第25話

「ちょ! おま! 大丈夫か、ミレニア?」


 さっきまで私に負ぶさられていたマレーラが心配してくれる。

 さすが私の心の友だわ。

 こんな窮地こそ友情の力が必要なのよ。


 私も頑張らないとね……ヒック!


「あれ?」


 なんだか頭がボウッとしてきた。

 えっと……。今、何をしてるんだっけ?

 あ、そうそう。アームレオンと戦ってる真っ最中だったわ。


 私は辺りを見渡すと、黄金色の毛並みが揺らすアームレオンを見つけた。

 大きな口を開けると、こちらを威嚇する。

 6本の足で地面を掻くと、前肢の二本の先に光る爪を舐めた。


『ブオオオオオオオオ!!』


 戦車チャリオットのようにアームレオンは突撃してくる。

 背後でマレーラたちの悲鳴が聞こえた。

 こうなったら聖女も、魔術師もないわ。

 今、ここで友達を助けられるのは、私しかいない。

 アームレオンには悪いけど、全力でやらせてもらうわよ。


「エンチャンに座す魔シャよ。悪鬼、人ならヘるものを討ち払ヘ……」



 【ブラストへーア】!!



 私は魔術を唱える。

 だが、手の先から出てきたのは、焚き火程度の小さな炎だった。


「あ~。あったか~い」


「言ってる場合か!! よけろ!!」


 マレーラが私を担ぐ。

 突進してきたアームレオンの横へと避けた。


 すごい。マレーラ、グッジョブだわ。

 私を担いで避けるなんて結構力持ちなのね。

 しかも、お姫様だっこ。

 やばい。マレーラがすっごくカッコいい男子に見えてきた。


「マレーラ、結婚してくれる?」


「な、何を言ってるんだよ。酔っ払い!! しっかりしろ! いい加減酔いを覚ませ」


「大丈夫。酔ってないから」


「酔っ払いはそういうの!!」


「マレーラ、それより後ろよ。避けて」


 私はマレーラの背後を指差す。

 濃い獣臭が鼻を衝き、すぐ側で鋭い瞳が光っていた。


「キャアアアアアア!! おしまいだ!!」


 マレーラは顔を伏せた。

 その時だ。大きな影が私たちを包む。

 それは件のアームレオンも包むと、背中に落ちてきた。


 ドスンッ!


 空気が揺れると、アームレオンの身体が折れる。

 落ちてきたのは、巨大な岩の塊。肝試しに出会った岩精霊だった。


「ナイス! スーキー!!」


 マレーラが讃えると、スーキーはぐっと親指を立てる。


「あの岩精霊って、スーキーの精霊だったのね。 あれ? じゃあ、なんで私の前に??」


「え? いや? 今、しらふになるなよ。それよりもアームレオンをどうするかだろう」


「大丈夫よ、マレーラ」


 私はマレーラから降りる。

 近くにあった手頃な木の枝を引き抜いた。

 ヒュンヒュンと軽く動かす。


 魔術が駄目なら、剣で応戦するしかないわね。


「ミレニア、お前剣もできるのか?」


「さあ……。剣はお兄ちゃんにちょっと教えてもらった程度


「はあ? それでアームレオンと戦おうってのか??」


「そうよ。だって、私の後ろには――――」



 大事な友達がいるんだから……。



 …………。


 え? なんでそこでしんと静まり返るの。

 私としては「ふっ! 決まった!」とか思ってたんだけど。

 まあ、いいや。どうなるかわからないけど、友達のために戦うのは悪くないことだわ。


 私ってば、根っからの救世主体質なのよね。


「ほら。来なさいよ。相手してあげるわ」


 指先を動かして、アームレオンを挑発する。

 それが通じたのかどうかわからないけど、アームレオンは鋭く吠えて、私との距離を急速に縮めた。

 太い大樹の幹を思わせるような前肢を振る。

 それはほぼ私の目から見て、可視不可能だった。


 あ。ヤバい。……これ、本当に死んだかも。



『やれやれ。君は――――』


(え? 誰?)


『その問いに答える前に、ちょっと1歩下がってごらん』


 私は素直に声に従う。

 1歩後退ると、私の胸スレスレにアームレオンの爪が通り過ぎていった。


(おお! すごい。躱せた)


『喜んでる場合じゃないよ。次は踏みつけだ。大きく右にジャンプして』


(誰だか知らないけど、了解!)


 言われるままによたよたと右にジャンプする。

 すると、予想通りアームレオンが踏みつけてきた。

 1歩遅かったら、私はぺちゃんこになっていただろう。


(次は?)


『尻餅を付いて』


(尻餅??)


 私は言われた通りにする。

 直後、頭の上を前肢が通り抜けていった。

 すごい。すごい。アームレオンの動きを完璧に読んでる。


(あなたって――――)


『感心してないで。君の攻撃だ。持ってる枝をアームレオンの口の中にツッコんで』


 え? 何それ? と聞くまでもない。

 今、私の前には無防備なアームレオンの口があったからだ。

 大きく開けて、喉の奥まで見える。


「ええい!!」


 気合い一閃!

