第5話

 いよいよ魔術学校試験日になった。


 改めて魔術学校とは何かと説明しておくと、魔術師の育成を目的にした学校だ。

 そして魔術師とは、軍人である。言ってみれば魔術学校は、軍人の養成機関なのだ。


 勿論、全員が全員国の魔術師師団に配属されるわけではない。

 上位何名かが魔術師師団に入り、他は後方勤務や、魔導具や魔術文字の研究、あるいは民間の研究機関などに就職する。

 軍隊の学校だけあって、入学時点から給与が渡され、一度国が戦争になった時は予備戦力として最悪戦場に赴くことになる。


 とはいえ、ここ200年戦争らしいことは起こっていない。


 神様は比較的治政が安定している世界を選んだと言っていたから、そこはあまり心配していないけどね。


 魔術学校に近づくにつれ、私と同い年ぐらいの男女が増えてくる。

 多分受験生だろう。噂では定員200名に対して、毎年5000名が受験するという。

 競争率25倍のなかなか狭き門だ。


「それにしても……」


 私は周囲の受験生を窺う。


「おはよう!」

「今日は寒いねぇ」

「今、話しかけないでぇ。昨日暗記した魔術文字が出ちゃう」

「やっば! 鉛筆忘れた。悪い貸してくれない?」


 やたら受験生同士の仲がいいような気がする。

 ほとんど顔見知りっていうか。そんなことがあるの?

 なんか別の意味で緊張してきたんだけど……。


「あ! 痛ッ!」


 突然、私に何かがぶつかった。

 女の子だ。私はそれなりに足腰を鍛えていたから無事だったけど、女の子はすっ転んでいた。

 相当派手に転んだのだろう。スカートにまで砂埃がついていた。


「大丈夫?」


 手を差し出すと、女の子はパンと手を叩く。


「どこ見てたのよ、あなた!」


「え? いや――――」


 ぶつかってきたのは、そっちでは?


「バカ! あんたが割り込んできたんでしょ。ちゃんと前を向いて歩きなさいよ」


「ちゃんと前を――――」


 と言った時、急に私は自信がなくなってきた。

 立ち上がった少女の背丈が、私の胸の当たり前でしかなかったからだ。

 これはもしかしてちっちゃくて見えなかったパターン?


「あ? あんた、今あたしのことを『ちっちゃ!』って言ったでしょ!?」


「言ってない! 口では絶対言ってない!!」


「じゃあ、頭の中では思ったってことじゃない。ムキィィィイイイ! バカにしてぇ!!」


 妹みたいに可愛いと思っていた少女は一転して、お猿さんみたいに怒り出す。

 やばい。どうしよう……。怒ってもこの子、可愛い!!


 私、末っ子だったから妹って憧れるのよねぇ。

 前世でも一人っ子か、孤児だったし。

 少女はふわっふわの朱色の髪を乱し、綺麗な緑色の瞳を燃やした。


「この未来の『聖女』と呼ばれたヴェルファーナ・ラ・バラジアを馬鹿にするなんて良い度胸だわ」


「未来の『聖女』……?」


「そうよ。あたし、この試験でトップの成績で合格して、ゆくゆくはこの国の『聖女』になるつもりなの」


「やめておいた方がいいと思うよ」


 ……はっ! しまった!! つい本音が出てしまった。

 私は恐る恐るヴェルファーナの様子を窺う。


「ンゴゴゴゴゴゴゴ……」


 うわ! めっちゃ怒ってる。

 そして、その擬音みたいな声は何?

 すると、ヴェルファーナの視線がさらに鋭く私に刺さる。


「あなた、見かけない顔ね? 予備校でも見かけなかったし?」


「予備校??」


「あんた、もしかして魔術学校の予備校のことを知らないの?」


 え? 何それ? 魔術学校に予備校なんてあるの?


