第15話

「前へ……」


 ゼクレア教官は鋭い三白眼を私の方に向けた。

 その表情は喜ばしいというより、少し怒っているようにも見える。

 

(いや、その顔で「前へ」って言われても……)


 そもそも戸惑っているのが、こっちの方だ。

 私が首席? 魔術学校?? いやいや、あり得ないでしょ。

 だって、私には権力じゃなかった、勇者様がバックにいるのよ。


 確かに私はアーベルさんに言ったわ。


『最後の実技試験の点数を、100点にしてほしいって』


 そりゃあね。元聖女としては姑息だって思うわよ。でもね、こっちは命を張ってるの。

 火に焼かれるのも、子どもに石を投げられるのも真っ平ごめんだわ。

 確かに神獣や、アーベルさんに正体がバレてしまっているけど、私は決して『普通の魔術師』になることを諦めていない。


(――――って思ってる矢先に首席合格ってどういうことよ。アーベルさん!!)


「どうした、ミレニア・ル・アルカルド。早く壇上に上がれ」


 ゼクレア教官が呼び出し、もとい恫喝が響く。

 またも瞳を光らせるのを見て、私は仕方なく壇上へ向かって歩き出した。


「あの子、誰?」

「予備校では見たことないなあ」

「え? 予備校に行ってないのに、首席合格なの」

「すごい!」


 周囲の戸惑いはやがて万雷の拍手に変わる。

 前に立っていた受験生たちが、和やかに「おめでとう」と声をかけ、私に道を譲ってくれた。

 周りの祝福の声を聞きながら、私は虜囚のようにトボトボと歩いて行く。

 なるべく顔を伏せて歩くのだが、特徴的な赤毛がどうしても目立ってしまう。


 私だって、こんなに盛大に祝ってもらって決して嬉しくない訳ないのだ。

 声援に応えるために、手の1つでも上げてあげたい気持ちぐらいはある。

 でも、それでは一緒だ。聖女の時と……。


 火あぶりにされた時、勇者に裏切られたところまで一緒じゃない。


 けれどアーベルさんが裏切るような人とは思えないのよね。

 一瞬、あの人の内面に触れた時も、ひたすら純真な気持ちしか伝わってこなかった。

 私の頬が熱くなるぐらいに。


 自分の見立てでは、筆記試験100点中0点、他身体能力試験100点、実技も100点として、早計200点と考えていた。

 平均点は恐らく総合計点数の半分よりも、ちょっと上くらいと考えて、180点だとしても、中間よりも少し上の点数をイメージしていた。


 突出してるわけでもないけど、目立つほどじゃない。

 絶妙なラインを狙ったはずなのに。一体どうしてだろう?

 ようやく壇上に上がる。


 ルースとヴェルちゃんに挟まれながら、私はゼクレア教官の話を聞いた。


「ちなみに今年は、魔術学校の入試の中で一番レベルが高かったと言えるだろう。平均点は221.2点だった」


 レベル高!! 私が思っていた平均点よりも40点以上も高い。

 やっぱり絶対おかしい。じゃあ、なんで私が首席だったのよ。

 勇者様の裏切りルートなの? やっぱ?


「そして、今年魔術学校始まって以来、最高点数獲得者が現れた」


 ゼクレア教官が言うと、場内はざわつき始める。

 最高点数獲得者って、それって私しかいないわよね。

 一体、何点だったのよ。むしろ今、それが1番気になるわ。


「満点合格だ」


 へっ?

 私は固まる。

 同じく場内も、しんと静まり返った。


 今なんて? と思ったのは、多分私だけじゃないはずだ。


「筆記試験満点、身体能力試験満点、そして先に行われた実技試験でも満点の成績を収めた者がいる。もう誰かわかっていると思うが、ここにいるミレニア・ル・アスカルドこそが、歴代最高得点を叩き出した受験生である」


「ま、満点合格!!!!」


 私は壇上で叫んでしまった。


 みんながポカンとする中で、もう歯止めが利かなくなった私はついゼクレア教官に詰め寄る。


「どどどど、どういうことですか、教官? 満点合格って??」


「事実を言ったまでだ。……というか、お前なんで怒ってるんだ?」


「い、いや、だ、だだだだって」


 さすがに言いにくい。このテストには不正が行われているなんて。

 でも、おかしい。

 実技試験は100点でも、筆記まで満点なんて。

 もしかしてアーベルさん、筆記まで100点にしたとか?

 そうだ。うっかりしていて、筆記試験も100点にしたに違いない。


「な、何かの間違いでは??」


「あん? お前は文句なく満点合格だ。他の教官たちも認めている」


「で、でも、ひ、ひひひ筆記試験が満点なんて」


「はあ? 筆記試験に自信がなかったのか? 謙遜も、行き過ぎると嫌味に見えるぞ、ミレニア。あの答案用紙は俺も直接見たが、非の打ち所がないほど完璧だった」


 ええええええええええええええええ???


