カンダでの出来事

新しい街、カンダ。


ひとつ前に訪れた街と比べると人の数もその大きさも少し小さい。

唯一目立つのは街の背後に見えるやたら凹凸の激しい岩々が連なる地形だろうか。


今まで歩いてきた景色と大きく異なるあの場所は一目見ただけで抜けるのが大変そうだった。


「やっと、寝れるな……」


しかし今はそんなことはどうでもよく、ただただゆっくりと屋根のある場所で身体を休めたかった。


見ればリザも疲れが出たのか、やや切れ長なその目をぱちぱちと瞬かせ眠そうにしている。


早く宿を取ろう。


もはや思考するまでもなく、本能が宿屋を探そうと首を動かす。


そうしてみつけた宿屋へ行こうとする途中、


ズン、と足元が揺れた。


「なんだ?」


何が起きたのか、と周囲を警戒する。


しかし周りの人間はまるで気にした様子もなく、呑気に立ち話をするものや、店の呼び込みをする人間ばかりだ。


「……?」


何故誰も騒がない。

今の揺れに気づかない、なんてことはないはず。


もしや揺れたのは地面でなく、俺……?

いや、しかし揺れたのは確かに地面で……。


「もうなんでもいいか」


考えるのが面倒になってきた。


すでに限界だった身体は思考を放棄することを決め、意識はすぐに宿屋の寝床へと移った。


先に宿屋に入っていたリザは受付に並んでいた。


先客が二、三人ほどいたらしく仏頂面で自分の番を待っていた。

しかしフェイが中に入ってくるのを見るとすぐに近寄ってきて、


「これ、私の分も払っておいて」


そう言って小袋を渡してくる。


言うや否や、我先にと二階へと上がっていってしまった。


フェイが口を挟む暇すらない。


「人を小間使いか何かと勘違いしてやがるなあいつ」


勇者の旅とは、その仲間とは、もっとこう和気藹々としてるものではないのか。

辛い旅だけど、励まし合って頑張るとか。

助け合って、お互い協力して……、みたいなものじゃないのだろうか。


確かにあいつにとっては王様に命令されて、こんないつ終わるかもわからない旅に付き合わされているだけなのかもしれないが。


ーー俺だって半ば勢いで勇者なんてものにされてるんだから、同じようなものだろ


と、心の中で愚痴ったところで何があるわけでもない。


せめてもう少し何か、魔王でもそれに関連するものでもなんでもいい。

目指すべき何かが見つかってくれれば、この見えない霧の中を進むような旅も良い方向に変化できるはずなのに。


そんなことを考えながらフェイは粛々と会計を済ませ、取った部屋へと向かった。


そうして夕食を終えた頃、フェイはある事に気づいた。


それは店員から受け取ったお湯と布で身体を拭こうと荷をどかしていた時だった。


「これ、金の袋じゃないのも入ってるな」


先ほど会計の時にリザから受け取った小袋。

その中に入っていたのは金が入った袋。

そしてその袋の下敷きになるようにもう一つ袋が入っていた。


「軟膏か」


傷につける軟膏やら、防具につける油やらの小物がそこには入っていた。

確かこの軟膏は中々いい香りがするとかでリザが気に入っていたものだ。


野営の際、何度か取り出しているのを見たことがある。


どうやら金の袋と同じ場所にあるのを忘れたまま渡してしまったらしい。


「何か言われる前に返しておくか」


そう思い、部屋を出ようとしたが


「待てよ」


夕食を終え、もう夜も更け始めた頃合い。


ーーこの時間帯にあまりずかずかと部屋を訪ねる方がまずいか?


明日、夜が明けてからでも良いか。

そう思いなおしたフェイは扉にかけかけた手を引いて部屋へと戻った。


ーー


問題が起きたのは翌朝だった。


「……!?」


朝食前に、買出しにいくものはあるかと荷を確認していた時に発覚した。


「……ない」


昨日、後で返そうとしてそのままにしておいたリザの荷物。

正確にはリザのお気に入りの軟膏。


その一つだけが忽然と袋の中から消えていた。


寝起きでぼやけた目、そのせいで見間違えたかとも思ったがそうではない。


金はある。

全部数えたわけではないが、昨日と比べて金の数は変化がない。

その他の小物も確かに袋の中に存在している。


だが、なぜかあの軟膏だけがない。


「なんで? 泥棒か? いや、軟膏だけとって金をそのままにしておくなんてことが」


もしや昨日袋に入れずにその辺に置いてしまったかとも思ったが、部屋の中にも、服のポケットにもどこにもない。


どう考えてもなくなる訳がない。

だが、現実に軟膏はなくなってしまった。


そして何より不味いのはこれがリザの持ち物であるという事。

どうにかもう少し打ち解けられないかと思っている最中、お気に入りの物を無くしたなんてことがあれば、


『朝起きたら無くなってた……? あの袋の中に入ってたのは確かなのに、どうせ勝手に使ったんでしょ、それなのに変な嘘ついて。こんなのに勇者が務まるとか……、良い笑い話ね』


