第41話
戦場に満ちたのは、光だった。
ミレニアが球根形の本体に触れ、程なくして戦場の空気を払わんと真っ白な光が四方八方に広がっていく。
空を割り、黒煙を払うと、やがて雨が降ってきた。
人肌で温められたような暖雨の登場に、擬態側の
柔らか雨滴は身体をまるで癒やすように包む。
戦場のあちこちで起こっていた炎は鎮火し、森や花園の葉や花弁についた灰を洗い流していく。
戦場に降る雨にしては、妙に優しげな雨に、各師団長を初め魔術師たちは戸惑っていた。
「一体、何が起こってる?」
ゼクレアもまた状況の変化に戦く1人だ。
白い光に、全身を包んでくれるような温かな雨に戸惑いを見せる。
一方、アーベルは違った。
ゼクレアが振り返った時、件の勇者はルビーのような赤い瞳から滂沱と涙を流していた。
初め雨かと思ったがそうではない。
赤い瞳をさらに赤くして、1点を向いて固まっている。
「アーベル、何が……」
ゼクレアも振り返った時、球根形の本体が消失しようとしていた。
本体だけではない!
「ゼクレア!!」
珍しくアランが声を張る。
すると、擬態の方も光の粒子となって消えようとしていた。
やがてそれは川のように中空を流れ、ミレニアが掲げる手へと吸い込まれていく。
「な、なんだ……。何が起こってるんだ、アーベル?」
「わからない。だが、ゼクレア……これが聖女の力だ。僕たちが定めた〝聖女〟ではなく、神が使わした本物の〝聖女〟の力なんだよ」
「これが……。世界を救った聖女の力か……」
2人は――いや、アーベルとゼクレアだけではない。
他の3人の師団長も、その下に付く副長たちや団員たちも。
ミレニアが愛して止まない友人たちも、皆――その光景を見つめる。
己1人1人の心をそっと抱きしめられたような安らかな感覚。
魔法でも、魔術でもない。もはや奇跡ですらない。
厄災すら愛しむ〝大聖女〟――今世に於ける名前は、ミレニア・ル・アスカルドの愛であった。
『さすがは僕のご主人様だ』
ムルンもまた、主人の偉業に目を細める。
一方、そのミレニアは光の玉を手の平に乗せたまま固まっていた。
「
「さすがミレニアだ! まさか
ヴェルやマレーラが労いに近づいてくる。
すると、ポンと肩を叩こうとした時、ミレニアは頽れた。
地面に頭がぶつかりそうになる寸前、それを受け止めたのはルースだった。
「ふう……。相変わらず、君は無茶ばかりするんだから」
そのままミレニアを持ち上げる。
手には大事そうに光の玉を抱えていた。
「なんか笑っているわよ、この子。……なんだろう、無性に腹が立つ」
「仕方ないよ。めちゃくちゃ頑張ったんですから。今日ぐらい許して上げましょうよ」
「マレーラって言ったわね。随分とミレニアの肩を持つわね。あと馴れ馴れしい」
「あんたたち、ミレニアの同期でしょ? ミレニアの友人というなら、あたいたちとも友人ということで」
「何よ、それ。バーゲンセールについてくる入らない古着じゃあるまいし! だいたいあたしは認めないわよ!」
ミレニアの側で、ヴェルとマレーラの喧嘩が始まる。
まだちょっと反りの合わない2人を尻目に、カーサはピクシーとともに、ルースの腕に抱かれたミレニアを労った。
「お疲れ様でした、ミレニア」
『ありがとう、聖女様。世界を救ってくれて』
カーサとピクシーはともに微笑むのだった。
◆◇◆◇◆
あれからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
気が付いた時には、私は宿舎の自分のベッドに寝ていた。
一瞬、夢かなと思ったが、どうも違う。
節々は痛く、全身が疲労で熱を帯びていた。
頭も痛い。これは魔術を使った後の後遺症ではなく、普通に2日酔いの症状と見た。
おかげですっごく気持ち悪く、喉もカサカサだ。
とにかく今は、冷たい水でも飲んで喉を潤したかった。
なんか色々と忘れているような気がしたけど、今は水分補給だ。
ベッドから出ようとした時、何かいつもと違う異物の存在を感じた。
「ん?」
ふと振り向くと、最初見えたのは大きな口だ。
小さいが牙がキラリと光り、長い舌がにょろにょろと動いて、牙を磨いている。
頭から飛び出た大きな角はまだまだ小さく、蛸の足よりも遥かに太い尻尾がプラプラと振って、たまに私の足裏に当たってくすぐったい。
岩肌のような背中には、蝙蝠の翼を小さくしたような翼まで生えていた。
こう説明して、およそ人ではないことをご理解いただけただろうか。
マレーラ辺りが悪のりで
単刀直入に説明すると、私の中にいたのは竜だ。
それも小さな小竜だった。
「な、な――――――」
なんじゃこりゃ!!
思いっきり粗野な声を張りあげたのも無理はない。
朝起きたら、横で竜が寝ていましたなんてシチュエーション、私が知る限りどの創作物にも存在しないはず。
夢にしては自分の想像力の翼の生え方に、多少アーティスティックな意味を感じざるをを得ないのだけど、何度つねっても目の前の竜がランプの精霊になることはなかった。
叫び声を上げたかったのは山々なのだけど、とにかくここから脱出しなければ。
必死に自制力を発揮し、私は声を殺してベッドから出ていこうとする。
すると、仕掛けでも踏んでしまっただろうか、これまで閉じられていた大きな瞳が、パカリと開く。
やや寝ぼけ眼を私の方に向けると、突然それは目に涙を溜めて泣き始めた。
『ま、ママァァァァアァアアアアアアアアアア!!』
突然、宿舎に響く声。
しかし、私は別のことに驚いていた。
「ママって、もしかして……。私のこと???」
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