第22話

 はあ……。ひどい目にあったわ。


 こう言うとルースには失礼だとは思うのよ。

 でも、ルースと踊ってから次々と男の子たちがダンスの相手に立候補するわ、女の子からはドレスや化粧について聞かれるわでとにかく大変だった。


 おかげで、まだ親睦会も半ば過ぎた頃合いだというのに、私はげっそりとやつれていた。


 親睦会で友達作るぞ、と意気込んではいた。

 何せ今私には友達と言える人間はルースとヴェルぐらいなものだ。

 花の学生生活を一足飛びで飛び越え、軍人になってしまったからには、せめて仕事場の交友関係を増やしておきたい。


 そしてお泊まり会とかして、恋バナをするのだ!


 そのためにも、いつまで項垂れているわけにはいかない。

 先ほどは、集まってくる人に戸惑っていて自己紹介どころではなかったけど、ここから挽回しなくちゃ。

 友達を探すためにも、まずは腹ごしらえだわ。


「うまい!!」


 私は骨なし鶏粉チーズ揚げの外はカリッと、中はジュワッとジューシーな鶏肉の旨みに舌鼓を打ち。燻製イクラと熟成トロの海鮮丼に、黄身が濃厚と有名なシチミ鳥という魔獣の卵を載せていただいたり。朝摘みの果物をジュレにした三層ケーキを、ジャンヤーニュの冷涼な気温に耐え、そこで降る天の恵みを飲み干し、厳選に厳選を重ねた葡萄だけで作った果実酒を飲んでいた。


 田舎料理も素朴で美味しかったけど、王宮の料理はさすがね。

 素材の美味しさ、森や川が近いアスカルド領の方がいいけど、料理人の腕が違うわ。巧みに調味料を使いながら、繊細な味を演出してる。素晴らしいの一言に尽きるわ。


 でも、今日の私ってなんか食べてばかりのような気がする。

 ま、いいか。


「ねぇ。2人ともそんなところにいないで、こっち来て食べたら」


 私が手招きしたのは、ルースだ。

 そしてその横で妖精のように佇んでいたのは、ヴェルだった。


 いつもふわふわした朱色の髪をサイドテールにしてまとめ、口元はちょっと大人な感じで淡い桃色のリップが光っていた。足元のヒールは長めでも苦もなく履いている。さすが侯爵家の娘さんだ。

 最大の特徴は、まるで黄色く大きな花びらを集めたようなデザインのワンピースだった。


 華やかでいながら、ヴェルの可愛さも損なっていない。

 本人に聞いたら、子どもっぽいって不満顔だったけど、私はとてもいいと思う。


「いいわよ。あんたの食欲を見てたら、こっちの食欲がなくなってきたわ。着ているドレスが泣くわよ」


 ヴェルはやれやれと首を振る。


 初めてヴェルが私を見た時、すぐに私とわからなかったらしい。

 それほど、私はうまく化けることができたということかな。

 サビトラさんに感謝だ。


 それにしても、ドレスはあまり慣れない。

 前世で着ていても、変な感じがする。

 髪も上げているから、首がスースーするし、頭の重心が変わって終始頭を引っ張られているような感じがする。


「全く……。ルースとダンスを踊っていた時は、どこの王女様が踊っているのかと思ったわよ」


「えへへへ……」


「なのに、いきなり肉は食うわ、お酒は飲むわ。見なさい、さっきまでの取り巻きが白波が引くように消えていったわよ」


 ヴェルが指摘する。

 全然視線を感じないと思ったら、いつの間にか集まっていた野次馬の姿が消えていた。

 あんなにいたのにどうして?

 ご飯を元気よく食べていただけなのに。

 それが悪かったの?

 まあ、ご飯が美味しすぎて夢中で食べていた私が悪いんだけど。


 ガーン!