脳裏に浮かんだリザは恐ろしく冷たい目で、盗人を相手にするが如く厳しい言葉を突き付けていた。


不味い。


理由はわからないがないものはない。


「こうなりゃ、なんとか誤魔化すしかない」


正直に打ち明ければなんとかなる、とは思えない。

先に同じものを用意して、そもそも物が無くなったという事実を消そう。


共に旅をする相棒としてこれ以上の関係悪化は捨て置けない。


時には必要な嘘というのもこの世の中には存在するのだ。


「問題は同じものが売ってるかどうか」


そんな具合に自分を納得させつつ、フェイは急いで準備を済ませると宿屋の受付に言伝を頼んで街へと繰り出した。



宿屋を出てすぐ、人通りの多い路地へとやってきた。

商人風の装いの人間が敷いた布へ商品を並べたり、気合の入った作りの出店を構えている奴もいる。

街は小さいが、店の出ているこの通りはそこそこに賑わっていた。

天気も良く、ただ買い物を楽しむだけなら最高の日和だ。


ーー軟膏……軟膏……


フェイは並べられた品々をじろじろと眺めながら、お目当ての軟膏を探す。


「なぁ、この店で傷に効く軟膏って扱ってるか?」


恰幅の良い女店主へと尋ねる。


「軟膏かい? そうだねぇ……」


どっかにあったかねとごそごそと探し出した女店主。

そうして待っていると突然突風が吹いた。


「ぁあああっ、品物が!」


風に吹かれ、並べられていた品がいくつか道へと転がっていってしまった。


幸い、転がった商品の中に脆いものはなかったので拾い集めて女店主へと返す。


「助かったよ。あー、良かった良かった。全く嫌な風だねぇ」


女店主はそう言いながら再び捜索へと戻る。


ーー嫌な風…。


風なんて感じなかったが……。


数分後、女店主が見つけてきたのは、黄色がかった粘度の強そうな軟膏だった。


「寄りバチから出た蜜を混ぜて作った軟膏だよ。傷どころか肌に塗るだけでもうばっちりさ」


恋人にでもどうだいとニヤニヤする店主のことをあしらいつつ、


ーー一応、代わりのものはあった方が良いか


万が一のことを想像し、その黄色い軟膏を購入した。

近くで見ると、ねばねばとした粘液は本当に身体につけても害がないのか疑わしい色をしていた。

本当に効くのかどうかは結局塗ってみないと分からんところがなんとも言えないところだ。


「もう一つ聞きたいんだけど、この変で魔王について何か知ってるとか関係ありそうなやつとか、知ってたりしないか?」


「魔王?」


女店主はその単語を聞いた瞬間に豪快な笑い声をあげた。


「何だい、あんた子供みたいな事を言って」


「まぁちょっとね、最近勇者としてやっていくことになってさ。知ってることがあったら教えてほしいんだよ」


「勇者ってあんた、それにしては随分覇気がないじゃないのさ」


余計なお世話だという言葉は飲み込んでおいた。

女店主はうんうんと考え込んだ末、


「悪いけどあたしは何も知らないねぇ」


「そうか」


まぁ仕方ない、想定内の答え。

魔王に関しての情報なんてパッと聞かれても答えられる方が少ない。


「でももしかすると陽気堂のじいさんならちょっとくらいは面白い話が聞けるかもよ」


そういって女店主はその老人が構えている店の場所を教えてくれた。


陽気堂とやらに向かう前に通りの店を一通り見て回る。

品ぞろい自体はやはり想像通り、そこまで目に留まるものはなかった。


唯一目に留まったのは、


「食えるのか、これ……」


串に刺さった妙に真っ黒なモンスターらしきものの姿焼き。

しかし焼き過ぎなのか、元が黒すぎるのか、元がどんな姿をしているのかわからない。


「これはね、土モグラですよ。お兄さん」


「土モグラ?」


いかにも好青年といったさわやかな笑顔で話してきた串焼きの店主。

土モグラとは聞いたことのないモンスターだ。


ーー美味いのか……?


