第21話

◆◇◆◇◆



 新人団員だけのレクリエーションがすでに開始していた。

 テーブルにたくさんの料理やスイーツ、なんとお酒もある。


 会場にいるほとんどの団員が、魔術学校から上がってきた人間。

 だいたいが年上で、顔見知り同士なのだろう。

 始まったばかりだというのに、すでに顔を赤くしながら、「乾杯」の声を上げて盛り上がっているグループもいた。


 1時間ほど遅れたのだから、宴もたけなわといったところだ。


 会場の扉をくぐると、ふとそんな騒がしい会場が氷の魔術を打ち込まれたみたいに静かになる。会場の真ん中ではダンスが行われ、貴族の子息や子女の肩書きを持つ魔術師団の新兵たちが踊りを披露していた。プチ社交界みたいなものだろう。


 しかし、そんな会場に華やかな音を奏でていた指揮者の手が止まる。

 皆も固まっていた。

 そして何故か、しずしずと会場入りする私の方を見ている。


 あ、あれ? なんか思っていた反応と違うような……。

 そんなに私の恰好がおかしかったかなあ。

 それにしても、やっぱりみんなドレスやタキシードだ。魔術学校の制服もチラホラってところかしら。


 良かった。結果的にドレスを着て来て正解だった。

 私服のまんまだったら、きっと別の意味で目立っていたはず。

 ドレス姿なら、みんなと一緒よね。


 今世では私は目立った行動はしない。

 今の私はそれができている。そう思っていたのだが、やっぱり視線が刺さる。


 あれれ~?? やっぱり何かおかしい。

 どうしよう。もしかして私、また粗相した。

 ごめんなさい。私、貧乏子爵家の出なんです。

 馬車で何日とかかる辺境の田舎娘だから、色々と規則とかよく知らないんです。

 許して。ごめん。


 会場のど真ん中で途方に暮れていると、不意に手を取られた。


 銀髪を後ろにかき上げた長身の青年だ。

 オーソドックスな紺の上着に紺のパンツ。上着の下は真っ白なワイシャツで、同じく紺色のジレを合わせている。タイは赤を基調に、少しめでたさを演出したかったのか、金のストライプが入っていた。


 誰? と一瞬惚けてしまったけど、トパーズのような淡い青色の瞳を見て、ピンと来た。


「ルー……」


「こんにちは。お嬢さん。どうか僕と1曲踊ってくれませんか?」


「へ?」


 これって、多分だけどルースよね。

 あれ? もしかして、私って気付いてない?


 すると、ルースは顔を上げて、ニコリと笑った。

 私を安心させるためにだ。

 なんだ。そういうことか……。


「では、1曲……」


 私はスカートの裾を広げて、頭を垂れる。

 ルースは私の手を取ったまま、ダンスホールの真ん中へと誘った。

 所定の位置に付くと、ルースは手を上げる。

 思い出したように指揮者は、譜面を捲った。

 その間に、私はルースに白状する。


「実は私、ダンスが苦手で」


 てへへへ、と笑うとルースはいつも通り柔らかく笑った。


「大丈夫。僕がリードするから」


 声が頼もしい。さすがはルースだ。


 指揮棒を振り下ろされると、華やかな曲が流れ始める。

 先ほどまで私とルースの方を見て固まっていて男女も、思い出したかのように踊り始めた。


 自分から言い始めただけあって、ルースはさすがだ。

 きちんと私をリードしてくれる。苦手といっても、それなりに勉強してきた私だが、言われるままルースのリードに委ねた。


「よく私ってわかったわね、ルース」


「最初は驚いたけどね。だけど、親睦会の会場で惚けている姿を見たら、『あっ。ミレニア』だって」


「な、何よ、それ」


「ごめんごめん。それにしても、その恰好は?」


「え? ま、まあ……。色々あってね」


 ルースには自分がアーベルさんと会っていることは話していない。

 いつもアーベルさんに会いに行く時は、騎士団にいる兄に会ってくると話していた。


「へ、変かな?」


「全然……。とても似合ってるよ、ミレニア」


 キュゥ、と音を立てて血が上ってくるのがわかる。

 ルースの青い瞳を見ると、真っ赤な自分が映っていて、それがまた恥ずかしかった。


 やっぱりルースみたいにカッコいい男の子に「可愛い」なんて言われると、さすがに気が動転してしまう。前世の時も似たようなことがあったけど、それとはまた違う印象だ。前世ではあくまで〝聖女〟としての私を評価した言葉だったからだろう。


 でも、今は違う。

 いつもより着飾っているけれど、ミレニア・ル・アスカルドとして見てもらっていることは間違いない。

 これもサビトラさんがいった着飾ることによるコミュニケーションの力なのかしら。

 さすができる人は違うわねぇ。今度からサビトラ(心の)師匠と言わせてもらおう。


「ルース、ありがとうね」


「僕は思ったことを口にしただけだよ」


「そうじゃなくて、私をダンスに誘ってくれたことよ。浮いていた私を親睦会の空気に馴染ませようとしてくれたのよね。助かったわぁ。遅刻してきたからかしら。目立ちゃって困ってたのよ」


「……それは今もそうだと思うけど」


「へ?」


 私はダンスをしながら、周囲を窺う。

 いつの間にやら、ダンスホールでは私とルースだけになっていた。

 さらに人が先ほどよりも集まり、人垣を作って私たちを囲んでいる。


 え? 何、これ?


「すごい綺麗……」

「あのご令嬢はどこの公爵家の方だ?」

「男の子の方も可愛いけど、女の子も可愛い」

「あの瑠璃色のドレス、素敵ねぇ」


 男女問わず、溜息が聞こえてくる。

 ルースだけじゃない。しっかりと私のことを指す言葉まで聞こえてきた。


「あわわわわ……。ルース、おかしいわよ。なんか私、褒められているんだけど」


「みんな、正直なことを言ってるだけだよ」


「いや、でも――――」


 やばい。

 これ、まためっちゃ目立ってない?

 違うの! こういうことじゃないの。


 誰か! 誰か曲を止めて~!




 悲痛の悲鳴を上げるミレニア。

 この日のことは、後に伝説の親睦会として語り継がれるのであった。

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