第24話 

 ガサッ!!


 側の茂みが動く。

 その動きに反応したのは、カーサだった。

 再び悲鳴を上げると、マレーラの腰に縋り付く。

 すると、そのマレーラも大きな声を張りあげた。


「な、なんだー、あのはなのおばけはー!」


 突如茂みから飛び出してきたものを指差した。


 私たちの前に立ちはだかったのは、頭から花の蕾を垂らし、葉っぱの足で立った異形の姿だった。


『のーん』


 という謎の声とともに、闇夜の中で目を光らせている。

 星明かりを受けて、不気味な影の形を私たちの方に伸ばしていた。


「か……」


 私が声を震わせると、マレーラは「にっ」と笑ったような気がした。


「かわいい!!」


 私はギュッと目の前の異形を抱く。

 最初に現れた岩精霊と違って、姿こそ歪でもお人形サイズ。

 しかも、触り心地も悪くない。花の香りもして最高だった。


「やーん。こういう精霊ほしいかも。そうか。花精霊という……」


『のーーーーーーーーーん』


 私の腕の中からスポンと抜けると、花精霊は一目散に逃げてしまった。

 あれれ? また逃げられちゃった。

 ちょっとショックだ。可愛かったのに。


「2人とも心配しなくてもいいよ。今のは花の――――」


 振り返ると、何故かマレーラが地面に四つん這いになっていた。

 よっぽど花精霊が怖かったのだろうか。もしかして腰でも抜けたのかもしれない。

 その横でカーサが介抱していた。


「大丈夫、マレーラ。まさかそんなに驚くなんて。もしかして、お化けが怖いとか?」


「違うわよ!!」


 マレーラは声を荒らげた。


「な、なんでだよ。なんでビビらないんだよ」


「ね、ねぇ……。マレーラ、もうやめよう。こんなこと……」


 カーサがマレーラの肩を抱きながら諭す。


 ん? やめよう?

 ああ。そうか。マレーラがこんなに怖がってるんだもんね。

 今すぐ引き返した方がいいかも。


「さっきからあんなに脅かしてるのに……。お前はなんでそんな平気な顔をしてるんだよ!」


 またしてもマレーラは叫ぶ。


 脅かしてる?

 そう言えば、マレーラが声を上げると、精霊が出てくるっていうか。

 もしかして合図でも送ってる? なんのために?


 あ。そうか。


 私はポンと手を打った。


「そうか。マレーラ、私を驚かせようと色々と仕掛けを作ってくれたのね。じゃあ、もしかしてさっきから感じる人の気配も、先に行ったお仲間さんとか?」


 どうもおかしかったのよね。

 聞いている肝試しのルートは、1本道。

 その先にある大岩に名前を刻んで帰ってくるというのがルールだと聞いた。


 なのに、私たちが最後にもかかわらず、誰1人帰ってこなかった。

 ちょっとおかしいと思っていたのよね。


「なるほど。てめぇ、あたいの計画をそこまでお見通しだったわけだ。さすが首席様だね」


 マレーラはゆらりと立ち上がる。


「マレーラ、やっぱりやめよう。こういうのは良くないよ」


「カーサは黙ってな。ここまで虚仮にされて黙ってられないわ」


「え? マレーラ、怒ってる。ご、ごめんね。上手に驚けなくて」


 お化けなんかよりも怖い、死の体験をしてるからね、私は。

 よくわからないものぐらいでは驚かない。


「舐めやがって。こうなったら実力行使だ! 来な、ボルゴン!!」


 私の前に現れたのは、中型犬ぐらいの大きさの蜥蜴だった。

 しかもただの大きな蜥蜴というわけじゃない。

 四つん這いになって踏ん張り、尻尾を上げると、バリバリと音を立てながら雷の力を発揮した。


 雷精霊だ。すごい。扱いが結構難しい精霊なのに。


「これってマレーラの精霊……? すごいわね」


「その余裕面が気にくわねぇ。あたいたち、学校組を見下してるような目がね」


「え? 私は素直にすごいって言ってるだけなんだけど」


 学校組って、何のことだろうか?