どうにもあまり食欲をそそられない見た目の上、ニオイもあまり良いとは言えない。

そんな気持ちが顔に出ていたのか、


「確かにちょっと見た目は良くないですがね、珍味ですよこれは。噛めば噛むほど独特のうまみがにじみ出てきますんで、試しにちょっと食べてみてくださいよ」


青年は饒舌にそのモグラの説明をしだした。

どうするかなと腹をさすって考えていると、


「っ、また!」


昨日と同じ、大きな揺れが起こった。

ぐらりと崩れそうになる身体。

重心を動かし、小刻みに足を移動させてバランスを取る。


揺れは数分続いた。


ようやく揺れが収まり、踏ん張っていた足から力を抜く。


「いやー今回は大きかったですね」


「あんた、今の揺れが何なのか知ってるのか?」


何でもないような調子で会話を続けようとした青年にフェイは思わず聞いた。


「あぁ、そっか。お客さんよその方でしたか」


青年はある方を指さして、


「あっちの方に、でこぼこ地帯って呼ばれてる場所がありましてね? そりゃもうしょっちゅう地形が変動するんですよ」


「地形が?」


この街に入る前に見たあの凹凸の激しい、岩の連なってる地帯のことだろう。

それにしても地形が変動するとはどういうことか。


「あの地帯に住み着いているモンスター達の仕業なんですよ。やたらめたらに地面やらなんやらをこねくり回すもんだから。そんでそいつらが地形を変えるたびにさっきみたいな揺れがこの街まで伝わってくるんです」


「それ、どんなモンスターなんだ?」


「さぁ……、あそこは一度入り込んだら出られない、なんて言われるくらい危ない場所でしてね。

なんでも昔、柄の悪いあらくれ集団が誰かを追ってこの街へ来て少し騒ぎになったことがあるそうなんですが、逃げた人物がでこぼこ地帯に逃げ込んだっていうんでそいつらも威勢よくあの場所へ入っていったんです。ですが半日もしないうちに皆ボロボロになって戻ってきて、その数も初めより少し少なくなってたとか」


「ほーん」


「そいつらはそのまま逃げかえるようにこの街を出て行ったらしいですよ」


「そんなその辺のチンピラ集団が逃げ帰ったところでなぁ」


どうしてもあまり危険な感じが伝わってこない。


「その場に居合わせた人曰く、危険な雰囲気の武装集団だったらしいですけどね。まぁそれだけ危険らしいって話です。なので僕はそこに言ったこともなければモンスターを見たこともないので残念ながらお客さんの質問には答えかねます」


