第16話

「魔術師第二師団入団の栄誉。誠に申し訳ありませんが、辞退させていただきます」


 え? ヴェルちゃん、なんで??

 辞退するって、第二師団入団を?

 ……ん? いや、待てよ。そうか。その方法があったか。

 てっきり強制だと勘違いしていたけど、入団を辞退すればいいんだ。


 でも、待て待て。落ち着け、私。もし辞退した場合、魔術学校に入学できるのだろうか。試験で満点取っても、今辞退したら魔術学校入学も取り消されたりする?

 いや、それなら来年また受験すればいいし。


 ただうちは貧乏貴族だから再試験なんて受けさせてくれないだろうし。

 いっそ冒険者でもやって、自分で稼ごうかしら。

 などと1人考えていると、ゼクレア教官とヴェルちゃんのやり取りは続いた。


「どういうことだ、ヴェルファーナ・ラ・バラジア。お前がバラジア家で『炎の魔女』と喚ばれていることは知っている。よもや古き魔術師の家系であるバラジア家の娘が、軍人になることに臆したなどと言うまいな」


 ゼクレア教官の口調は、小さなヴェルちゃんを前にしても変わらない。

 容赦なく大人の、そして軍人としての厳しさを突きつけてくる。

 対するヴェルちゃんも立派だ。「臆する」素振りすらみせることなく、ゼクレア教官の言葉を受けると、苛烈に燃え上がる緑色の瞳を教官にぶつけた。


「教官。……あたくしはそのバラジア家の娘として、ここに立っているのです。『臆する』ことなど微塵もありません」


「では、どうして『辞退する』などというのだ」


「あたくしがバラジア家の娘だからですわ」


 ヴェルちゃんは自分の薄い胸を叩く。


「教官も知っている通り、バラジア家は古の時代より魔術師として国と民に仕えてきました。しかしここ数代、当主においてはそのお役目を果たせるほどの逸材は現れず、ついにあたくしの姉は魔術学校に落ち、そのまま家を出て野に下りました」


「何が言いたい?」


「人は言います。『バラジア家は落ち目だ』と……。あたくしはその名誉を回復させるために魔術学校の試験を受けに来ました。しかし、結果――――」


「第二師団では不服というのか? 第二師団とて、受験生が飛び級で入団することは稀なことなのだぞ。あの馬鹿がおかしいだけだ」


 ちょ! 今、馬鹿って言った??


「第二師団に入れることは大変名誉なことだと考えています。それでも……それでも、あたくしは1番にこだわりたい。いえ……。あたくしが今から紡ごうとするバラジア家の歴史に、2番なんてあり得ない。悔しいですが、ミレニア・ル・アスガルドは逸材です。師団にとってもイレギュラーと言えるでしょう。でも、たとえイレギュラーだとしても、それを超えられなければ、あたくしが努力を怠っていただけのことです」


「ヴェルファーナ……。正直に答えろ。お前がそこまで1番にこだわるのは、お前のうちの長女――天才と言われた先代の『炎の魔女』の悪評を払拭するためか」


 ヴェルちゃんはぴくりと肩を震わせる。

 グッと奥歯を噛んで、何かを堪えているように見えた。


「姉は関係ありません」


 その一言を言うのが精一杯という顔をして、ヴェルちゃんは答えを返す。

 口の端に宿った感情には怒りよりも、憎しみのようなものを感じる。

 あの小さな身体で、ヴェルちゃんはきっと大きなものを背負っているのだろう。


 天才といわれたヴェルちゃんのお姉さん。

 あれ? でも、さっき魔術学校を落ちたって言ってなかったっけ?

 別のお姉さんかしら。


「そうか。だとしても、お前の意見は受け入れられない」


「何故ですか!? 魔術師師団にそんな強制力は……」


「ああ。そんな強制力はない。辞めたいなら辞めるがいい。……ただお前は1番にこだわりたいと言った。仮にお前が来年も受験し、1番になれたとする。だが、ミレニア・ル・アスガルドがいない1番に何の意味があるのだ?」


 ヴェルちゃんは大きく目を広げる。問いに対して答えることができず、そのままゼクレア教官は喋り始めてしまった。


「第二師団入団を決めさせたお前の実力と、この場で『辞める』といった矜恃だけは認めてやる。だがな、ヴェルファーナ。そうやって数字を並べたところで、お前がミレニアに負けたことは変わらん」


「それは――――」


 声を震わせながら、ヴェルちゃんは何か言おうとしたけど、やはり反論はできなかった。


「1年後、お前がまた入団を許されるかもしれない。その時、お前は新兵。しかし、ミレニアは1年後、どうなってるか俺にもわからん。そんなミレニアを一生追いかけるつもりか? それともミレニアを無視して、自己満足の1位という勲章を掲げ続けるつもりか?」


