第23話

 肝試しが始まった。

 次々とマレーラが集めた学校組が森の中へと消えていく。

 すると、森の奥から「ひゃああ!」「ぎゃー!」とか悲鳴が聞こえてきた。

 なかなか怖いようだ。


「あれ? ミレニア、顔が真っ青だけど……」


 一緒の組になったマレーラが話しかけてくる。

 ちなみにもう1人はカーサだ。

 2人とともに肝試しを回れるのは嬉しいけど、できればカーサと2人っきりが良かったな。

 それならピクシーのことも話せるし。

 ちょっと強引にカーサと2人っきりになれるシチュエーションを作ろうかしら。


「もしかしてお化けとか信じる方だったりする?」


 マレーラはニヤリと笑う。


「お化け? あはははは……。そんなのいないわよ。ゴーストとか野生動物の見間違いでしょ? 昔偉い人の本に書いてたけど、この世に魔術現象と錯覚で説明できないものはないって書いてあったわよ」


「そ、そう……。へえ、そいつは頼もしいね。ねぇ、カーサ」


「う、うん」


 マレーラはカーサの肩の上に手を置く。

 私の事よりもカーサの方が心配だ。

 どうやら「お化け」というのを信じてるらしい。


 そんなやりとりをしていた、私たちの順番がやってきた。

 どうやら私たちで最後らしい。


「時間だね。行こうか、ミレニア」


「うん。こういうのめっちゃ楽しみ!」


 ワクワクが止まらない感じ。

 お化けとかって、多分ゴーストとか野生動物の見間違いだと思うけど、それでも説明できない恐怖って、やっぱ魅力的よね。

 それに友達と一緒に連んでるってのも、新鮮だし。

 青春してるわぁ……、わたし。


 ただ残念だけど、ゴーストも野生動物も現れない。

 勿論、お化けもだ。ひたすら森の闇が広がっていた。


「そう言えばさ。ミレニア、精霊を連れてないようだけど……」


「えっ? ああ……。実はまだ決めてないのよね。色々目移りしちゃって」


「へぇ……」


「ん? マレーラ、今笑った?」


「――そいつは好都合だ……」


「へ?」


「今だ! 出てこい!!」


 マレーラは突然叫ぶ。

 その瞬間、私の背後の闇が一層より色濃く感じた。


「キャアアアアアアア!」


 カーサの絹を裂くような悲鳴が響き渡る。

 私も立ちはだかった闇の大きさを見て、息を飲む。

 しばし呆然と、ゴツゴツとした岩肌を見つめた。


『ブオオオオオオオオオオオ!!』


 岩肌を纏った闇が動く。

 それは大きな岩石巨人だった。

 巨手を振りかぶって、威嚇する。


「あれ? これって厩舎にいたロックドンよね」


 岩精霊ロックドン。私の背丈よりも大きいけど、これでもまた小柄だ。

 最大のもので、山のように大きくなる精霊もいる。


「もしかして、これがお化けの正体とか? でも、あなた凄いわね。精霊って私を見た瞬間、だいたい逃げ出すのに」


 すると、岩石巨人の岩肌にプツプツと汗が付着する。

 心なしか灰色の岩肌が青くなって見えるのは、森の中に薄らと差し込む星明かりのせいだろうか。


『ブオオオオオオオオ!!』


 突然、岩石巨人は回れ右をすると、私から一目散に逃げてしまった。

 あらら……。やっぱりこうなっちゃうか。

 それにしても、なんで岩精霊なんて突如現れたのかしら。

 基本的に精霊って、人前に出ること何て滅多にないのに。


「ちょ! お前、どこ行くんだよ!!」


 マレーラは慌てて制止するが、岩石巨人は森の闇の向こうに消えてしまった。


「どうしたの、マレーラ? もしかして、知り合いか誰かの精霊?」


「お、おい。ふざけんなよ。精霊が裸足で逃げ出すってどういうことだよ?」


「え? なんか言った?」


 私がマレーラの顔を覗き込むと、何故かすっごい勢いで慌て出した。

 なんだろう。さっきからマレーラの様子がおかしいわ。

 ああ。そうか。

 マレーラ、怖くて気が動転してるのね。

 結構強気な性格に見えて、割と乙女なんだ。


 ふふふ……。ちょっと可愛いかも。


