物語ではなく
どちゃりと音を立て、モンスターが崩れ落ちる。
先ほどまで轟いていたモンスター達の声はそれを最後に途絶えた。
「大分、大仕事だなこれは」
一息ついたフェイの周辺にはおびただしい死体の数。
この数時間で切り捨てたモンスターの群れ、その全てを殲滅した証が転がっている。
しかしまだ終わりではない。
フェイが殲滅したのは今目についた付近のモンスターだけ。
位置関係で言えばこの通りはまだ国の入り口付近に過ぎず、他の場所がどうなっているかまだわからない。
いや、ここだけが集中的に狙われているということはまずないだろう。
おそらく他の場所では衛兵をはじめ、多くの国民がこのモンスターの集団による襲撃に対処しているはずだ。
「……」
不快なモンスターの声が消え、代わりに聞こえるのは街中に残った怪我人たちの痛ましい声。
誰かの助けを乞い、何故こんなことになったと悲しみをこぼすしかない民の嘆き。
それらを聞けば、まだ休むわけにはいかない。
「一人でも多く、助けなきゃな」
フェイは血を拭った剣を背なかに背負いなおし、国の中心部へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フェイの予想通り、中心部に向かう途中には兵士たちが必死にモンスターを相手取っていた。
三人、または四人一組になって一匹のモンスターを囲む。
声を掛け合い、連携を取って堅実にモンスターへ攻撃を積み重ねる。
居住区故にあまり家を壊さないように気を付けながら立ちまわっているのがわかった。
だが堅実故に一つ一つの戦闘時間が長い。
どこを見ても常に戦闘中で話を聞ける状態ではない。
そして何より、
「なんだ、この蜥蜴の量は」
フェイが一番初めに倒したあの蜥蜴のようなモンスターが十、二十、大小合わせて数えきれないほど這いまわっていた。
それらは例外なくあの時と同じ鳴き声を上げ、モンスターを呼んでいる。
兵士たちがやっとの思いでモンスターを殺し切ってもまた新たにやってきたモンスターの対応を迫られる。
兵士たちも蜥蜴の鳴き声の仕組みについては理解しているらしく、優先的に蜥蜴を狙ってはいる集まってきた他のモンスターと異なり、地面に下りず、建物を中心に這いまわるせいで手出しできずにやむなく地上のモンスターの対処に回っているようだった。
「なら、俺がやるべきだよなっ」
力加減によく注意しながらフェイは建物を足場に跳び回る。
蜥蜴に姿を見られないように死角へと回り込んでから一気に蜥蜴の背面を取り、剣を振るう。
建物を壊さないように気を付けてさえいれば、建物伝いに這いまわる蜥蜴でも仕留められる。
俊敏性、機動力においてはそれなりの自負があった。
兵士たちには難しい動きでフェイは次々に蜥蜴の骸を積み上げてく。
「あの男、とんでもない速さで蜥蜴を……」
「一体誰だ? 」
「関係ねぇ、蜥蜴を狩ってくれるならありがたい。俺らも気合入れろ!」
加勢が来たと気づいた兵士たちもフェイが殺した蜥蜴の数を見て、士気を上げる。
耳が痛いほどに鳴き叫んでいた声も途絶え初め、残る蜥蜴も少なくなってきた頃。
他の個体と比べると二回りほど小さな蜥蜴が居住区を抜け、国の中心ーー王居の方へと逃げていくのが目についた。
「まずいっ」
フェイは逃げ回っていた残りの数匹を急いで仕留め、逃げていった蜥蜴を追った。
他の個体よりも小さな体格が災いし、何度か蜥蜴を見失いそうになった。
しかしその度、あの耳障りな鳴き声を上げてくれるおかげでどこへいっても見つけることができる。
奇妙なのはその鳴き声がやたらと短いことだ。
今までなら近くに誰かが近寄るか、その気配を感じ取るまでは鳴き続けていたのに。
「動きも妙に機敏だし、追いつけねぇっ」
予め距離を開けられたこともあってか、フェイの攻撃範囲まで持っていくことができないままひたすらに後を追いかけるしかなくなっていた。
そうしてやきもきしながらたどり着いたのは。