 嘘でしょ?

 あんな出鱈目な問題で、自分でもよくわからない回答したのに。

 それがなんで満点なのよ!!


「満点で怒るなんて相変わらずおかしなヤツだな。それとも満点だったら、お前には不都合なことでもあるのか?」


 やばい! 私またゼクレア教官から怪しまれてる?

 アーベルさんが私の正体をバラしたわけじゃないだろうけど、実地試験の時のことで、多分私がタダ者じゃないことぐらいは勘づいているだろう。

 試験の時はああするしかなかったけど、自分の脇の甘さに辟易する。


「い、いえ。……すみません。突然のことで気が動転してしまって」


 済んだことはもう仕方がない。

 しばらく首席と学校内で指差されるだろうが、人の噂も49日……あれ、40だっけ。

 ともかく、しばらくしたら忘れるものだろう。


「さて諸君なら耳にしているが、魔術学校入学試験において上位の成績を取った者は、学業を免除し、飛び級で魔術師師団に入ることが許される」


「え? そ、そんなの聞いてませんよ!!」


 また私は叫ぶと、ゼクレア教官は目を細めて睨んだ。


「騒がしいヤツだな、ミレニア……」


「ミレニア。入学試験の上位3名は、飛び級で魔術師師団に入れるんだよ」


「これぐらい常識よ。全く……」


 ルースとヴェルちゃんが私にそっと教えてくれる。


「じゃあ、私……学校どころか、軍人になるってこと?」


『うん』


 うわあぁぁぁぁああああんんん!

 花の学校生活が! 体育祭が! 修学旅行が!


「嘘でしょ!! 女友達の家に泊まりに行って、夜遅くまで恋バナもできないってこと」


 いや~~~~!! 折角普通の魔術師として、生徒として、同年代の女の子とキャッキャウフフするのを楽しみにしてたのに。

 ホームシックになって泣いてるヴェルちゃんをあやしながら、一緒のベッドで寝られると思ってたのに。どうしてこうなった!!


「ミレニア・ル・アスカルド……」


「はい?」



 ゴンッ!!



 おお! 痛いぃ! 頭に響く。

 私は疼くまる。その側には鉄拳制裁を下したゼクレア教官が立っていた。


「別にむさ苦しい師団の官舎で、恋バナするのもお前の勝手だ。休みの日には女性団員の実家に泊めてもらおうが、好きにするがいい。だが、今は黙ってろ」


「は、はい」


 ゼクレア教官の凄い剣幕に私は「はい」以外の言葉しか喋れなかった。

 まずい。この人、今マジで怒ってる。

 大人しくなった私を一瞥したゼクレア教官は咳払いをした後、淡々と告げた。


「ルクレス・リン・ファブロー……。魔術師第五師団勤務を命ずる」


 すると、ルースは厳かに膝を突き、頭を下げた。


「拝命つかまつりました」


 さすが顔が整っているだけあって、ルースが改まるとどこかの国の王子様みたいね。


「次ヴェルファーナ・ラ・バラジア」


「はい」


 ヴェルちゃんは前に進み出て、ルースと同じく膝を突いた。


「魔術師第二師団を命ずる」


 その時、どよめきが巻き起こる。

 やがて、騒然とした空気は歓喜へと変わった。


「すげぇ! 第二師団かよ」

「王都防衛の要だぞ」

「いきなりエリート魔術師の仲間入りか」

「すげぇな、あの子」


 みんなが驚く中、ヴェルちゃんの表情は未だに冴えない。

 多分、私に負けたことを引きずっているのだろう。

 あれ? ちょっと待って。ヴェルちゃんが、第二師団ってことは……。


 私はもしかして…………。


「最後にミレニア・ル・アスカルド……」


「は、はい……」


 前の2人がやったように、私は膝を突いた。

 すると、ゼクレア教官は読んでたペーパーおろして、私の方を見た。


「魔術師第一師団……。つまり、俺の師団だ。みっちり鍛えてやるから覚悟するんだな」


 ゼクレア教官は睨む。その口元は薄く笑っているように見えた。

 首席合格で頭が痛いのに、魔術師師団最高の部隊に、師団長まで……。

 はあ……。花の学校生活から、まさかどん底魔術師師団生活なんて。


 唯一の救いは、ヴェルちゃんとルースが一緒ってことね。

 でも、2人とも別の団だし。会うことはできるのかしら。


「教官」


 突然、その声は凜と響く。

 隣に立っていたヴェルちゃんが手を90度上に上げたのだ。


「なんだ。ヴェルファーナ」


 ゼクレア教官はいつも通り睨むと、ヴェルちゃんは再び膝を突いた。


「魔術師第二師団入団の栄誉。誠に申し訳ありませんが、辞退させていただきます」


 …………え?


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