困り顔でそう言われた後、


「あ、でもそのモンスター達の中にこの、土モグラもいるって話は聞いたことありますね。せっかくだからどうです? おひとつ?」


何がせっかくなのかはわからないが、その押しの強さに負けて黒々とした姿焼きを一つ購入した。


味はなんだか形容し難かったが、噛むたびに肉から漏れ出る独特の臭みは食べなれないとなかなかキツイ。


当然、この青年にも魔王についての聞き込みをしたがやはり何も知らないとのことだった。


路地を突き当たりまで進み、何度目かの曲がり角を経て、やたら入り組んだ道の先にそれはあった。


陽気堂という名前とは裏腹にこじんまりと、やや暗い印象の店構え。


中にはいるとビッチりとした棚の数々が店内を埋め尽くすように置かれ、入ってすぐの低い台にこれでもかと言わんばかりに並ぶ品々は一体どこで仕入れたのか。


どれも見たことのない、用途のわからないようなものばかりが所狭しと並べられていた。


ーーこれはなんだ、金属片? 投擲用か……。こっちは角、骨……、なんだこのブニブニの物体


並べられた品々を興味深く眺める。

薬の調合用か、モンスターの一部が多く並び、光を発する玉や霞んで見える針、正体不明の柔らかい謎物体など、見ていて飽きない。


「お、これはっ」


その中の一つに美しい光沢を放つ金属の器を見つけた。

この小さな器……、中に入っているのはもしかして。

フェイはすぐさま手に取ってその蓋を開ける。


中に入っていたのは予想通り、軟膏だ。

色はほとんど真っ白で、よく見ると緑色のごくごく小さな粒が混じっている。


容器といい、中身といい、高級感あふれる品だ。

しかし、


「くせぇ、何の臭いだこれ」


蓋を開けた瞬間、この軟膏から漂ってくる鼻を思い切りぶん殴ってくるかのような異臭。

真っ白な色とは対照的にひどく濃い、果物か何かを数百個凝縮して固めたような香り。

それも甘い香りの果物ではない、独特の臭みを持つ類の果物だ。


とてもではないが、こんなものを身体に塗りたくるやつの気が知れない。

お詫びにとリザに持っていけばおそらくもう口を聞いてもらうことは叶わないだろう。


しかしこの品揃えの数。

薄々諦めていたが、もしかしたらこの店ならあの軟膏が置いてあるかもしれない。


「何が欲しいんだい?」


蓋を閉め、鼻をつまんでいたフェイへと声が掛かった。


品々の並ぶ低い台の奥側から顔をのぞかせたのは少々生気の薄い老人だった。


「あぁ、軟膏をちょっと」


フェイは探している軟膏の特徴を伝えた。


「なる、ほど……。少し探してみるから待っといてくれ」


老人はふんふんと、頭の中から記憶を掘り起こしながら店に積まれた棚を一つずつ確認していく。


その間、フェイは並んでる品を手に取りながら時間を潰す。


十分ほどたった頃、


「おおぉっ」


老人が突然声を上げてその場で転倒した。


「おいおい、大丈夫か? じいさん」


「なん、とか。平気だ」


腰をさすりながら、しんどそうに起き上がる老人。

腕を伸ばし、ゆっくりと引き上げてやると老人はすまんなと一言言って立ち上がった。


「そんな何もないところで転ぶなよ、なんなら場所を言ってくれれば俺が自分で探すけど」


「いや、そこまでしてもらわんでいい」


言いながら老人は不可解そうに、


「このところ妙に誰かに背なかを押されたり、手を引っ張られたりする気がしてな。これも歳のせいなんだろうか……」


「ん? じゃあ今のは」


「何もないはずなんだが、棚を引こうとしたときに足が何かに引っかかってな、バランスを崩してしまった」


そして老人は足元を見ながら、何もないんだがなぁと困った表情を浮かべた。


「…………」


老人の話を聞き、フェイは何か引っかかった。

キョロキョロと店内を眺め、少し考え込む。


「なぁ、爺さん。ちょっと高そうな壺かなんか二つほど置いてないか?」


「高そうな壺? そりゃぁあるが」


「ちょっとそれ寄こしてくれ」


何故急に壺を、と言いたそうだったが、すぐに店の奥からそれらしい壺を二つ持ってきてくれた。


「これで良いのか?」


「あぁ、十分だ」


フェイは受け取った壺を抱えながら、目の前にある低い台に並べられた品をゆっくりと端に寄せる。


「これで……」


商品を端に寄せ、できた隙間に持ってきてもらった壺を二つぴったりと並べて置く。


「で、お客人。これを買うのか?」


「いや」


ますます首を傾げる老人へフェイは、


「少し待っててくれ、それでもし壺が揺れ始めたら床に落ちないように抑えててくれ」


「……?」


そのまま数分、じっと壺を眺めていると、


「っ、おっと」


フェイの言う通り、ぐらぐらと壺が揺れ始めた。

すかさず老人が壺が落ちないように両手で抑える。


「ーー見えた」


瞬間、高速で閃いたフェイの手が視界の隅を横切った小さな影を捕まえる。

途端甲高い鳴き声のような音が店内に響いた。