「王居?」
まるで誘われるようにフェイは王が住んでいる場所までやって来ていた。
街で見た一般的な住宅とは異なり、大きな門を構え、その奥にやや豪奢な建築物が見える。
門から建物までの間は石畳で整えられ、いくつか彫刻がそびえ立っていた。
何故こんなところまで逃げてきたのか。
「いや、それどころじゃねぇ!!」
ハッとして慌てて門を越える。
誰に止められるでもなく、するりと乗り越えられてしまった。
王の棲み処であるこの門に門番がいないということは、つまり。
王居の中から音がする。
兵士たちと思われる声、それと戦闘音。
フェイは王が住まう場所という事に一切躊躇せず、入り口の扉に突っ込んだ。
そのまま進み、一番大きな広間へと繋がる扉を勢いよく開けて中へ入る。
「今度はなんだ!?」
フェイの姿を見て、近くにいた男が吠える。
男はその顔にひどく大量の汗をにじませ、余裕のない様子だった。
街中で見た兵士たちと装備は同じだが、この感じ、おそらく彼が兵士たちの統率を取っている人物だろう。
中の状態はひどいものだった。
天井には大きな穴が空き、隙間から空が見える。
その崩れた瓦礫の傍に佇むのは巨大な翼をもつ鳥型のモンスター。
さらにもう一体、太くて長い胴体を地に這わせ、口元の牙を鳴らしている蛇のようなモンスター。
そのモンスター達の逆側にいるのは高そうな服を着た老人。
おそらくはあの人物がこの国の王。
数人の兵士の後ろでひどく怯えて動けずにいる。
その視線は突然この場に乱入したフェイでもなく、壁を破壊して侵入したと思われるモンスター達でもない、別の人物に向けられていた。
ただ一人、この場で異様な雰囲気を放つ人物。
「……」
黒いローブを深々と被り、僅かに見える隙間からは仮面らしき部分が見える。
王と対峙し、モンスター達の傍で悠々と立っているその姿は。
「魔王だ、本当に復活していたんだ……。なんでこの国に」
腕から血を流し、壁際でもたれかかっている兵士が慄く呟きが耳に入る。
魔王。
あれが? あの人影が物語の中の魔王だというのか。
半信半疑で黒ローブを見つめる。
体格からでは男なのか女なのか判断がつかない。
魔王は場の乱入者であるところのフェイの方へと向き直る。
仮面があるためにその表情も何もわからないが、見られているという感覚があった。
フェイもまた魔王と思しき黒ローブの動きを伺っていた。
と、その黒ローブの背後の壁。
その隙間からにゅるりと姿を見せたのは先ほどまでフェイが追いかけていた蜥蜴だった。
蜥蜴は緊迫状態にあるこの空間の中で悠々と動き、地面へと降りてくる。
そしてそのまま黒ローブの足元まで行くとその身体をよじ登り、肩のあたりに前足をひっかけた。
蜥蜴が肩から放り出した頭を黒ローブが可愛がるように撫でる。
キュッキュと機嫌良さそうに鳴き声を上げているところを見るとどうやらあの蜥蜴を放ったのは目の前の人物で間違いないようだ。
「おい、お前。見ての通り今は緊急事態だ。早くこの場から立ち去れ!」
兵士長らしき男からフェイへと怒号が飛ぶ。
「まぁ待ってくれよ。俺はただ加勢しに来ただけなんだ」
兵士長へと敵意はないのだと視線を送る。
向こうからすればフェイも黒ローブも同じように不審人物なことには変わりはないが、さすがにあそこまで怪しい奴と同じ扱いをされるのは心外だ。
二匹、いや蜥蜴を入れれば三匹のモンスターを従える謎の黒ローブ。
一体何の目的で国を襲撃するなんて大胆な行動をとったのかは知らないが。
ここはひとつ速攻で兵士側の信用を得るためにも、
「その仮面、剥いでやる!」
先手必勝。
構えすらさせないうちにフェイは黒ローブへと突っ込んだ。
剣の柄を思い切り握りしめ、最小限の動きで接近する。
全力で地を蹴ったフェイの速度は二体のモンスターの反応速度を上回り、瞬く間に黒ローブの下へ到達。
低い姿勢から切り上げるように剣を振り上げた。
ーー狙うは、足!!