「いいかい。さっきまでの精霊と一緒にするんじゃないよ」


「それって、もしかして私を見て逃げた精霊のこと? やっぱり、あれ誰かの精霊なんだ。ご、ごめんね。ご期待に添えないリアクションで」


 あははは、と苦笑すると、マレーラはさらに目くじらを立てた。

 そうか。肝試しって言っても、本物のお化けを用意するわけにはいかないからね。

 精霊をお化けに見立てて、盛り上げようとしていたのか。

 マレーラには悪いことをしたわ。

 もっと空気を読むべきだったかもしれない。


「そのツラがムカつくって言ってんだよ!! ボルゴン!!」


 マレーラはボルゴンと名付けた雷精霊に命令する。

 ボルゴンは金色の瞳をさらに光らせると、体内の雷気を増幅させた。

 やばっ! マレーラ、すっごく怒ってる。

 どうしよう。こういう時って…………えっと、どうしたらいい?


 友達が主催した誕生日に、空気が読めずに素っ気ない態度をしてたら、怒るのは理解できる。でも、えっと……。どうしたらいい? 謝るの、わたし??


 いや、とりあえず謝っておこう。


「やれ、ボルゴン!」


「ごめんなさい、マレーラ」


 私が頭を下げて謝ると、その上をボルゴンが放った雷の槍が通過していった。

 あっぶなあ。当たってたら、意識を失ってたかも、

 マレーラ、それほど怒ってるのね。


「ボルゴンの槍を躱すなんて。さすが飛び級組だね」


「ち、違う。今のたまたま――――」


「今度は本気で!!」


「マレーラ、後ろ!!」


 叫んだのは、私じゃなかった。

 カーサだ。

 そして、私もマレーラの後ろにいる異形の姿を確認していた。


 最初に確認できたのは、巨大な獅子顔だ。

 鏡の額縁みたいに広がった鬣に、獰猛な牙と鋭く吊り上がった目が光っている。

 しかし、さらに私を驚かせたのは、通常4本の獅子の足が、さらに4本増えて、8本になっていたことだった。


「アームレオン!!」


 魔物には7つの強さの分類がある。

 Sランクが最強として、A、B、C、D、E、Fと右側へ行くほど弱い。

 アームレオンはSランクの1つ下〝A〟ランクに相当する。


 天災ランクといわれるSランクの1つ下ということは、かなり強いことを意味していた。


 そのアームレオンには、6本の足と2つの手がある。

 6つの足で巨体を支え、前肢とも言うべき巨腕が顔の横から伸びている。

 手には鉤爪のような鋭利な爪が付いていた。


 その爪が暗闇の中で閃く。


「危ない!!」


 私はすぐ前にいたマレーラに覆い被さるように飛びつく。

 直後、爆発音とともに土煙が高く夜空へと上った。

 カーサの「マレーラ! ミレニアさん!!」という悲鳴が響く。


「大丈夫よ、カーサ」


 私はマレーラの状態を見る。

 いきなりのことで顔を青くしていたが、特に怪我はないようだ。


 振り返った。

 先ほどまでマレーラがいたところが陥没している。

 褒めてどうなるわけでもないけど、さすがはアームレオン。

 凄い膂力だわ。気の強いマレーラが表情を青くするのも無理もない。


 それにしても、何故こんな所にアームレオンがいるのよ。

 すぐ近くには王宮だってあるのに。

 ゼクレア師団長やアラン師団長、防衛の専門家がこんなランクの高い魔物の侵入を許すはずがない。


 アームレオンはゆっくりとこちらを向いた。

 若干目を細め、鼻梁に皺を寄せる。

 そして吠えた。


 「よく躱したな」と労ってくれてる? わけはないわね。


「な、なんだよ。こんな化け物、誰が用意したんだよ」


「誰が? 用意??」


 これも肝試しの余興? そんなわけないわよね。

 目の前のアームレオンの殺気は本物だ。

 人が着ぐるみを着ているようにも見えない。

 周りの様子を見ても、いきなり現れたAランクの魔物に気が動転してるようだった。

 無理もないわ。


 すると、こちらを向いたアームレオンを見た時、私はあることに気付く。

 アームレオンの額に何か光ったような気がした。

 よく見ると、宝石のようなものがはめ込まれている。


(あれって確か魔力増幅器ね……)


 アームレオンの魔力増幅?