「やっぱりこいつか」


フェイの手の中で蠢く生物。

人間を手のひらの大きさまで縮小し、その背中に羽を付け加えた様な。

やや尖った耳に大きめの口はやや人間離れしている。

その口からキーキーと音を立て、身体を掴むフェイの指から逃れようともがいている。


『妖精』


悪戯好きで有名で、人の住む街によく出没し姿が目撃されている。

動きが速く、物を壊したり人を転ばせたりと悪事を働く。


「ほぉう、妖精か。初めて見たわ」


「前に一回見たことがあったんだ。俺も朝起きたら物を取られてな」


もがく妖精を少し強めに握り、


「おい、お前。確かそこそこ知能が高かったよな? 俺の言ってることわかるか?」


苦しいのか、より一層キーキーと声を上げて鳴いていたがフェイが凄むとぴたりとその動きを止めた。


「ナ、ニ。タベル、ヤ」


「食べるつもりはねぇ、お前かお前の仲間に伝えろ。これくらいの小さな軟膏が入った容器を持っていっただろ。返せ」


伝わりやすいように身振り手振りを加えながら妖精へ告げる。


「モノ、トッタ。トッタ?」


「そうだ、お前らの仕業だろ」


「シライ、シライ」


「知らなくねぇだろ、良いから仲間を呼べ」


知ったかぶりか、言葉が通じてないのかどっちかわからないがフェイは手に力を込めるふりをして脅かしながら言った。


すると、何かしら通じたのか妖精は大きく息を吸い込み。


「フィィィィィィィィィ」


まるで笛の音のように耳心地の良い音が響き、抜けていく。


しばらくそのまま待っていると、ふよふよとどこかからか十を超える妖精たちが店内に現れた。


妖精たちはフェイの手の中にいる妖精の状況を見て、何か悟ったらしく。

静かにフェイの言葉を待っているように中空へと佇んでいた。


フェイは先ほど説明したのと同じ事をもう一度妖精たちに伝えた。


妖精たちは聞き取れないような小さな声で何事か囁き合っていたが、すぐにまた外へと飛んでいった。


ーー


再集合した妖精たちは街中からくすねてきたと思しき物を店内の床に積み上げていった。

小さな身体の妖精でも運べるようなものしかないため、フェイの腰ほどの高さでその山は成長を止めた。


「これ全部お前らが取ったのかよ……」


それでもその数の多さにあっけに取られてしまう。

きっとこの街の無くし物のほとんどがここに集まっているに違いない。


フェイは妖精たちに指示して、リザの軟膏を探させた。


そして見つかったのだが。


「…………」


運ぶ際に蓋が空き、隙間が空いたのだろう。

中身にゴミやら砂粒やらが入り込み、とても使える状態ではなくなってしまっていた。


ーー一体どこにしまってたんだよ……


せっかく軟膏を取り戻したというのに結局これでは無くしたのと何も変わらない。

そもそもこんな事件は起こっていなかったと隠ぺい工作を図るのはもはや不可能となった。


妖精たちはがくりと肩を落とすフェイを見ておどおどと忙しなく動き回っている。


憎たらしい。


だが、いまさらこいつらにあたってもどうにもならない。


「お前ら、もう悪さするんじゃねぇぞ」


最後にもう一度念押しで凄んでから、妖精を掴んでいた手を離した。


解放された妖精は一目散に仲間たちの下へと飛んでいき、またきゃいきゃいと何か囁きあった後にどこかへと消えていった。


「ふぅ」


「探し物は、見つかったか?」


一連のやり取りを見ていた老人が言う。


「あぁ、けど使い物にならないからまぁ」


これでもう代わりのものを渡すしかなくなった。


「それより、これはどうしたもんか」


妖精達が去り、店内に残った無くしものの山。

中には年季の入ったものや錆びついているもの、ぱっと見ほとんどガラクタに等しいがそのまま捨てるのも忍びない。


「それはわしがなんとかしよう」


「良いの?」


そうしてもらえるならそれは願ってもないが。


「知り合いに話して心当たりのあるものに店まで来てもらえばいい。表に看板でも立てておくよ」


「助かるよ」


礼を言い、ガラクタの山を店の奥へと運び終えた後、肝心な事を聞いていないことに気付いた。


「魔王とな?」


老人の第一声はあまり期待の持てないものだった。


「それは、あの物語なんかの魔王のことか?」


「そう。なんでもいいんだ。何か関係のありそうなものとか人とか、それらしい情報があればなんでも」


うーむと老人はしばらく考え込んで、


「残念じゃがそれに関する話は聞いたことがない……」


ーーやっぱりダメか


これで何連敗目か……、そう肩を落としかけたが、


「ただ、もしかしたら力になれるかもしれん人物なら」


「!? そんな人が?」


もし関連がなくてもなんらかの手掛かりになるならそれでも全然良い。


「といってもわしも知り合いというわけではなくてな、十何年かもっと前か。この街にある男がやってきた。名前は覚えておらんだがそいつが予知の能力を持っているというのは皆知っておった」