動きづらそうなローブの足元から腰の当たり目掛けて狙った一撃。
空気を切り裂くその剣閃はーー。
「ちっ」
魔王は接近したフェイの動きから逆算したような正確な動きを見せた。
フェイが剣を振るタイミングで身体を動かし始め、刃先がローブに当たる瞬間にはすでに間合いの外へと身体をずらしていた。
「コォォォァァァ」
「キィィィィィィ」
空振りに終わった瞬間、主を攻撃されたことに気付いたモンスター達が一斉にフェイへと敵意を向ける。
鳥型がその大きな翼を広げ、振る。
その衝撃と風圧で飛んでくるのは鋭い切っ先の羽。
視界一面を弾幕が埋め尽くし、フェイは剣を大きく振るい、羽を叩き落しながら後退。
その下がった瞬間を狙い、大蛇がすかさずに飛び込んできた。
「っ」
振りかぶった直後の剣をなんとか引き戻し、盾のようにして大蛇の大あごに咥えさせた。
「ぐぅぉぉ、このっ」
その尋常ではない筋力で剣ごとかみ砕こうと顎を近づけてくる大蛇。
後ろに引いた足を支え棒にしたもののモンスターと人間ではやはり分が悪い、じりじりと力で押される。
その時、ふっといきなり身体が軽くなった。
目の前にいた大蛇が叫びながら後退していく。
その身体には剣で切りつけた傷が深々と刻まれ、血が流れ出ていた。
「誰だか知らんが協力、してくれるってことでいいんだな!?」
見れば先ほど怒号を上げてきた兵士長が剣を振り切った体勢で立っていた。
「もちろん、なんたって俺は人助けのためにここにきてるからね」
「ならモンスターどもの相手は俺たちに任せろ、お前はあの魔王を」
「任せろ」
さらに加勢に来た兵士二人がフェイの代わりに大蛇へと対峙する。
ちらと見れば鳥型の方には残りの兵士が。
そうしてフェイは改めて魔王へと向き直った。
変わらず無言のまままるで幽霊のように静かに直立する姿。
魔王というお伽噺の登場人物らしく、やけに現実味のない挙動。
およそ人間離れした反応速度は警戒に値するものだが、それ以外にまだ手の内を見せていない。
ーー一体どんな力を秘めているのか
とにもかくにもフェイのやることは決まっている。
先ほどと同じ、全力で地を蹴ってからの最短距離を詰める動き。
最小限の振りかぶり、最大限の威力を求めて剣を振る。
同じ光景を繰り返すが如く、全く同じ攻め。
魔王もまた同じようにこちらの動きをわかっているかのように、フェイと同じタイミングで動き、その身体を揺らし回避行動をとる。
それでは先ほど同じ。
ーーここ!
魔王が剣の切っ先を交わす軌道へと移動したのを確認した瞬間、振り切る軌道の剣を力ずくで抑え、ピタリと止める。
そのまま反転。
切り上げを途中で止めてからの袈裟斬り。
風に揺らめく葉のごとくひらひらと回避する魔王はしかしその最小限の動き故に未だ届く範囲にいる。
剣の軌道からズレたばかりの魔王へ高速の二撃目が入った。
ーー斬った
切り裂く感触が剣から伝わる。
視界に広がる血しぶき。
たたらを踏む魔王へ追撃しようとしたその瞬間。
「ーー!!」
鋭い衝撃が腹を突き抜け、押し出された空気が口からあふれた。
訳の分からないまま後方へと吹き飛ばされ、勢いよく壁に激突した。
痛みに呻く前に視線を動かす。
何をされた。
魔王は足を上げ、蹴りの姿勢を取っていた。
ーーということは今の一瞬で蹴られた? でも確かに俺の剣は奴を切り裂いて……
魔王がたたらを踏む瞬間まで目視した。
あの一撃は確かに魔王をひるませたはず、なのに何故。
答えは床に転がっていた。
腹から胸までを大きく裂かれ死んでいる小型の蜥蜴。
血だらけで地に伏すそれはすでに事切れている。
どうやらあの蜥蜴が盾になって威力を殺していたらしい。
「なぁ、お前なんでこの国を襲った?」
口に入った砂利を吐き捨てながらフェイは魔王に問う。
魔王は足を下ろし、元の体勢に戻ってじっとフェイの方を見ている。
「魔王だなんだって呼ばれてるが、何か目的があるのか?」
返答は、ない。
言葉が通じていない可能性もあるが、端から喋る気がなさそうだ。
ーー会話ができないなら結局斬るだけだ
今度こそ確実に斬る、そう意気込んで柄を握りしめた時、
「……」
魔王が一歩、足を踏み出した。
完全な受け身だった魔王が初めて動きを見せた。
フェイは突撃の構えを解き、様子を見ようとーー。
閃光がフェイの視界を覆った。
ありえない速度。そう思わざる得ないほどの速度で距離を詰めてきた魔王が手をかざし、謎の光を放った。
ーー速すぎるっ
そう思考する間もないほどの速度。
咄嗟に腕をかざしたがまともに攻撃を喰らってしまった。
即座に後退し、腕で顔を拭う。
「……?」
目は、見える。身体のどこにも異常は見つからない。
ーーなんだ?