 しまった。

 ここからお友達として親交を温める計画が台無しだわ。

 友達100人とは言わないから、6人ぐらい計画が……。


「ミレニア、大丈夫?」


「食べ過ぎて、胃当たりでも起こしちゃったんじゃない?」


「だ、大丈夫。ありがとう、ルース、ヴェル」


「別に感謝されるようなことは言ってないけど」


「相変わらず変な娘ね、あんた。でも、今日ぐらい大人しく猫を被っておきなさいよ。折角綺麗な化粧が台無しよ」


「はいはい」


 まあ、腹ごしらえはこれぐらいにしようか。

 そろそろピクシーに頼まれた新人団員を探さないと……。


 私は会場の見渡す。

 その時、ちょうど厩舎で出会ったカーサという新人団員を見つける。

 しかも、数人の新人団員を伴って私の方へと近づいてきた。


「こんにちは。……あなたたち、飛び級の生徒でしょ?」


 ウェーブがかった茶色の髪の新人団員が手を上げて、質問してくる。

 背後にはもう3人いて、そのうちの1人にカーサが混じっていた。


「あたいの名前はマレーラよ。後ろにいるのは、友達のスーキー、ミルロ、そしてカーサよ。よろしくね」


 いきなり手を差し出す。

 悪い人ではなさそう。もしかして飛び級組が隅っこで暇そうにしてるのを見かねて声をかけてきてくれたのだろうか。


 私は手を取ることにした。


「よろしく、マレーラさん」


「マレーラでいいわ。年は違うけど、同じ新人同士だし」


「そう? じゃあ、私もミレニアでいいわ」


「え? あんたがミレニアか。聞いてるよ、入試が満点だったんだって?」


 うげっ! 私の噂ってもう知られてるんだ。

 どうやら魔術師師団に来ても、目立つのは変わらなさそうね。


「後ろの2人も知ってる。確かちっこいのはバラジア家の『炎の魔女』だよね」


「ちっこいは余計よ!!」


 ヴェルはガルルルと喉を鳴らして吠える。


「そっちの色男もね」


「ルクレス・リン・ファブローだ。ルースでいいです。よろしくお願いします」


 ルースはわざわざ頭を下げる。


「礼儀正しくていいね」


「で? あたしたちに学校組がなんか用?」


 ヴェルが質問すると、一瞬マレーラの眉宇が動く。


「実は、あたいは学校組の中ではちょいと知られていてね。知り合いを集めて、飛び級組とちょっとした余興でもやろうかって思ってるんだ」


「余興??」


「こういう親睦会ではよくあるヤツだよ」



 肝試しってヤツだ。



◆◇◆◇◆



 親睦会が終わり、腹ごしらえも終わった。

 本日は無礼講ということで、厳しい官舎の門限もない。

 朝まで新人同士、語り明かせということなのだろう、と私は勝手に解釈した。


 マレーラの誘いを受けて、私は精霊厩舎近くの森に集合する。

 夜の森というのは、無条件で不気味だけど、精霊厩舎が近くにあるというだけでそのイメージを何倍増しにもしていた。


 でも、私の胸は真っ暗な森を見ながらも、弾んでいた。


 実は肝試しというのが初めてだったからだ。

 そもそも年の近い人間とこうして遊びのために森に入ること自体、初めてだった。

 聖女だった頃は、遊ぶ間もなく仕事ばかりしていた。それこそ寝る間を惜しんでだ。

 移動する度に人が付いてくるし、1人になる時間すらなかった。

 なのに、勇者や王子は私に隠れて夜の遊――――思い出したら、別の意味でドキドキしてきたわ。


 けど、過ぎたことは仕方がない。

 年上のお姉様方のリードというのもいいだろう。

 いつも私がリードする側だったからね。


「あ。いた。いた。マレーラ」


 私が手を振ると、マレーラは手を振った。

 他の新人団員たちも手を振る。

 うん。なんか青春って感じがする。ちょっと泣けてきた。


「おう。よく来たね、ミレニア。こいつら、うちの仲間だ。ミレニアだよ、よろしくな」


