第26話

「ゼクレア師団長!」


 声を上げると、ゼクレア師団長の三白眼が魔物から私へと向けられる。

 夜だからだろうか。あるいは魔物を倒した後でまだ殺気立っているのか。

 睨まれると、私は反射的に後ろに下がってしまった。


「またお前か、ミレニア」


「むかっ! またお前ってどういう意味ですか!?」


 私をトラブルメーカーみたいに言わないでほしいんですけど。


「答えるまでもない。胸に手を当てて考えてみろ」


 は・ら・た・つ・~。


 信じられない! 別に私はここでマレーラと肝試しを楽しんでいただけで、アームレオンと遭遇したのは、全くの偶然なのに。


(偶然??)


 あれ? アームレオンをはね除けるだけで精一杯だったから忘れていたけど、どうしてAランクの魔物がこんな王宮の近くの森にいるのかしら?


 とてもじゃないけど、マレーラたちが使役していたとは思えない。

 いくら魔力増幅器が使われていたとしても、相当な魔獣使いでなければ、アームレオンなんて扱えないはず。勇者クラスとはいかなくとも、師団長クラスの実力が必要だろう。


 まさかゼクレア師団長が……。いや、それはないか。


「詳しい事は明日聞く。お前たちひよっこは官舎に戻れ、今すぐにだ」


「ゼクレア教官、何が起こっているんですか?」


「…………」


「私たちはひよっこと言っても、軍人です。状況を伝え聞く権利ぐらいはあるんじゃないですか? それに私たちはすでに巻き込まれた側です。何か情報共有できることがあるかと思いますが」


「まったく……。お前は――――」


 ゼクレア師団長は1つ息を吐くと、私たちの方に向き直った。


「……王都内に密猟団と思われる一味の目撃情報があった」


「密猟団?」


「ああ……。精霊を生業とするな」


「精霊! じゃあ、密猟団の目的って……」


「おそらく精霊厩舎の中にいる精霊だろう」


「そんな……!!」


 息を呑んだのは、カーサだった。顔がみるみる真っ青になっていく。

 私には彼女が何を考えているかわかる。

 きっと今、あの片羽根のピクシーのことを考えているのだろう。


 密猟団に攫われれば、カーサは一生使い魔を選ぶことができないかもしれない。


「私、精霊厩舎へ行きます」


「落ち着け、ミレニア」


 ゼクレア師団長は私の腕を取る。


「何故ですか、師団長? 密猟団の考えは明白です。こちらで騒ぎを起こし、私たちの目を森の方に向ける。その間に精霊厩舎を強襲するという手はずなのでは?」


 進言すると、ゼクレア師団長は「ほう」と声を上げた。


 私は元聖女だけど、聖女だからって戦いに疎い訳じゃない。

 狡猾な魔族と戦いによって、戦術眼も磨かれてきた。

 これぐらいの陽動作戦、見抜くぐらい訳ないのだ。


「さすがは首席か。お前の言う通りだ。あいつらの狙いは陽動だ」


「なら、ゼクレア師団長がここにいるのはまずいのではないですか? 今すぐ精霊厩舎に行って、守りを固めるべきかと……」


「ひよっこ程度が考える戦況を、俺たち師団長が考えないと本気で思っているのか?」


 ゼクレア師団長の三白眼が、私の身体を捉える。

 ぞくっとするぐらい冷たい瞳。これが私の上司かと思うと、ごくりと息を呑んでしまった。


「お前が案じることはない。すでに精霊厩舎はお前たちの先輩と、第二師団が固めている」


「第二師団……。アーベル師団長が」


「ああ。それだけ固めていれば、密猟団も近づけまい。逆にこちらが罠にかけて、あいつらを捕まえてやるつもりだ」


 ゼクレア師団長は自信満々に宣言する。

 その頼もしい宣言を聞いて、マレーラたちは「さすが、師団長だ」と嬉々とした声を上げた。

 カーサも嬉しそうだ。ホッと胸を撫で下ろす。


『それはちょっと楽観的過ぎないかな?』


 空気が緩む中、また謎の声が聞こえた。


(またあの声!? ちょっと! 本当にあなた、一体何者?)


『君も薄々気づいているんだろ?』


『それよりもミレニア、ちょっと大変なことになってるかもしれないよ』


 私の名前まで……。本当にこの声は一体……。


(大変なこと?)


『考えもみなよ。密猟団は王都に潜入してくるまで、国の魔術師に探知させなかった相手だよ。今日を選んだのも、新人の親睦会があって、宿舎の門限がないことを知っていたからだろう。つまり、相手はとても慎重な人間だってことさ』


(ふむふむ。それで……)


『そんな密猟団が、こんなありきたりな陽動をすると思うかい? 王都に入るのはともかくとしても、王宮に入れば屈強な騎士団や近衛、さらに魔術師師団がいるんだよ』


「たしかに……」


 私は反射的に頷く。

 不信に思ったゼクレア師団長が目を細めた。


「ミレニア、お前……、誰と話してる。それにお前、顔色が悪いぞ」


 問いかけられるも、私は謎の声に耳を傾け続けた。

 話を聞き、次第に私にも声が言いたいことが少しずつ掴めてきたからだ。


(じゃあ、密猟団の目的は何?)


『この場合、密猟団っていう認識を改めた方がいいかもしれない。つまり、彼らの目的が精霊厩舎以外にあると考えれば、割とすんなり答えは出てくるんじゃない』


「彼らの目的……」


 私はハッとなって顔を上げた。

 闇夜に同化するように佇んでいたのは、尖塔だ。

 ローデシア王国が誇る5つの尖塔。

 それが星の空に手を伸ばすようにして、静かに佇んでいた。


「まさか――――」


 直後、爆音が聞こえた。

 同時に赤い火の手が見え、爆煙が夜の帳に墨でも塗るように点に上っていく。


「密猟団か?」

「いや」

「おかしいぞ。あっちは精霊厩舎じゃない!」


 マレーラは叫ぶと、カーサは身を竦める。


 驚いていたのはゼクレア師団長も一緒だ。


「なっ! あっちは騎士団の官舎がある方だぞ。まさか――――」


 珍しく息を呑む横で、私は謎の声を聞く。


『精霊厩舎も、アームレオンを解き放ったのも、そして今の爆発もおそらく陽動だ。多分、彼らの目的は最初から1つ……』


 私はその声を聞き終わる前に、ゼクレア師団長に振り返っていた。


「師団長!! 相手の目的は国王です!!」


 宣言するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る