ハッとして魔王の姿を探す。
戦闘中にとんでもない隙を晒してしまった、きっとすぐ次の攻撃がくる。
「……?」
しかし次の攻撃は来ることはない。
「どこにいった?」
それどころか魔王の姿がどこにもない。
辺りを見回しても、あの黒ローブの影も形も見当たらなかった。
まるで幻のように、忽然と。
ーー逃げたのか? でも何故このタイミングで……。
今の光には何の意味があったのか、あるいはただの目くらましなのか。
まとまらない思考のままフェイは魔王を追いかけようと、広間の外へと駆けだそうとするが、
「羽は必ず盾で防げ、陣形を意識しろ!」
「蛇はあともう少しだ! 畳みかけろ!」
「ダメだ、風圧でっ。もう少し人手が欲しい、誰か呼んできてくれ!」
兵士たちがまだ戦っている。
大蛇と戦っている部隊は優勢のようだが、鳥型の方は苦戦しているようだった。
けが人も少なくなく、どう状況が転ぶかわからない。
消えた魔王を追うか、兵士たちへ加勢するか。
「俺が注意を引く、その隙を見て攻撃を頼む!」
僅かに迷ったフェイが決断した答えは、兵士へ加勢することだった。
鳥型との戦闘は相応の苦戦を強いられた。
翼をはためかせ、その風圧と衝撃によって動きを封じ、鋭い羽をとばしての攻撃。
本来、翼をもつ相手との屋内での戦闘ならばこちらに有利があるはずなのだが、壁を背に背負ったやつの位置取りでは裏を取ることができず。
正面からの戦闘を取るしか術はなかったが、突撃しようにも風圧で動きを封じられてしまうフェイと鳥型との相性は良くなかった。
フェイが動きを止められている間、兵士たちも何とか援護しようとするものの奴の攻撃は範囲が広く、何とか抑えられてしまっていた。
しかしそれでも多勢に無勢。
最後は兵士たちへの攻撃に夢中になっている隙をついたフェイが一撃でその首を叩ききり、決着した。
結果的に魔王には逃げられた。
鳥と蛇、二体のモンスターを倒し終わった後ではもはや魔王がどこへ消えたのか、僅かな痕跡の一つも見つけることができなかった。
大広間に残ったのはモンスター三体の死骸と甚大な被害だけ。
戦闘での負傷者は多く、広間で戦った兵士たちのほとんどが治療を受けざるを得ない傷を負っていた。
またすぐに今回のような襲撃がくればこの国は耐えきれないだろう。
街の被害もまた甚大だ。負傷者も多いが、何よりも大勢の死人が出てしまった。
元の活気を取り戻すまでどれくらいかかるか。
何の前触れもないモンスターの襲来。
その規模の大きさ。
不意打ちの襲撃は一瞬で国を半壊させてしまった。
民たちも魔王が復活し、その毒牙が瞬く間に自分らを襲ったという事実に恐怖している者も多くいた。
一体これからこの世界はどうなってしまうのかと。
流れていた噂を口にしていた者たちもきっと心の中では話半分、面白半分で実際に魔王が復活したと信じ込んでいる人はいなかったはずだ。
しかし今回のことで魔王は本当に復活したのだと、そう理解した。
味わった恐怖はそうそうに消えることはない。
もはや街中にあの楽観的な雰囲気はなく、皆不安や悲壮に駆られている。
「旅人よ此度の件、礼をいう」
負傷者の移動を手伝い終え、人心地ついていた時に声を掛けられた。
「あなたは、この国の……」
声を掛けてきたのはこの国の王。
広間に入った時、兵士の後ろで怯えていたあの老人だ。
「とんでもないことになってしまった。だが、貴殿のおかげで本当に最悪の事態だけは避けられた」
「いえ、そんな」
一国の王から言葉を掛けられフェイは返答に困った。
まさか直接感謝を伝えられるのは想定外だった。
「広間は壊れてしまったが、客間は無事だ。改めて礼をしたい。ぜひゆっくりと休んでいってくれ」
そうしてフェイは数日の間、王居でやっかいになることとなった。