 ヴェルちゃんはずっと張っていた肩を落とす。

 その瞳には失望がありありと現れていた。


「教官、あたくし――――――」


「あの~。私も辞退したいんですが……」


 私は手を上げた。


 ヴェルちゃんと教官のやりとりをずっと眺めていた受験生たちは、1つ息を呑んだ後。


『ええええええええええええええええええええ?????』


 大きく声を張りあげた。


 これにはヴェルちゃんも、ゼクレア教官も驚いた様子だ。

 2人とも見たことないほど、顔を歪めて固まっている。


「ちょ! あ、あんた! 何を言ってるのよ」


「ミレニア、お前まで何を言っている?」


 先ほどまで凄い剣幕で睨み合っていた2人が意見を共にする。

 何だかそれがおかしくて、ヘラヘラと笑っていると、気に触ったのか2人から睨まれてしまった。


「えっと……。2人の話を聞いて、辞退するのは自由だと聞いたし。それに、ヴェルちゃんがいない魔術師師団に入っても何の楽しみもなさそうなので……。だから、私も辞退します」


 いやぁ、辞退したら何かペナルティでもあるのかと思ったらそうでもないし、来年の受験費用はこのまま王都に留まって、自分で貯めればいい。

 そして、もう1回受験をやり直す。

 今回のことで要領はわかったしね。今度こそ普通の点数を取って、普通の魔術師に私はなるのだ。


「ちょっと! あんた!! もしかして……、もしかしてだけど、まさかあたしのためとか言うんじゃないわよね」


「半分は自分のため。半分は……そうね。友達のためかも」


「ふざけないで!!」


 ヴェルちゃんはついに怒鳴る。

 まるで怒った猫みたいに「フー」と息を吐いていた。


「別にふざけてなんかないわ」


「はあ?」


「だって私が辞退して、来年もヴェルちゃんと一緒に受験したらまた競い合えるでしょ。その時にヴェルちゃんが私に勝てば、納得の1番になれるじゃない」


「え? えっと……。待って……。ごめん。あんたが何を言ってるかわかんなくなってきた。それをして、あんたにメリットがあるの?」


「メリット……。メリットねぇ」


 私が自分の利益だけで行動できていたら、もっとマシな人生だったのかしら。

 勇者に政治を譲らず、自分で国を治めていたら、火刑に処されることも、子どもに石を投げられることなかったのかしら。

 でも、私はなんという……メリットがあることが自分の利益になるとは思えないのよねぇ。


「わからない」


「は? あなた、本当に馬鹿なの?」


「かもね。馬鹿だから、3回も殺されるのかも」


「え? 今、何て言ったの?」


「こ、こっちのことよ。……でも、強いて言うならまたこうしてヴェルちゃんと一緒に受験ができる。それが私にとっての最大のメリットかもしれないわね」


 大きく綺麗な緑の瞳に、子どもみたいに歯をむき出した私が笑っていた。

 心なしかヴェルちゃんの頬が赤く見える。

 やっぱり可愛いわぁ、ヴェルちゃん。


「ミレニア! お前、何を言ってるんだ!!」


 そう言えば、まだゼクレア教官がいたこと思い出した。

 振り返ると、鬼の形相で立っている。

 言い訳を考えていると、声が聞こえた。


「なるほど。そういうことか」


 怖い教官の前に立ちはだかったのは、ルースだった。


「ゼクレア教官、僕も辞退します」


「はあ?? ルクレスまで。何を言って」


「ミレニアと同じ理由ですよ。魔術師師団に入っても、2人がいないと張り合いがなさそうなので。だから、僕も来年受験しようと思います」


 ルースは天使のように微笑む。

 ゼクレア教官は完全に固まってしまった。

 すると、「クスリ」と笑う声が聞こえる。


「ゼクレア、君の負けだ」


「折角の逸材をここで逃すのは、魔術師第一師団の師団長としてどうかと思うがね」


 やってきたのは、ゼクレア教官と同じ法服を着た2人の教官だった。

 確か1人はアランっていう試験で出会った教官だ。

 もう1人――眼鏡をかけた教官の名前は知らないけど、試験会場でチラチラ見かけた。


「アラン。ボーラまで」


 2人の教官は演台に上がってくる。

 ゼクレア教官以外の教官――しかも魔術師師団長の登場に、また受験生たちが騒ぎ始めた。

 そんな騒ぎを横目に、アラン教官とボーラ教官は私たちの方を向いてニコリと笑う。

 最初に口を開いたのは、アラン教官だ。


「ヴェルファーナさん。君は何故第2師団に選ばれたのかわかるかい」


「それは……。あたくしが2位で、ミレニアが第一師団だったから」


 雪のような真っ白な髪に、不思議な青みがかった銀色の瞳。

 まだ戯けない表情を残していて、他教官と肩を並べているのが異質なほど若く見える。

 異性とは思えないほど、白い肌は本当に天から降りてきた天使のようだ。


 その美貌に圧倒されながら、答えを返すヴェルちゃんもさすがだった。


「違うよ。他の教官は成績で決めたりするけど、僕は成績で決めたりはしない。ちゃんと適材適所を考えて配置する。君を第二師団にすることに決めたのも、僕だ。それは君がバラジア家の侯爵令嬢だからでも、『炎の魔女』だからでもない。……ヴェルファーナさん、僕たち第二師団が守るところはどこかな?」


