第7話
能力試験は身体能力を測定する試験だ。
短距離走、長距離走、瞬発力、反射神経、握力などなど多岐に亘る。
さらには身長、体重、スリーサイズなども測られる。
仮に試験に合格し、学校に入る際すぐに制服を発注できるようにするためだ。
ちなみに騎士団には規定の身長以上が求められたりするが、魔術師にはそういった規定はない。だから、ヴェルちゃんみたいなちっちゃい子でも入学可能だ。
「ヴェルちゃん、身体測定どうだった?」
私は女子の身体測定が行われている教室の横で、ヴェルちゃんを発見する。
まるで顔を隠すように記録表を見て、ブルブルと震えていた。
「どうしたの?」
「う、うっさいわね! 何でもないわよ! てか、あんたさっきから慣れ慣れしくない? つーか、いつの間にあたしを『ヴェルちゃん』なんて呼ばれているのよ。あたしの名前はヴェルファーレよ!」
「え~~。だって、ヴェルちゃんの方が可愛いよ。見た目も可愛いし。よしよし」
私はヴァルちゃんの髪を撫でる。
ふわふわした髪を撫でながら和むと、すぐさま手を払われた。
「よしよし――――じゃないわよ。懐きすぎなのよ、あなた! 血統書付きの犬の方がもうちょっと警戒するわよ」
「それで何を見て、震えていたの? ああ、なるほど。身長――――」
「ちょ! 何を勝手に人の記録表を見てるのよ」
「大丈夫。ヴェルちゃんはまだ成長期だから。大丈夫だよ」
「言われなくてもわかってるわよ、それぐらい! てか、あたしの記録表か・え・せぇ!」
「怒らない怒らない。私の記録表を見せてあげるから」
「いらないわよ」
と言いながら、ヴェルちゃんは私の記録表を開く。
なんだかんだ言いながら、私のことが気になるらしい。
「きぃいいいぃぃぃいぃいいぃ!! 生意気な身長だわ! どうやったら、雑草みたいに伸びるのよ、あんたは」
雑草みたいって……。
「そうね。うちの牛乳のおかげかな。うちって田舎貴族だから屋敷に乳牛を一頭飼ってて、毎日搾り立ての牛乳を飲んでたの」
もう1ヶ月近く飲んでないのね。ちょっと寂しいかも。
すると、ヴェルちゃんががっしりと私の腕を掴んだ。
「今度、その牛乳を飲ませて! いや、うちの侯爵家がケース単位で買ってあげるわ」
それは毎度ありって感じだけど、うちの乳牛ってそんなに若くないし、1ケースの牛乳瓶を作るのに、一体どれぐらいの時間がかかるだろうか。
まごまごしてるうちに、初日に搾った牛乳が腐っちゃうかも。
「ヴェルちゃんは今でも十分可愛いのになあ。そんなに背が高くなりたい?」
「当たり前じゃない。あたしの背が高かったら、お姉さま……」
ヴェルちゃんは急に真剣な顔になる。
なんだか、ヴェルちゃんにはヴェルちゃんで魔術師になった経緯がありそうだ。
身体検査の次は、いよいよ能力測定だ。
ここからは講堂やグラウンドに出て、色んな能力が測定される。
そして魔術師の花形試験と言えば、魔力測定だろう。
噂では魔術学校の試験において、この魔力測定が1番重要視されるらしい。
魔術文字がいくら読めても、体内に流れる魔力が少なかったら元も子もないからね。
私は魔力測定の順番を待っていると、突然広い講堂に大声が響いた。
「おい! どけ! そこは俺、順番だ!」
いきなり列の先頭に割り込んでくる受験生が現れた。
大柄で、魔術師というより騎士団に入った方がいいんじゃないかって思う程、立派な体格だ。
「ちょ! お前、割り込みなんてずるいぞ。みんな、順番を待って――」
「あ! なんだ、てめぇ?」
注意した受験生を一睨みで黙らせてしまう。
熊1頭ぐらいなら倒せそうだな迫力だ。
とはいえ、割り込みは駄目だ。
ちょっと注意しようと動くと、唐突に腕を掴まれた。
振り返ると、いつかの銀髪美男子が立っていた。
「落ち着いて。心を落ち着けて」
「え?」
「あの受験生も割り込みが悪いことだって、百も承知している。でもね。これも心理戦なんだよ」
「心理戦?」
「受験生の動揺を誘って、受験生の集中を乱して、魔力の出力を下げようとしているんだ。魔力は、感情の強弱に左右されるからね」
銀髪美男子は私の耳元で囁く。
小さな声だったけど、それでも軽く吐息が耳にかかる。
顔
前世でも絶世の美男子みたいな人間は結構いたけど、この