「その様子だと本当に知らないようね。呆れた……。今時、予備校も行かずに魔術学校を受験するとか……。あんた、一体どこの田舎から来たの?」


 わ、悪かったわねぇ。馬車で2週間もかかる田舎から来て……。


「それとも記念受験ってヤツかしら? いるのよね。魔術師の夢が諦められなくて、ワンチャン……って思って、試験を受けに来るヤツ」


 ヴェルファーナはやれやれと首を振った後、またあの緑色の瞳を燃え上がらせた。


「あたしは、そういう中途半端なヤツが大っ嫌いなの! 本当にやりたいことなら、最後まであがくだけあがいて、そして最後は運に任せなさいよ!」


 言うだけ言って口を結んだ後、試験会場である魔術学校の学舎へと歩いていく。


(ああ。びっくりした)


 それにしても、魔術学校に予備校があるなんて初めて聞いた。

 なるほど。それでみんな顔見知りなんだ。

 ていうか、そういう学校があることぐらい事前に教えてほしいものだわ。

 まあ、うちは貧乏貴族だから予備校の学費なんて払えなかったんだろうけど。


 どうせお高いんでしょう?


 私は立ち上がろうとすると、不意に手を差し出された。

 顔を上げると、今度は男の人と目が合う。


「うわ……」


 これまたカッコいいというより、綺麗な男の人だった。

 サラサラの銀髪に、トパーズのような淡い青色の瞳が私を覗き込んでいる。

 もしかして私の肌より綺麗? って思う程、肌が白い。化粧品何を使ってるか教えてほしいぐらいだわ。なのに筋肉はしっかりと引き締まっていて、たおやかさと力強さ両方を兼ね備えている。


 ここにいるということは、彼も受験生だろうか。

 私よりずっと大人びていて、とても同い年に見えない。


 それにしても、さすが王都だ。

 昨日に引き続き、また美男子と出会ってしまった。


「ありがとうございます」


 私は手を取り、立ち上がる。

 真っ先にお礼を返すと、美男子さんは薄く眼を細め、軽く首を振った。


「さっきのは気にする必要ないよ」


「さっきのって?」


「彼女はバラジア家の『炎の魔女』と呼ばれている。予備校の先生もトップ合格間違いないって言ってたよ」


「ふーん」


「こういう話は興味ない?」


「興味ないって言うか、私は受かったらそれでいいかなって思ってるから。トップとかそういうのは興味ないの」


「ふーん。まるで受かることは決まってるみたいな言い方だね」


 うっ! 言われてみたら、嫌味な言い方だ。今度から気を付けよう。

 私は弁明しようとしたけど、美男子はそのままどこかへ行ってしまった。


 弱ったなあ。気分を害させたかしら。

 私……。実は心のどこかで、周りの受験生を見下げていたりする?