「マレーラ……」


「な、なに?」


「いーこ。いーこ」


 私はマレーラの頭を撫でる。


「ちょ! ちょ!! な、撫でるなぁ……」


 やっぱり怖かったのね。

 マレーラの目に涙が光って見えるわ。


「大丈夫。お化けなんていないから。出てきたら、私が追っ払ってあげるわ」


「はあああああ! お前はさっきから何を言って。あたいは――――」


 何か言いかけたようだけど、自分で口を塞ぐ。

 だいぶ恐怖でおかしくなってるみたい。

 一旦帰って、お医者さんに見てもらった方がいいのかもね。


 私に聖女の力があれば、診てあげることができるんだけど。

 すっかり魔力は空なのよねぇ。


「マレーラ、一旦帰る?」


「ふざけるな! まだやるに決まってるだろ!! 行くぞ!!」


 マレーラは歩き出す。


 行っちゃった。大丈夫かしら随分無理をしてるみたいだけど、あんなに大股で歩いて。

 もしかして、私のためとか。そうか。私に楽しんでもらいたくて、我慢してるのかもしれない。さっきから随分言葉乱暴だけど、照れ隠しなのかもしれないわね。


「じゃあ、こうしましょう」


「お前、何を――――」


「ミレニアさん?」


 私はマレーラとカーサの手を取る。


「これなら安心でしょ」


 手を繋いだまま、私たちは闇夜の森を歩き続けた。



 ◆◇◆◇◆ 密猟者たち ◆◇◆◇◆



 ミレニアたちが肝試し興じる中、森で暗躍する一団がいた。

 すべての人間が武装した集団は、ゼクレアが警戒していた密猟者たちである。

 この時期、新人団員の入団で魔術師師団の官舎付近の警戒が緩む。

 毎年数人の新人団員が酔いつぶれ、王宮の一角で酔いつぶれるなんてこともあって、衛兵たちが駆り出されたりするのだ。


 魔術師師団の風物詩とも言うべき光景なのだが、密猟者たちはその騒ぎを狙っていた。

 彼らの狙いは王宮が管理している精霊厩舎だ。そこには珍しい精霊たちがよりどりみどりらしい。

 精霊は闇市では高値で取引される。珍しいものになれば、云千万というお金が動くと言われている。


「今のところ、警戒されてないみたいだな」


 密猟団の頭目は口端を吊り上げる。


「はっ! 1度探知魔術を使って確認しますか?」


「馬鹿野郎……。ここはもう王宮防衛部隊の探知範囲だぞ。探知魔術なんて放ったら、たちまち怖い師団長様がやって来ちまうだろうが」


「それにしても頭目……。王宮の精霊厩舎を狙うなんて大胆なことを考えましたね」


「侵入手段までバッチしだし」


 団員たちは頭目を称賛するというより、半分馬鹿にしたみたいに気味悪く笑う。

 一方、頭目は自分の頭を叩いた。


「オレもよくわからんのだが、ふと天啓が降りてきたんだよ」


 頭目は少し得意げに話すが、団員たちが信じた様子はない。


 すると、突如近くで悲鳴が聞こえた。

 夜目が利く団員が目視で確認する。

 どうやら密猟団が潜んでいる森に誰かが入ってきたようだ。

 最初は防衛部隊の見廻りかと思ったが、そうではない。


「チッ! 学生か?」


「いえ。魔術師師団の新人隊員でしょ」


「おいおい。肝試しってところか。馬鹿高い学費を払って、魔術学校を卒業できる貴族のご子息様やご令嬢様はなんとも優雅だね」


「どうしますか?」


「ひよっこといっても、見つかったら厄介だ。追っ払うか――――うん」


 突如、頭目は眉を顰めた。

 他の団員たちも変化に気付く。

 彼らの視線の先にいたのは、金糸の入った高そうな黒ローブを着た正体不明の人物だった。


「こんにちは……」


 その声に密猟団はひやっとした。

 一聴、女の声にも聞こえるが、やはり男にも聞こえる。

 中性的といえばいいだろうか。どこか超然とした雰囲気に密猟団は誰も動かない。

 王宮の精霊厩舎を狙いに来た彼らは勿論お忍びだ。

 今すぐにでも、目の前の正体不明の人間を殺すべきなのだが、1歩を踏み出す者すらいない。


 黙っているうちに、黒ローブを帯びた者から近づいてくる。