「予知?」


「なんでもその男は対象の人物の未来を視ることができるらしくてな、ネクスという街ーーその男の拠点だなーーそこでは占い師のようなことをして金を稼いでいたらしい」


未来を視ることのできる人物……、もし本当なら魔王の未来を視てもらうこともできるのだろうか。

そうすれば奴がどこに現れるかわかる。


「その人、今どこに?」


「噂だと、でこぼこ地帯に住んでいるとかなんとかって話らしいが何分かなり昔の話だからな。今も住んでいるかどうか……」


でこぼこ地帯……。

確か串焼き屋の青年が言うには一度入り込んだら出られない、とまで言われてる危険地帯。


しかしそんなところに人が住めるのか? なんでわざわざそんなところに。


「いや、その話が聞けただけでも来たかいがあったよ」


「もしでこぼこ地帯まで行くのなら案内役に頼むといい」


「案内役?」


「でこぼこ地帯を通る人間の護衛を商売にしてる奴がいるんだ。あそこは危ない場所だからな、できる備えはしておいた方が良い」


そうしてその人物が依頼を受けている詳しい場所を老人に教えてもらった。


「いろいろと情報助かるよ、本当来て良かった」


「なに、あの妖精退治の礼も兼てな。なんだか大変そうだがまぁ頑張りな」


ようやく進展のありそうな情報を手にし、フェイはかつてない程やる気に満ちた気持ちで陽気堂を出た。


そのまま宿に帰り、丁度どこからか戻ってきたらしいリザと鉢合わせたので予知能力を持つ人物の情報について伝えた。


「じゃあ、明日はそのでこぼこ地帯に向かうってことね」


「あぁ」


リザは特に大きな反応もなく、淡々とした調子で次の目的地について了承した。


そしてフェイの話が終わるとすぐに席を立とうとする。


「あ、ちょっと待って」


「?」


いつも用件を話し終えてからろくに喋りかける事などないため、リザが不思議そうにこちらを見てくる。


ーーやべぇ、心臓いてぇ


できるなら話したくない。

というか、何とか何もなかったことにしたい。

呼び止めて、その視線がこちらに向いていることを確認した瞬間にどっと緊張してきた。


「何?」


呼び止めておいて固まったフェイを見てリザが不可解そうに眉を顰める。


ーーこれ、どうだ? 今機嫌悪い? それとも普段からこんなだったっけ?


その視線を受けて、なんでもないと誤魔化したくなる。


ただでさえ微妙な関係値。

ここで揉めたくない。


いや、ダメだ。

もうここから誤魔化す方向へは逃げれない。


フェイは懐から取り出した布の中に手を突っ込む。


ーーなるべく穏便に、誠意を込めて謝る。謝る。謝る。


そして取り出した木製の器を差し出す。


「なにこれ」


リザはきょとんとしていた。


「昨日の夜受け取った袋の中に、お前の軟膏が入ってたんだけど……」


そこでリザはハッと気づいた顔をした。

今まであの袋ごとなかったことに気付いていなかったらしい。


「今朝返すつもりだったんだけど……」


フェイは恐る恐る事の経緯を話した。


話している間のリザの表情は特に変化がなく、何を考えているのかわからない。


「取り返した中身が使い物にならなくなってて。せめて代わりの物をと」


「これは、蜜の匂い?」


「寄りバチの蜜を混ぜて作ったーー」


あの女店主が言っていた受け売りをそのまま話す。


話している間、リザがどんな反応をしているかをちらちらと確認したがその表情からは読み取れない。


「その、悪かった。あの時すぐ返してたら妖精に持ってかれなかったかもしれないし。あれ、気に入ってたんだろ?」


「……」


ーーどうだ、どうなんだ?


リザは黄色い色の軟膏を何度か香り、眺める。


ドキドキしながらリザの返答を待つ。

まるで判決を待つ罪人のような気分だった。


「まぁ、確かにお気に入りだったのはそうだけど」


ぱたんと眺めていた軟膏の木箱を閉め、


「そういうことなら仕方ないでしょ。これありがたく受け取っておくわね」


そのまま自室へと戻っていった。


その後ろ姿が視界から消えるのを待って、


「ふーー」


フェイは大きく息を吐いてその場にしゃがみこんだ。

いつ爆発するかもわからない爆弾を何とか捌き切ることに成功した。


意外だったのはリザの物わかりの良さだ。

正直もっと露骨に機嫌が悪くなるとか、無言でその場を立ち去るとか、そんな反応ばかり予想していたせいで妙に拍子抜けだ。


「まだまだわかんねぇな……」


冷や汗ものだったが、もしかしたら仲間として。

少しは良い進展になったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る