 その割りには普通だと思う。そのために使っていたら、さっきの一撃で全員吹き飛んでると思うし。

 ともかくアームレオンに人の手が入っていることは確かね。

 そうなると、使役系の魔術か、獣魔契約の強化かかどっちかの可能性があるわね。


 魔物も精霊と同じで、自分の言うことを聞くように使役したり、契約ができたりする。

 けれど、Aランクの魔物となれば使役も契約も難しい。

 魔力増幅器を埋め込んで無理矢理手懐けているのだろう。

 アームレオンからすれば、迷惑な話だ。

 戦いたくもない相手と戦わせているのだろうか。

 少々同情を禁じ得ない。


 などと考えていると、アームレオンが再び突撃してきた。


「立って、マレーラ!」


「そ、それが……」


 マレーラは口端を引きつらせる。見ると、足が全然反応していない。

 どうやら腰が抜けたらしい。


「大丈夫よ。――――力天使よ。我が歌を捧げる。其の大地を掲げる奇跡を与え給え」


剛力リジッドボディ


 私はマレーラの手を引き、おぶる。

 突撃してくるアームレオンの側面へと逃げた。

 だが、アームレオンはなかなか俊敏だ。

 6本の足は伊達ではない。強い制動力を持って、巨躯を止める。

 私とマレーラの方に旋回すると、再び前肢を振りかぶった。


「万物の力はすべて知識なり。法則を捉えよ。悪しき者の外界に落とせ!!」


無擦ゼロ・フリクション


 瞬間、アームレオンはつるりと滑る。

 地面の摩擦抵抗を限りなくゼロにする魔法だ。

 おかげで、私たちに向けて放たれた爪が空振り、アームレオンは無様に転んだ。


 その隙に逃げると、私は魔法を唱えてくれた本人と合流する。

 早速、頭を撫で回した。


「カーサ、すごい! やるじゃない」


「あ。ありがとうございます。よくチーム戦では補助に回っていたから」


 なるほど。

 私の目から見て、カーサの能力は学校組の中でも低い。

 それは自分も理解しているのだろう。だから、あのピクシーに対して積極的になれないのだと私は分析していた。


 でも、彼女は自分の弱さを知っているから、効率のよい方法で魔物の力を殺ぐ戦い方を手に入れたのね。頭いい!


 だが、攻撃はそれで終わりじゃなかった。


岩爪ガロー】!!