 木の枝を槍のように扱い、私はアームレオンの口に突き入れた。

 枝はあっさりと口内に刺さる。どす黒い魔物の血が噴き出した。


「やった!!」


 喜んだのは、私だけじゃない。

 見ていたマレーラたちもガッツポーズを取る。

 一方、声の主だけが冷静だった。


『喜ぶのは早いよ! 今だ。君が突き立てた枝を避雷針代わりにして……』


(なるほどね)


 すべてを理解した私は、後ろを振り返って叫んだ。


「今よ! マレーラ!! 枝にさっきの魔術を!!」


 私の言葉に、マレーラは即座に反応する。


「なるほど。そういうことか!!」


 すぐに呪文を詠唱すると、刺さった枝にのたうち回るアームレオンに手を掲げた。


雷戟サンダースピア】!!


 雷撃の槍がアームレオンに刺さった枝に伝わる。

 雷光は枝を伝って、アームレオンの口内へと向かい、さらに奥の内臓に直接ダメージを与えた。


『ギャアアアアアアアアアアアアア!!』


 アームレオンは断末魔の悲鳴が上がる。

 すごい! これは本当にAランクの魔物を倒しちゃうかもよ!


 ドンッ!


 轟音を立てて、ついにアームレオンは倒れる。

 口から煙を吐き、獲物を前にして充血していた瞳は今や白目を剥いていた。

 ぴくりとも動かない。

 すごい。私たち新人だけで勝っちゃった。


「おおおおおおおおお!!」


 雄叫びを上げたのは、マレーラだった。

 よほど嬉しかったのだろう。顔を真っ赤にしながら、拳を突き上げていた。

 すると、私の方に向かって、マレーラやカーサ、スール、ミルロが飛び込んでくる。


「すげぇ! あんた、本当に凄いんだな」

「すごい」

「まさかアームレオンを倒してしまうなんて」

「ミレニアさん……。ミレニアさん、あり、ありが……」


 マレーラたちが手荒く私を激励する中、カーサは大粒の涙を流して感謝の言葉をかけてくれた。


「しかし、あの動きはなんだったんだ?」


 ミルロは首を傾げる。


「あっちも気になった」


 スーキーも懐から玉蜀黍の実を砕いて焼き固めたお菓子を取り出すと、バリバリと音を立てて食べ始める。


「まるで相手の動きを先読みしているかのような動きでした!」


 カーサもいつになく興奮気味だ。

 3人は「気になります」とばかりに私に顔を近づけてくる。

 女の子に言い寄られるのは悪い気はしないけど、どうしよう。


 はっきり言うと、私もわからないのよね。

 いきなり声が聞こえてきて、言う通りに動いただけで。

 でも、なんか聞き覚えのある声だったような……。


「ふふふ……。あたいにはわかるよ」


 マレーラは腕を組み、自信満々といった様子で宣言した。


 え? 私にもわからないのに、なんでマレーラがわかるの。

 もしかして、マレーラが私を動かしていた。

 いや、あり得ないけど。


「ただ者じゃないってのは聞いていたけど、あんた剣の方もできるなんてね」


 ごめん。剣は手習い程度なんだけど、マレーラ何か勘違いしてない?


 自信満々にご高説しようとするマレーラを止める雰囲気でもなく、私はそのまま説明を聞いた。

 マレーラはドンと胸を叩く。


「あんた、まさか東方に伝わるという〝酔剣〟使いだったとはね」


「す……」

「酔……剣…………」

「ええええええ!!」


 マレーラの推測に他の3人は驚いていた。

 ええ……! 私が酔剣使いなんて初めて知った。自分のことなのに。

 なんか目覚めた力が覚醒したとか? うん。あり得ない。


 一方、マレーラのドヤ顔説明が続く。


「酒を飲めば飲む程、酔えば酔うほどの強くなる。伝説の剣術〝酔剣〟……。あたいも初めて見たよ」


「じゃあ、ミレニアさんが酔っていたのって……」


「〝酔剣〟を使って、アームレオンを倒すためだ。本気を出したってことだろ。なっ!」


 ポンと、マレーラはドヤ顔で説明した上に、その表情のまま私の肩に手を置いた。

 そこには「力を隠していて水くさいぞ、お前」みたいなニュアンスも入っていたのだけど……。えっと、どうしよう。果てしなく不正解なんだけど。


 し、しかも本人が自信満々で言ってるから否定しにくいし。


 まあ、私自身もなんでああなったか説明できないところもあるし、今回はマレーラの〝酔剣〟説に乗っかることにしよう。


「あははははは! じ、実はそうなのよね。お、お爺ちゃんが昔東に行った時に習ったみたいで。それで、私に……。それにしてもマレーラは、随分マニアックな剣術のことを知っているんだね」


「うちは元々騎士家系だからな。あたいには魔術の才能があったから、魔術師になったけど、騎士の剣術なんかを調べるのが好きなんだ」


「へ、へぇ……」


 マレーラの意外な面を知って、結果的に良かったかも。


「ね、ねぇ。マレーラ」


 カーサはマレーラの袖を引っ張る。


「ミレニアさんに、今謝ろう」


「あ、ああ……。そうだな」


 うん? 謝る? なんのこと??