 フードを目深に被り、目も鼻も見えない。かろうじて顎と口元が見えるだけ。

 何より寒気がするほど、青白い肌をしていた。


「お、お前、何者だ?」


「あらあら……。わたくし、あやしい者に見えませんか?」


「ふ、ふざけているのかよ?」


「ふざけてなんかいませんよ。本当のことを言っただけです」


 黒ローブは口元に手を当て、コロコロと笑う。

 バターのように濃厚な恐怖を振りまいた後、黒ローブは言った。


「ひい、ふう、みぃ……。なかなか手勢ですが、王宮に侵入するには少々戦力が足りませんね」


「はっ? 余計なお世話だ!」


「わたくしが少しばかりお貸しいたしましょう……」


「お貸しって……」


 何を? 尋ねた時、突然土が盛り上がる。

 密猟団たちは目を見張る。すると、飛び出してきたのは人の手だった。

 土のから人の手。さらに言えば、肉も何もない。

 白骨化した人の手だった。


 ここに来るまで極力足音を立てず、森の中を移動していた密猟団の間から悲鳴が漏れる。


 恐怖に震える密猟団を余所に、所謂スケルトンと呼ばれる悪霊たちは盾を握り、武器を構えると、鍛え上げられた軍隊のように整然と並び立った。


「な、なんだこりゃ?」


「おや。お気に召しませんか? 所謂、地獄から這い上がってきた亡者ですよ。とても強いんですよ。何せ地獄で鍛えているのですから」


「お前、何を冗談……」


「さっきも言いましたよね。わたくしは先ほどから真剣だと……」


 頭目が気付いた時には、自分の頭に剣が刺さっていた。

 あっ……、と声を上げたが、それは小さな生の瞬間だけでしかない。

 密猟団たちが騒ぎ出す。

 しかし、驚くべきはここからだった。


 どう考えても即死したと思っていた頭目から声が聞こえたからだ。


『いきなり殺すなよ。人間たちが驚いているだろう』


 暗く、そして威厳のある声。

 明らかに頭目の声なのに、その纏っている空気はまるで違う。


 すると、黒ローブは薄く笑う。

 フードを脱ぐと、左目を漆黒の髪で隠した女の姿が現れた。

 闇夜にぼうと光るような魅力に、密猟団員たちの一部ではぼんやりとする者もいる。


 絶世といっても遜色のない微笑みを浮かべると、嬉しそうに持っていた剣を引き抜いた。

 不気味な音を立てて、頭目の傷口は治っていく。

 瞬間的な再生能力は、聖女の力を使ったミレニア以上だった。


「ごめんなさい……。1度やってみたかったのよ」


『相変わらずだな』


「あなたがそう作ったんでしょヽヽヽヽヽヽ


『私が作ったのは、肉体と魂だけだ。性格パーソナリティについては私の領分ではない』


「そんなことより、どういたしますか? ビックリしてますよ、彼ら」


 女は逃げもせずただ呆然としている密猟団たちの方を見つめた。

 うっとりとした微笑みを忘れてはいない。

 しかし、次に出てきた言葉は非常に冷酷であった。


『殺せ……。彼らはここまでだ』


 瞬間、スケルトンたちが動く。

 一斉に密猟団に襲いかかった。

 悲鳴を上げたが、森の闇がそれらを吸い尽くす。

 気付いた時には、スケルトンに加えてアンデッドまで増えていた。


「お友達が増えて良かったわね」


 女は目を細める。

 一方、頭目の方は以前険しい身体をしていた。


『聖女はどこだ?』


「慌てな~い。慌てな~い。聖女の出番はもっと後よ。今はお仕事が先でしょ」


 しかし、頭目だった男は耳を傾けない。

 手を掲げると、そこから黒い塊のようなものがうねうねと出てくる。

 それは異形の獣が現れた。


『いけ!』


 指示を出すと、獣は闇の中に消える。


「そんなことをしなくてもいいのに」


『あれに食われるぐらいなら、聖女もたかがしれる』


「かもね」


 軽く返すと、女と男はスケルトンを伴い、精霊厩舎の方へと向かうのだった。



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