怪我は特にないもののモンスターとの連戦による疲労はあったため、二日ほどしっかりともてなしを受け身体を休めた。
そして三日目の朝、王からの呼び出しがあった。
側仕えに連れられ、戦闘のあった大広間とは別の広間に通された。
「まずは改めて。貴殿のおかげで何人もの命が助かったこと礼を言う」
中央に設置された豪奢な椅子に座りながら、王は言った。
広間には王に加え、その側仕え、さらに緊急時故か兵士長や幾人の兵士がいた。
「本来なら相応の報酬を与えるところなのだが、そなたも知っての通り今この国にはその余裕がない」
そう言って王は側仕えに合図を送ると、何やら袋を持ってきた。
「恩人にこの程度の礼しかできないことを情けなく思う」
渡されたのは金だった。
中身を確かめることはしないが、そこそこの金額が入ってるように思える。
「いえ、十分すぎるほどです。ありがとうございます」
礼儀などろくに知らないが、一国の王の前だ。なるべく丁寧な言葉遣いを心掛けねば。
「あの黒ローブのもの……、いや、魔王が何故我が国を襲い、民を殺し、私の前に現れたのかは分からない。だがあれは野放しにしてはならんものだ」
王の言葉は硬い。
決して許しはしないと、あの時兵士の後ろで怯えていたのが嘘のようにその眼差しからは決意を感じる。
例え一度恐怖に飲まれようと、反撃のために立ち上がることができる人物。
一国の王になるほどの人間にはやはりそれなりの器が備わっているのを感じた。
しかし話は予想外の方向に転んだ。
「そなた、普段は旅をしているのか?」
何故そんなことを聞かれるのかわからなかったが、わざわざ否定するようなことでもなかったので肯定した。
「それは何か目的あってのことか?」
「いえ、特には」
何故か尋問でも受けているかのような気分だ。
「そうか、ふむ」
何を考え込んでいるのか、目を閉じたまま王は黙り込んでしまった。
その場にいる誰も何も言わない。
広間に沈黙が下りた。
ーーなんなんだこれ
そのまま立ち去るわけにもいかず、かといって声を掛けも良いものなのかわからない。
「魔王を討つ者とは元来勇者であると、お伽噺にはそうある」
「は、はぁ」
やっと口を開いたと思えば当たり前のことを今更……。
困惑が思わずそのまま口を出てしまった。
失言だったかと後悔する間もなく、
「そなたには、勇者の素質があると私は思う」
「勇者?」
勇者、勇者、勇者。
魔王という言葉が出た以上、共だって出てくることには納得だが。
「俺が、ですか?」
勇者とはもっとこう、何か試練のようなものを踏破するとか。
一族の証とかそういうものがある人間がなるものではないのか。
フェイにはそれらしき過去も、それに準ずる親類がいたという記憶もない。
正真正銘、ただの旅人なのだ。
「そなたには、見ず知らずの人間へ手を差し伸べることのできる崇高な精神が宿っている」
しかし王はそんなフェイの事情など気にもする様子がない。
「勇者とは人々を救う存在だ、立ち寄った国で起きた騒動へ力を貸し、人命を助ける。魔王と呼ばれる存在にも臆せず、その刃をもって立ち向かう。そなたには勇者の素質があると私はそう思う」
「いや、俺はそんな高尚な人間じゃーー」
「故に私はそなたを勇者と認め、タート国の王としてそなたの旅の無事を願っている」
「願うって、えぇ……」
話しているうちに興奮してきた王が立ち上がる。
「勇者よ! そなたのその雄姿をもってしてあの魔王を打ち倒してくれ!」
王がそう叫ぶと同時、「うぉぉぉぉ」と広間にいた人間すべてがまるで勝鬨を上げるかのようにして雄たけびを上げた。
盛り上がりきった空間でフェイは一人、その勢いに置いていかれながらただ茫然とその熱に飲み込まれるしかなかった。
「その旅立ちを祝福するとともに、我が国からもそなたの助けになれるよう人を用意した」