やばい。今、私すっごく動揺してるかも。
「く、詳しいんですね?」
「人からの受け売りだよ。ここにいるのは、現役生だけではなく、昨年試験に落ちた浪人生も混じっている。筆記試験は毎年変わるけど、能力試験の内容は変わらない。だから
「ひどい……」
「それがわかっているから教官は何も言わない。彼らは不正に魔術が使われていないかを監視するだけ。明確な暴力は止めるけど、受験生同士の駆け引きについては何も言わない。おそらくそれも査定のうちなんだろうね」
私は目を細め、大柄な受験生を睨んだ。
銀髪美男子の手を払い、私は件の受験生の前に立ちはだかった。
ここには色々な理由があって、魔術師になるため受験生が試験に挑んでいる。
相手の成績を落とすのも、それも1つ技術なのかもしれないけど。
私は気にくわない。
気が付いた時には、男の前に立ちはだかっていた。
「なんだ、お前?」
「初めは注意しようと思ったけど、気が変わったわ」
「はあ??」
「私と勝負しない?」
「勝負だと?」
「私が勝ったら、あんたは今後一切、他の受験生が迷惑になるようなことはしない。あと、騒がせたことをみんなに謝ること」
「ほう……。じゃあ、オレ様が勝ったら?」
「私を好きにしていいわ」
「へぇ……」
男は好色そうな視線を私に向ける。
その視線は明らかに、私の胸元に向けられていた。
「取引成立ってことでいいかしら?」
「ああ。構わねぇよ」
「じゃあ、私から先ね」
「いいぜ。レディファーストって奴だ」
大柄な受験生はあっさりと私に譲った。
魔力測定試験には、水晶測定器が使われる。
ここに魔力を注ぐことによって閉じ込められた魔力が光を帯び、その輝度によって精査される。
そしてその水晶測定器の確認役は――――。
「ゼクレア教官……!?」
「なんだ、騒がしいと思ったら、またお前かミレニア・ル・アスカルド」
げっ! 名前を覚えられてるし。
もしかして、問題児とか思われてる、私?
落ち着け。教官を見て、心を乱されてちゃ駄目だ。
筆記試験はダメダメだったけど、今度はちゃんとした私の実力を見てもらう。
私の全力全開を――――。
水晶測定器に、私は思いっきり魔力を込めた。
瞬間、カッと水晶が光り輝く。
その光は一気に講堂を走り、窓を突き抜け、外にまで広がった。
講堂内は真っ白に染まる。
周囲が息を飲む。あの大柄の受験生も例外じゃない。
私はくるりと振り返り、光が輝く水晶を背にして言った。
「さあ、今度はあなたの番よ」
当然、男は動揺していた。
集中力を完全に乱されながら、なんとか己を保とうとするけど、勝負は初めから決まっていた。
結局、水晶に灯った光は蝋燭の明かり程度だ。
いや、それさえも維持できず、男の魔力測定が終わる。
「私の勝ちね」
「く、くそっ!」
「『くそっ!』じゃないでしょ? あなたの言うべき言葉は、もっと別にあるわよね」
私はわざと語尾の声を低くくして、軽く脅した。
大柄の受験生の顔が忽ち青くなる。
へへー!! という感じで土下座すると、皆に聞こえるぐらいの大声で謝罪を口にした。
「すみませんでした」
「うん。よろしい。これからは現役生の足を引っ張るんじゃなくて、現役生を助ける先輩として支えて上げて」
うん。これにて一件落着。
我ながら、良い裁きだったわ。良いことをした後は清々しいわね。
これでみんな落ち着いて、受験に集中でき――――。
「ちょ! 今の光なに? 何?」
「すっごく光ったんだけど」
「わたし、浪人生だけど初めてみた」
「え? もしかして今年ってレベル高いの?」
「うわ~~! 今年は外れ年かよ! くそ!!」
めちゃくちゃ動揺してた。
「あ、あれ? おかしいな。ははは……。あははははははは!」
ごめんなさい! 別にそんなつもりはなかったのよ!!
というか、これって私、目立ってない?
ちょ! これは予想外っていうか、ちょっと考えたらわかることじゃない。
私の馬鹿馬鹿! こうなるって、なんでわからないのよぉぉぉぉおおおおお!!
脱兎の如く私はその場から離脱する。
その時、ゼクレア教官に鋭く睨まれていることを知る由もなかった。
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