 アームレオンの身体を3本の岩の爪が刺さる。

 下級魔術だけど、身動きができず直撃を受けたアームレオンは悲鳴を上げた。


「マレーラの姐貴」


 と現れたのは、スーキーだ。

 ちょっとぽっちゃり体型で大きな身体をした彼女は、手をかざしながらさらにアームレオンに魔術を叩きつける。


 だが、この程度で終わるAランクの魔物じゃない。

 しっかり地面に爪を立てて、立ち上がると私たちの方を威嚇した。


「まずい! 立ち上がるよ」


「任せな!!」


 次に現れたのは、ミルロさんだ。


 【束縛樹バインド・ツリー


 アームレオンを囲むように無数の蔓が伸び上がる。

 そのままアームレオンを包み、動きを止めた。


「マレーラ姐貴、今ですよ!!」


「わかってるよ!!」


 マレーラは私に負ぶさったまま手を掲げる。


「神館に住む雷精よ。我の声を聞け。契約の導きの下、悪逆のなるものに怒りの鉄槌を!」


雷戟サンダースピア


 青白い光が空気を焼きながら、アームレオンの頭上に落ちる。

 如何にAランクの魔物でも、魔術で身動きが取れない状態ではひたすら攻撃に耐えるしかない。

 けたたましい雷撃の音に、アームレオンの雄叫びが混じる。


「すごい……」


 それにしても良い連係だ。

 多分マレーラ、スーキー、ミルロ、カーサはずっと学校で組んでいたのだろう。

 なかなか洗練されたチームワークだった。


 Aランクの魔物は勇者や聖女クラスじゃないと難しいけど、こうやって連係を取れれば、新人でも対応できるのだ。


「まっ! あたいのチームなら、これぐらいはやれるよな」


「何を言ってるんだい、姐貴」


「姐貴が1番ビビってた」


「姐貴、腰が抜けてるぜ」


「う……うっせぇ! お前らは黙ってろ」


 マレーラは怒鳴り散らすけど、未だに私に負ぶさったままだから全然迫力ない。

 カーサがたまらず笑うと、スーキーやミルロまで笑い出した。


「おんぶ……。あっちが代わろうか」


 スーキーが手を差しだしてくる。


「ありがと。でも、もう大丈夫でしょ、マレーラ」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 ようやく力が入るようになったらしく、マレーラは自分の足で立つ。


 一方アームレオンを包んでいた蔓が動く。

 バチバチと蔓を切りながら、6本の足と2本の手がある異形の獅子は立ち上がった。


「げっ! まだ生きてるのかよ」


「そんな!!」


 マレーラやカーサが顔を青くする横で、スーキーたちも驚いていた。


 かなり攻撃を受けたのに、アームレオンの表情には何か余裕を感じる。

 今の多重攻撃が利いていないように見えた。


 さすがはAランクね。ただでは倒せない。

 アームレオンは攻撃こそ単調だけど、対物理、対魔術の防御に長けている。

 1000年前、私が前線で戦っていた時は、【魔法使い殺し】と恐れられていた。

 とにかくタフなのだ。


 あまりに鬱陶しいから、つい逃げたくなるのだが、6本の足は伊達ではない。

 森だろうと、山だろうと関係なく、追跡してくる脚力もまた脅威だ。

 攻撃に癖がないから、こっちの被害が少なくて済むけど、持久戦に持ち込まれればこちらの不利だった。


「ミルロ! 森に配置した生徒はどこへ行った?」


「師団長や先輩を呼びに行ったよ。わっちはマレーラを助けに来た」


「さすがだね。その忠義心に涙が出てくるわ」


 マレーラは涙を拭うような振りをする。

 最初は緊張して動けなかったマレーラだけど、少し雰囲気に慣れてきたらしい。


「師団長や先輩が来るまでの間の時間稼ぎだね」


 多分10分、いや20分といったところか。


「なんとか希望が見えてきたかもしれない。この5人ならなんとかなるよ」


「た、戦うのかよ! お前、正気か?」


「アームレオンはとても動きが速いんだ。逃げるのは難しいんだよ、マレーラちゃん」


「カーサ! 今、その〝ちゃん〟付けはやめてくれ。力が入らなくなる」


「ご、ごめん……」


「ふふふ……。でも、カーサの言う通りよ。今は戦うしかないわ。大丈夫。みんなの力を合わせれば、何とかなると思う」


「くそ! なんて日だ!!」


 マレーラは袖を捲り、戦闘態勢に入る。


 私は手を掲げた。その時だった。



 ひっく……。



「はれ? なんか……身体が…………あたまが……ぼーっとしてきひゃった」


 なんだろう。

 身体に力が入らない。呂律も何かおかしいし。

 それに身体が無闇に熱い。目の前も二重に見えた。


「ミレニアさん?」


「ちょっ! お前、その顔……。もしかして酔ってるのか?」


「そ、そんなわけないじゃない……」


 あ。でも酔ってるかも私。


 え? 今さら? いや、激しく動いたことで酒精が回ったってこと。

 ご飯もおいしかったけど、王宮のワイナリーから出てきた葡萄酒も美味しかったしねぇ。

 結局、1人で1本開けちゃったし。


(――って、私飲み過ぎぃ!!)


 私はアームレオンを見上げる。

 すでに魔物は私たちのすぐ側まで迫っていた。


 やばい。私、こんな状態で戦えるかしら。

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