「実はな。ミレニア、あんたに謝らなければならないことがある」


 すると、マレーラは肝試しを始めるきっかけについて教えてくれた。

 マレーラから見て、私たち飛び級組は気に入らない存在だったらしい。

 向こうからすれば、自分たちが3年間みっちり勉強してきて配属されたにもかかわらず、入試の成績が良かったからという理由だけで、第一や第二師団に配属されることが気にくわなかったようだ。


 私たちはそんなことはなかったのだけど、鼻っ柱を折るために肝試しを画策したらしい。


「試験は試験……。軍人としての強さはどれだけの場数を踏んできたかが重要だとあたいは思っていた。そういう意味で飛び級組が試験の結果だけで、あたいたちと同じスタートの場に立っているのが我慢できなかったんだよ」


 後から聞く話だけど、マレーラは元々下町で暮らす子どもだったらしい。

 けれど、魔術才能を見初められて子爵家の養女として迎えられた。

 下町と貴族社会は天と地の差がある。

 ただ身分が上というだけで、ふんぞり返る貴族が昔から子爵となった自分も含めて気に入らなかったらしい。


 同じ意味で、努力もしないで自分の側に立っている飛び級組が、マレーラにとっては目障りだったのかもしれない。


「結果的にあんたを巻き込んでしまった。すんませんでした」

「ごめん」

「悪かったな」

「ごめんなさい」


 4人は一斉に謝る。


 それぞれの頭を見ながら、私は首を振った。


「それって違うでしょ? 結果的に巻き込まれたんじゃない。結果的に私は大事な友達を失わずに済んだ。それどころか、一生忘れられなさそうな思い出までできたわ」


 私は手を差し出す。


「改めて私と友達になってくれますか? マレーラ、スーキー、ミルロ、そしてカーサ」


「い、いいのかい? あたいたちはあんたに精霊をけしかけ、魔術だって」


「あははは……。そのマレーラの魔術のおかげで私は生きてるんだから。でも、同じことを他の人にはしないでね」


 あの時はちょっと驚いたけど、前世の時の勇者との喧嘩に比べればかわいいものなのよね、私にとっては。

 一番ひどい時なんて6晩7日戦い続けて、『炎の七日間戦争』といわれたんだから。

 それと比べると軽い軽い。


「あん――――ミレニア……」


 マレーラはついに私の手を握る。

 その上に、カーサ、ミルロ、最後のスーキーの大きな手がのしかかった。


 ああ……。そうそうこういう感じよ。

 苦難を乗り越えて、育まれる友情。

 これこそ私が求めていた真の友人なのよ。


 ちょっと強い敵を倒したぐらいで、マウントの取り合いが始まる前世と大違いだわ。


「よろしくね、みん――――」


 その時だった。獣臭が濃くなる。

 闇夜の中で、魔獣の双眸が赤黒く光っていた。


 私は振り返る。顔を煤で真っ黒にしたアームレオンが立っていた。

 まだ生きていたのだ。しばらく寝ていたことによって、体力を回復させたのだろう。

 体力お化けだけある。


 魔術で口元周りの肉が吹き飛んだことで、終始笑っているように見えた。


「やべぇ!」

「おわりだ」

「くそ!!」

「キャアアアアア!!」


 皆が半狂乱になる。

 私は魔術を使おうとしたが、やはりまだ酔いが利いている。

 こうなったら、またアレーラ推薦の〝酔剣〟で倒すしかない。


『大丈夫だよ』


 また謎の声。

 そして次の瞬間だった。



 【裁きの鎚ジャッジメント・アース】!!



 空の高い所から何かが落ちてくる。

 それは高速で飛来すると、今まさに私たちに向かって前肢を振り上げようとしていたアームレオンに直撃した。


 それは巨大な岩だ。

 まさしく鎚のように振り下ろすと、アームレオンをあっさりと押しつぶす。

 ゆっくりと岩の鎚が持ち上がった時には、アームレオンの原形を留めることなく、木っ端微塵になっていた。


「すごい。上級の土属性魔術……。こんなの使える人――――」


 私は1人しか知らない。


 闇夜の中に、風が吹く。

 梢を揺らし、枯れ葉が舞い上がった。

 ちょうど雲間から月光が差し込み、とあるシルエットを浮かび上がらせる。


 三白眼が夜の森の中で閃くのを見て、私は恐ろしさよりも頼もしさを感じた。


「貴様ら、ここで何をしていた」


 魔術師第一師団師団長ゼクレア・ル・ルヴァンスキーが立っていた。

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