第16話あの『大人のお姉さん』が『三つ編み』ですか!
「ただいまー」
「あ、お疲れ様です」
「お疲れーっす」
「…」
「ああ、お疲れ。あれ?椎名君はまだ戻ってないの?」
ホワイトボードに『帰社十八時』と書いてある椎名の文字を確認しながら孝介が新島に聞く。
「ああ、椎名さんなら二階です」
「あ、そうなのね。ありがとう。新島さん。新島さんももう定時過ぎてるのに大丈夫?『サンプル』作りと電話番ばかりで退屈じゃない?」
「いいえ。お気遣いありがとうございます。でも今は『生地』のことを覚えるのが楽しいですので。どんどんお仕事回してくださいね」
「えらいねえ。うちもどんどん新規開拓していく考えだからすぐに営業として社長も期待してると思うよ」
「そうなんですか?頑張ります!」
(でも『青』なんだよなあ…。人間って怖いなあ…)
「頑張ってね。じゃあ俺も二階に行くから。明日切り売りでクライアントに届けるのがあるから」
「………星野さん」
「はい?」
「あのお………、請求書作成依頼は忘れずにお願いします…」
「あ、はい。そういや先月、請求漏れがあったばかりだよね。ごめんごめん。加山さん」
「…」
(無口ってわけじゃあないんだろうけど…。暗いのとも違うし…。加山さんって昔からああだったっけ?でも『透明』なんだよなあ…。人間不信?とか?)
そうこうしながら北北堂の二階へ階段を使って上る孝介。北北堂は雑居ビルの一階と二階を借りている。一階は事務所で二階が倉庫、つまり在庫置き場となっている。
「おーい、椎名くーん」
「あ、孝介さん。お疲れ様です」
「お疲れー。椎名君も反物?」
「いえ、ちょっとタバコ休憩です。一階は禁煙じゃないですか。来客用の灰皿はありますが社員は基本一階では吸っちゃダメって暗黙の了解があるじゃないですか」
「そだね」
そう言って椎名と孝介はそれぞれのタバコを取り出しそれを口に咥える。
「あ、孝介さん。今日の孝介さんには感謝です!火をどうぞ!」
そう言って孝介の咥えたタバコにライターの火を近付けてくる椎名。現金な奴である。いい奴だけど。
「お、ありがとう」
「実はコーヒーも用意しております!じゃじゃん!」
効果音まで自分で言う椎名はいい奴である。
「へえ。随分気を遣ってくれてるね。ありがとう。でも僕が負けた時はこういうことは出来ないよ」
「いえいえ!孝介さん、いや、孝介先輩にコーヒーをごちになるなんて!タバコに火を点けてもらうなんて!滅相もありませんよー」
「あ、そう言えば今日『伊太利亜』の木島さんとこ行ってきたよ。椎名君、あそこに昔、同行で一緒に行った時、木島さんのことを『タイプ』って言ってたよね?」
「ああ。あのフェロモンプンプンの『大人のお姉さん』ですか?いいですねえー。『伊太利亜』の担当、僕に代わってもらえませんか?」
「うん。まあ社長に今度聞いてみるよ。ていうか、明日も木島さんとこ行くんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。『矢振り(やぶり)』の新しいやつ入ったじゃん。あれが気に入ったみたいでとりあえず一メートル。サンプルでって。明日持っていくって約束したんだよねえ」
「いいなあ。あのぼてっとしたそれでいて小さい色っぽい唇とか茶髪の綺麗な長いパーマとかいいですよねえ…」
「あ、最近の木島さんは『三つ編み』だよ」
「えええええええええ!あの『大人のお姉さん』が『三つ編み』ですか!?孝介さん。明日、『伊太利亜』に同行してもいいですか?」
「え?別にいいよ」
「やったー!」
「こらこら。君たち。私の存在を忘れとりゃせんか?」
「に、新沼先輩!」
ここでもう一人、北北堂で孝介を『青』、『マイナスイメージ』で見ている人間が。
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