フェイを置いて、ひとしきり盛り上がりを見せた後王はそう言って一人の人物を紹介した。
「わが国で最も優れた者だ。この者と共に協力し、憎き魔王を討ち果たしてくれることを祈る」
紹介されたのは女。
藍色の髪を揺らし、フェイの前に現れた。
「リザ・ライン。よろしく、勇者さん」
第一印象はまず不愛想、そしてとっつきづらそうだった。
「それでは勇者よ、我が国のいや、この世界の未来をそなたに託したぞ」
いかにも命令故しかたなくといった雰囲気で登場したその女をよそに、王は最後にそう締めくくった。
あれよあれよという間に話は進み、フェイは断る隙も無く勇者となってしまった。
そうして王直属の兵士たちに国の入り口まで見送られ、フェイは勇者として旅立つこととなった。
全く見知らぬ相手との二人旅。
おまけにその相手は愛嬌とは無縁と言ってもおかしくないほど不愛想な女。
何か話しかけても帰ってくるのは一言二言、短い返事だけ。
会話は弾むどころか地に沈み、本人からは全く話そうとする素振りがない。
そもそもが「勇者」などというお伽噺でしか聞かない存在に自分がなったという自覚があまりに薄い。
今更ながらにこんな調子で大丈夫なのかと不安になった。
魔王がどこにいるのか。
魔王が何をしようとしているのか。
そもそも魔王が何なのか。
あらゆる情報が不足していた。
聞き込みの際にも、魔王が復活した、と話しても返ってくる反応は馬鹿を見るような目が大半で。
たまに真剣に聞いてくれたとて、何か情報が得られるわけではなかった。
そんな調子で、フェイはリザと二人、しらみつぶしに近場の国や街、村を回り魔王について聞き込みをした。
そして当然のようにどこも情報はほとんどゼロ。
まるで収穫のない旅。
唯一僥倖と呼べるのはリザが思いのほか戦えることだった。
侮っていたわけではないが、実際に戦う姿を目にするとまた違った。
道中に遭遇した大型のモンスター。
口から飛び出た牙が大きく発達した4足歩行の獣との戦闘の際、まずは向こうの攻撃をいなし、体勢を崩したところを斬ろうともくろんでいたフェイだったが、奴はまずフェイではなくリザに狙いをつけて突進してきた。
自分への攻撃パターンをどうするかばかり考えていたせいで、一瞬リザへの対応が遅れた。
気づいた時には既に巨大な牙がリザの腹へと迫っていた。
その鋭い牙が柔肌を貫こうとする寸前、リザは獣の牙の外側に身体を傾け、内から外へ弾くように腕を振るった。
恐ろしく綺麗な動きによって力の流れが変わり、獣の牙はリザの腹を突き破ることなく勢いそのままに近くにあった岩へとぶつかった。
一目でわかる身のこなしの技量の高さ。
そしてリザは牙が岩に刺さってもがいている獣へと素早く身を翻すと、空高く跳躍し、その首筋へナイフを一閃。
大の大人三人がかりでようやくといった大型モンスターは首の中ほどまでをパックリと切り裂かれ、即死した。
フェイが助けに入るまでもなく、一人で難なく倒し切ってしまった。
共に行動をする人物が相当な腕の持ち主だというだけで、旅は大分楽になる。
戦闘面での不安が大きく解消されたのは大きい。
後はもう少し打ち解けられればいう事はないのだが……。
そうして彼女と旅をして半年。
人間関係も、魔王についての情報も、どちらもあまり進展がない。
人間関係に関しては、多少言葉数は増えたもののやはりまだ壁を感じることの方が多い。
一方で魔王に関してはまるで音沙汰なし。
「今回は何か良い情報見つかってくれよ……」
遠くに新たな街の門が見えてきた。
心なしか足の早まったリザの後ろを追いかけながらフェイは祈るように一言、つぶやいた。
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