 肝試しには親睦会に参加できなかった新人団員もいて、私は次々と自己紹介を受ける。

 みんながみんな、陽気でとても良い人みたいだ。

 その中にあのカーサの姿も発見して、手を上げると、軽く会釈してくれた。


 まだピクシーのことは話せていない。

 できれば2人っきりの時に説明した方がいいと考えてる。

 だけど、なかなか機会がない。

 いつもマレーラか、スーキー、ミルロが側にいるからだ。

 見た目は割とあべこべな感じなのに、随分と仲がいいらしい。

 やっぱり羨ましいかもしれない。


「おや、他の2人は??」


「それが官舎に帰っちゃって……。誘ったんだけど」


 ヴェルも、ルースも肝試しに行こうと言ったんだけど、2人とも断られてしまった。

 すでに官舎に帰っている。

 ヴェルは午後9時までに眠るのを習慣にしてるらしい。

 まるで子どもみたいっていうと、すっごく怒られてしまった。

 夜更かしすると、背が伸びないと思っているようだ。

 ルースの方というと、家族に手紙を書かなければならないらしい。


 そういうわけで、飛び級組は私1人の参加となったのだ。残念。


「ごめんね、マレーラ。折角誘ってくれたのに」


「ミレニアだけでも参加してくれたんだから嬉しいよ。さあ、仲間を紹介しよう」


 そう言って、マレーラはポンと私の背中に叩く。

 優しいなあ、マレーラ。

 私には2人の姉がいるけど、それとはまた違う空気を感じる。


 肝試しを通じて、いい友達になれればいいな。



 ◆◇◆◇◆



 夜分の執務室で、隊員の報告を受けていたのはゼクレア第一魔術師団師団長だった。


 癖ッ毛の頭に軽く手を置きなら、ブラウンの三白眼を動かして報告書を読んでいる。

 それを見ていたのは、まだ若い隊員だ。

 しかし、目の前の師団長とそう変わらないだろう。

 ゼクレアは20歳にして第一魔術師師団長に抜擢された才人。

 今度入ってくる学校組の新人と比べても、わずか2歳しか違わない。


「なるほど。わかった」


 執務机を挟み、緊張した面持ちの隊員はひとまずホッと息を吐いた。

 ゼクレアは報告書を一旦置き、脇に置いた珈琲に手を伸ばす。

 すっかり冷めていたが、乾いた喉にはちょうどよかった。


「王都に密猟団か……。命知らずどもめ。ここが俺たち魔術師第一師団の庭だと知っているのか?」


「どうされますか?」


「無論、殲滅だ」


 ゼクレアは静かに宣言した。

 静かな宣戦布告とも取れる言葉に、隊員の息が詰まる。


「まずはアーベルの第二師団とも情報共有する。王都に潜伏しているなら、あっちの管轄だからな。一応第六師団のロブに報告しておいてくれ」


「了解です」


「それと王宮と精霊厩舎の警邏人数を増やす。プランCだ」


「プランC……。王宮他の建造物が狙われている場合のシフトですね。了解です」


 隊員が敬礼する。

 出て行こうとすると、窓の外から笑い声が聞こえた。

 何事だとゼクレアが窓の外を覗く。

 若い隊員が官舎で酒の杯を片手に盛り上がっていた。


「そうか。今日は親睦会か」


「どうします?」


「新人どもに悪いが、官舎に引き上げさせろ」


「仕方ないですね。わかりました」


 隊員が執務室を辞す。

 ゼクレアは窓の外を見続けていた。

 騒いでいる新人たちを見て、昔の自分と勇者アーベルを重ねる。


 例の事件以来、アーベルは職場復帰できていない。

 本人は元気なのだが、政治側の許可が下りない。どうやら実技試験の騒ぎについてリークした人間がいるらしい。

 そのため、今総帥代理はゼクレアが務めている。


「あいつがいない間に問題を起こすわけにはいかん。いざとなれば……」


 ゼクレアは鋭い三白眼を窓の向こうに突きつけるのであった。

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