 無自覚ってのが、一番厄介よねぇ。


 私は突然頬を張る。


 悩むな、私。……私は、私。ヴェルファーナはヴェルファーナ。

 トップとか、予備校とか関係ないわ。

 私は私で、普通にヽヽヽ魔術師になるだけよ。


「おー!」


 拳を掲げて、気合いを入れ直す。

 そして第一試験「筆記試験」が始まる会場へと向かうのだった。



◆◇◆◇◆



『筆記試験』の会場に行くと、空気が随分淀んでいた。

 受験生たちの緊張感が伝わってくる。かくいう私も緊張してきた

 もう1回お花を摘みに行って来ようかしら、と筆記用具を出していた時、声が聞こえた。


「なんで、あんたがあたしの隣なのよ!」


 横を見ると、さっき出会ったヴェルファーナが座っている。

 ジッと私の方を睨んで、縄張りを主張する猫みたいに警戒していた。

 あー、怒ってても可愛い。ちょっと頬を膨らませているところとか最高かも。


「ちょっと! 聞いてるの、あなた!!」


「ご、ごめんなさい!」


 反射的に謝ってしまったが、どうやら私の邪な心が通じたわけではない。

 多分聞かれていたとしたら怒るというより、ドン引かれていたことだろう。


「いーい! いくらあたしの答案を見たいからって、カンニングしたら即教官に言うからね」


「それはしないと思うけど、多分ヴェルちゃんが可愛いから見ちゃうかも」


 しまった。つい本音が……。

 すると、たちまちヴェルちゃんの顔がキュ~~ッと赤くなっていく。


「な、な、な、何を言ってるのよ、へ、変態! 絶対こっちを見ないでよ」


「そこ! うるさいぞ!! 何をやっている!!」


 鞭でピシッと床を叩いたような声だった。

 前の方を向くと、背の高い男の人が演壇の前に立っていた。


 それもただの男の人じゃない。

 着ているのは軍の制服だ。二の腕にはロードレシア王国の国章が縫い付けられ、その下には『魔術師』を象徴たるガーネットとともに宮廷が描かれていた。


 すると、突然椅子に座っていた受験生たちが立ち上がる。

 立っていた受験生も、その場に直立した。みるみる顔が青くなり、額から脂汗が滲み出てくる。


 ヴェルちゃんの顔も同様に、軍服の男を見て緊張していた。

 王都ではそんなに軍人が珍しいのかしら?

 それとも有名な軍人さん?


 私は声を潜めて、尋ねた。


「ねぇ、ヴェルちゃん」


「あ、あんたねぇ! 今、よく話しかけられるわね」


「あの人って、有名人なの?」


「はあ?? 何を言ってるのよ! あの方を知らないの?」


「えへへへ……」


 私は舌を出して、誤魔化した。

 ヴェルちゃんは「はあ」と深いため息を吐く。


「あの方はゼクレア・ル・ルヴァンスキー様。ローデシア王国魔術師第一師団の師団長」


「第一師団って、確か王宮防衛の要って言われてるエリート集団よね」


 いくら王宮の知識に疎い私でもこれぐらいのことは知っている。

 とはいえ、騎士団に所属するドレーズ兄さんの受け売りだけどね。


「そうよ。そして、今もっとも『勇者』に近いと言われている人よ」


「へぇ……」


「おいそこ! うるさいぞ。お前らも座れ。ここはまだ軍隊ではない。お前らはひよっこですらないんだからな」


 ゼクレア師団長はさらに怒鳴り付けると、受験生を睨んだ。


 癖ッ毛の強い柔らかな髪に、見ると石になってしまいそうな眼光鋭い三白眼。

 細身で高身長だけど、なよなよした感じはしない。

 まるで針金を何本も結って締めたような力強さを感じる。

 いや、もうそれは針金じゃない。一振りの剣に近い。


 ゼクレア教官が入ってきたことによって、空気はがらりと変わる。まるで獅子に頭を押さえ付けられたかのように静かになり、椅子を引く音や鉛筆を出す音だけが響いていた。


 試験用紙と答案用紙が配られ、ついに筆記試験が始まる。


『第1問 平日の昼、お父さんが公園のブランコに座っているのを発見しました。あなたならどうしますか?』


 ……………………えっ? 何これ?

 平日の昼、お父さんが……。えっ? ……どういうこと?


 いや、お父さんだってブランコで遊びたい時があるわよね。

 うちの父なんて、庭にある手作りのブランコを40歳で全力で立ちこぎしてたのを見たことあるけど。

 むしろ微笑ましいんじゃないかしら。子どもっぽいとは思うけど……。


 というか……。


 これが魔術師学校の試験?

 何かの間違いでは?

 普通試験ってさ。普通は『以下の魔術文字を解読しろ』とか『この魔術文字は、いつの年代の文字?』とか、そういうのじゃないの?

 私、だいだい文字が自動的に翻訳されてしまう。だから、文字の年代とかを覚えるのには苦労した。文法や文体の違いでなんとかわかるようになったけどね。


 書店の時にすぐにわかったのも、帯に『コーダ記』って書かれていたからだし。


 最初の頃、どの魔術文字が上級で初級なのかもわからなかったから、3歳でやらかした後、度々家に穴を開けてたし(その度に親から褒められた)。


 まあ、いいか。ひとまず『お父さんと一緒にブランコに乗る』って書いておこう。




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