要求を飲む」
「ちょっと!?」
リザがフェイの肩を掴む。
「言ってるでしょ、こんなわけのわからない奴らの仲間探しなんてしてる余裕はない。ただでさえーー」
「お前が言ってることが、もしかしたら正しいのかもしれない」
プラットが助かる案が浮かんだわけでもなく、ただこの蛮族共の言いなりになるしかない選択。
魔王を倒す旅は無限に時間があるわけじゃない。
何でもかんでも救ってる時間があるわけじゃ。
でも、と言葉を切りフェイはリザの胸ぐらを掴む。
「合理的じゃない、これは俺わがままだ。でもこの旅は俺の旅だ」
勇者の任を任されたものの、フェイの旅だ。
「俺はプラットを助ける。だからここで納得できないならパーティは解散だ」
目を丸くするリザ。
「解散ってーー」
「魔王は俺だけでなんとかするしかないな」
強引も強引。
俺だったらそんなことを言い出す仲間がいたらぶん殴って叩き直す。
案の定苦虫を噛むような顔でリザがこっちを見てくる。
だが、ここは譲れない。
この決定は曲げない。
王の命令で旅に同行する彼女だ、こんなことを言われれば否が応でも従うか、本当にパーティを抜ける他ない。
もちろん俺も覚悟はした。
嫌気がさして彼女がどこかへ去っていったとしても、一人で解決するつもりだ。
その場合王の命を遂行できない彼女には悪いが、プラットの命には変えられない。
フェイの覚悟を込めた視線がリザの瞳を真っ直ぐに、それることなく見つめ続ける。
「…………はぁ」
リザが珍しく大きな感情を顕にしてため息をつく。
「そんなこと言われたら、私が折れるしかない……」
フェイの決意が固いと見たらしい。
おそらくぐるぐると渦巻いた感情すべてを吐き出すようにリザはもう一度深くため息をつき、
「いててっ」
「この先どんだけこのわがままが通用するんだか……」
ぎゅっとフェイの鼻をつまむリザ。
呆れたように吐き捨てつつも、一周回って怒りはどこかに言ってしまったらしい。
そのままフェイの前に出て、リーダーらしき男に向き直り、
「要求は飲んであげる、その代わり条件があるわ」
「条件?」
男の疑問にリザは淀みなく答えた。
「その女を開放しなさい、人質なら私がなるから」
「っ、おいそれは!」
声を出しかけたフェイの口元をリザが手のひらで塞ぐ。
「私と二人、どこにいるかもわからない連中を探すよりも少しでもこの辺の知識のあるやつと探しに行った方が良いでしょ」
「それは……」
確かに人探しをするならプラットがいたほうが良いのは間違いないが。
だからといって自分が変わりに人質になるなんて。
動揺するフェイ。
そんなフェイを見て、リザは鼻を鳴らす。
「威勢よく啖呵切っておいて、何迷ってるのよ。それとも何、私っじゃ助けてくれないってこと?」
「そういうことじゃ……」
自分の身が危険にさらされる、そんな提案をしているのに軽口が叩けるくらいの余裕を見せるリザ。
一体その胆力はどこから来るのか。
「人質はどちらでもいい。早くしろ」
男が高圧的に告げる。
リザは男を睨みつけながら歩いていく。
「ほら、さっさと開放しなさいよ。わざわざ近づいて上げたんだから」
男の合図でプラットを捉えた二人組のうち、一人がリザを拘束し、プラットが開放された。
プラットはよたよたとフェイの元までやってくる。
「すいません……、私のせいでリザさんが……」
「あんたのせいじゃない。怪我は?」
「大丈夫です」
開放された安堵感からか、少し身体に力が入らないようだったが怪我はないらしい。
しばらくすれば身体も元に戻るだろう。
「攫われた仲間の特徴を教えろ」
「男が二人、子供が一人。全員俺達と同じ装束に身を包んでいる。二人仲間を同行させる、何かあれば彼らに聞け」
リーダーの男が言うと、岩陰からさらに二人の男が姿を表した。
彼らはゆっくりと歩き、フェイとプラットを挟む位置についた。
「我らは集落にて待つ、ことが終わったらそこまで来い」
そう言って立ち去ろうとする男。
連れて行かれるリザと視線が合う。
彼女は澄ました笑みを口元に浮かべた。
「必ず助ける」
机上に振る舞って見せるリザに安心させるように一言言ったあと、キッと連中一人一人を睨みつけて、
「次戻ってきたとき、そいつに何かあったらどうなるかわからねぇからな」
「それはお前次第だ」
最後まで傲慢な態度を崩さない男に腹の中が煮えたつ。
ぐっと怒りを押し殺し、
「行こう」
プラットの背中を押し、あてのない捜索が始まった。
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