「王都ですか?」


「そうだ。特に王都の制空権だね。城壁を越えてやってくる竜騎士や魔術師への対応が僕たちの仕事だ。空は広い。加えて障害物がない。だから四方八方から敵がやってくる。それ故に、魔力量が多く、また広域魔術に長けた魔術師が選ばれる」


 なるほど。

 ヴェルちゃんの魔力量は私から見ても凄い。底なしってことはないだろうけど、空戦は昔から長期化することが多く、継続戦闘能力が求められる。


 そしてヴェルちゃんの炎の魔術は、広域殲滅を主とした魔術が多い。

 逆に王宮を防衛する第一師団は、ヴェルちゃんのような攻勢を得意とする魔術師は不得手だ。王宮を維持しつつ、防衛と器用さに秀でた魔術師が重宝される。


 確かにヴェルちゃんの第二師団入りは理に叶っていた。


「これで納得してくれただろうか。……それを踏まえて、もう1度我が団に入団することを考え直してほしい。僕には君の力が必要だ。ともに国の空を守ろう」


「…………か、考え違いをしておりました。あたくしは自分の未熟さばかり気になって、教官たちの深い思慮を理解することを怠っておりました」


 ヴェルちゃんはゼクレア教官の方を向くと、頭を下げた。


「ゼクレア教官、申し訳ありません。あたくしが浅はかでした」


「……別に気にしてはいない。自分のことしか考えられないのは、若いヤツの特権みたいなものだからな」


「ぷっ! それって、自分が若くないって言ってるみたいじゃないか、ゼクレア」


 アラン教官が吹き出すと、側のボーラ教官も腰を折って笑った。

 ゼクレア教官は顔を真っ赤にしながら、反論する。


「うっせぇ! ――――で、どうすんだよ、ヴェルファーナ?」


「願わくば、先ほどの言葉は撤回させて下さい」


「わかった。……アレンは優秀な魔術師だ。そこで鍛えてもらって、リベンジしろ。お前はまだ若い。チャンスはいくらでもある」


 期待を込めるようにヴェルちゃんの肩を叩いた。


 一方、アランさんはヴェルちゃんの小さな手を取る。

 この手からあの強烈な魔術が解き放たれると到底思えない、未成熟な手だ。

 それをアランさんはまるで英雄譚に出てくるように、甲にキスをした。


「おめでとう、ヴェルファーナ。そしてようこそ第二師団へ。君を歓迎するよ」


「……は、はい。よろしくお願いします」


 キャアアアア!! いいわ! いいわね。

 小さな女の子と、王子様みたいな教官の誓いのキス。

 ヴェルちゃん、めっちゃ顔を赤くなってるし。可愛い。眼福だわ。ご飯何杯でも食べれそう。


 やっぱり美男美女のペアはいいわね。これが上司と部下というところがなかなか個人的に点数が高い。まずい。興奮したら涎が……。


「それで? お前たちも撤回するのか?」


 私が妄想していると、夢の欠片もないようぶっきらぼうなゼクレア教官の声が聞こえてくる。


「いえ。わ、私は――――」


「はい。ヴェルファーナさんが残るのであれば、先ほどの発言を撤回させていただきます。それでいいよね、ミレニア」


「え? いや、私は――――」


 言えない。本気で撤回しようとしていたことを。

 いや、この後に及んで撤回なんて無理か。すでにアーベルさんにはバレてるし。

 勇者まで動かして、私だけ撤回なんて知ったら、アーベルさんに忠誠を誓ってるゼクレア教官がどれだけ怒るか。


 仕方がない。ここは折れるか。


「て、撤回しますけどぉ。あの……。ゼクレア教官にも、私を選んだ理由ってあるんですか?」


「ん? ああ……」


 ゼクレア教官は癖ッ毛の黒髪を掻いた後考える。


 私を選んだ理由ってなんだろう。

 あれ? なんか私、今ドキドキしてるぞ。別に鼓動を鳴らすところでもないと思うんだけど……。


「…………さてな。忘れた」


「はっ!」


「強いて言うなら、お前はヴェルファーナと違って、暴走しそうだから。俺ぐらいしか止められないと思ったから……。かな?」


 な、なんですか、それは。

 私は猛獣か何かなの。

 ムキィィィィイイイイイ!


 実地試験の時、誰が助けたと思ってるのよ、この人。


 いつかギャフンと言わせてあげるわ。


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