第1話
私は
神様にリクエストした通り、平凡な貴族である。
適度な経済状態、政敵は少なく、家族仲までごく平均的……。
父ヤーゴフはどちらかと言えば仕事ができない方の人間だったけど、子煩悩で何より家族を愛していた。
そんな父に伯爵家から嫁いできた母エイリアーナはゾッコンで、仲睦まじく暮らしている。
私は5人兄姉の末っ子として生まれた。
全員エイリアーナのお腹から生まれたというから驚きだ。
1000年前には、なかなかエイリアーナみたいな母親はいなかったはず。
出産技術が向上したのか。それともエイリアーナが安産型なのか。
生まれたばかりの私には、さすがにわからない。
1度目の時は生まれた時から、「すごい魔力だ」と両親から驚かれ、巨大な竜を屠っていたけど、そんなこともない。
ちなみにいきなり竜がエンカウントしてくるイベントも特になく、私は至って健やかに暮らした。
とはいえ、相変わらず竜をはじめ魔物が跋扈してるようである。
そこはさすがに異世界だけあって、普通の暮らしという風にはいかないようだ。
普通に暮らしたいとは言ったけど、モブキャラみたいな終焉は迎えたくはない。
神様からもらったチート能力はないけど、ちょっとでも身体は鍛えておいた方がいいということで、私はまず足腰だけは鍛えておこうと思った。
この世界では今でも徒歩の旅が一般的だったりする。竜から逃げるにしても、健脚でなければならない。
馬車もあるが、維持費がかかる。そして平均的な経済状況のアスカルド子爵家には、そのようなものを管理する余裕がない。
精々タダ同然でもらった老馬の世話をするぐらいが精一杯なのだ。
多少オーバーに鍛えていても、損はないだろう。
やがて3年が経った。
一番上の兄上が出ていった。アスカルド子爵家を継ぐために、経営の学校に通うそうだ。
私はというと、3歳児にして立派な足腰を手に入れていた。
日頃から山に登っていじめ抜き、今では領内一の健脚と言われるほどだ。
勿論、3歳児に限るけど。
体力がついたら、次は知識である。
我が家には結構な蔵書がある。どうやら私のお爺ちゃんが優秀な魔術師で、武功も立てているらしい。
魔術に関する魔術書が、書斎にずらりと並んでいた。
【魔術】というのは、私も初めてだ。
1000年前は【魔法】を使っていた。それだけの長い期間で、技術体系が変わったのだろう。
あと――1000年前と比べて、大気中に含まれる魔素量が少なくなっている。
【魔法】は外気に魔素を集約させる技術に対して、【魔術】は内気――つまり人間の中にある魔力を練り上げ、力に変える技術である。
外に充満する魔素量と、人間の中にある魔力量と比べるまでもなく、前者が圧倒的に多い。
どうやら、そのせいで【魔術】の強さは、【魔法】と比べものにならないほど弱くなっているようだ。
けれど、1000年近く経って、技術が格段に向上し、そして人間の身体にも変化の兆しが現れた。中にはとんでもなく膨大な魔力量を有して現れる子どもがいたり、鍛えることによって魔力量をアップさせるトレーニングも生まれたようである。
「ふう……」
私は読んでいた本から顔を上げる。
周りには魔術書、歴史書、経済史、政治史などが雑然と並んでいた。
勉強は好きではないけど、割と得意だ。
好きじゃないのは、多分の1度目の人生で経験した学校や勉強のイメージが悪いものだったことが影響しているのだろう。
ただし語学は別だ。嫌いでも得意でもない。
初めて聖女になった時、随分苦労した。今思うと、付いた家庭教師のせいなのだけど、半分トラウマになっている。
「おやぁ……。ミレニアちゃん、こんなとこにいたんでちゅか~」
ちょっと変態チックな赤ちゃん言葉で、書斎に入ってきたのは父ヤーゴフだった。
父は末っ子の私にゾッコンだ。
たぶん娘がいつか自分に冷たくなるのを見越して甘えているのだろう。
最近長女のソフィーがヤーゴフをあからさまに毛嫌いするようになった。
いわゆるお年頃というヤツだ。
ソフィーに構ってもらえない分を、ヤーゴフは私で補填しているらしい。
「お父様、お髭がゴリゴリで痛いよ~」
強制的に抱きかかえられた私は、なんとか逃げ出そうとする。
「ごめん。ごめん。……それより何をしていたんだ、ミレニア」
ちなみにミレニアというのは、聖女として活躍し始めてから使っている名前だ。
皆、同じ名前を付けるように神様が両親を選んで転生させているらしい。
ヤーゴフは私から離れると、書斎の状況を見て唇を尖らせた。
「こんなに本を散らかして……。ママに怒られるぞ、ミレニア」
「ちらかしてないよ。ご本をよんでたの」
一瞬ギョッとした後、ヤーゴフはお腹を押さえて笑い始めた。
「あはははは……。読むだなんて。ここにある本はミレニアのお爺ちゃんが集めていた魔術書なんだよ」
何だかよくわからない詩集みたいな本があるなと思ったら、魔術書だったなんて。
「全部魔術文字で書かれていて、とっても勉強しないと読めないんだよ」
「ミレニア、よめるよ」
私はその辺に落ちていた魔術書を拾い上げる。
「ははは……。パパも魔術書にはちょっと詳しいからね。わかるんだ。それはイフリルの魔術書と言ってね。700年前、リムト記において発明された文字で、パパだって少ししか」
「炎冠に座す魔神よ。悪鬼、人ならざるものを討ち払え……」
【
瞬間、私の手に紅炎が灯る。
部屋は一瞬にして真っ赤に染まり、私も父も固まった。
「へっ?」
「ミレニア! 手を外に向けて! 早く!!」
私は言われるまま手を外に向けた。
直後、渦を巻いた炎の塊が発射される。
刹那、硝子や土壁が溶解し、さらに屋敷の生け垣が吹き飛んだ。
黒い煙が充満する中、出来上がったのは挟みで切り取ったかのような丸い穴だった。
「あっ、あれ?」
え? 何これ?
……頭が真っ白で、何も考えられない。
全身の力が抜けて……、これってもしかして――――。
私は人形を倒すように横に倒れた。
そうして私は意識の底に沈んでいった。
◆◇◆◇◆
初めて魔術を発動させ、私はしばらく寝込んだ。
熱も上がり、一時お医者さんも来るという騒ぎにまで発展したのだが、3日目にしてようやく落ち着いた。
お医者さんの話では、「魔力欠乏症」という病気らしい。
どうやら私が使ったのは、かなりの上級魔術だったようだ。
おかげで3歳の子どもの中にある魔力をすべて吸い上げてしまったらしい。
この世界の人間は、活力、精神力、そして魔力によって生命を維持している。
それが1つでも欠けると、すぐ死に直結するそうだ。
幸い私の魔力量は、3歳の子どもにしては多かったらしく、一命を取り留めた。ただもう少し魔力が少なかったら、死んでいてもおかしくなかったらしい。
しかし、問題は何で大人でも読めない文字を、3歳の私が読めたかである。
いや、さらっと読めてしまったので不思議に思わなかったのだが、一般的に使われる文字ですら勉強していない私が、何故文字を読めるんだろう。
神様から能力をもらっていない。今回の私は普通なはず……。普通のスペックなはず。
なのに、何故?
何か私、見落としてる? それとも神様が勝手に……。
(神様??)
ふと思い出したのは、神様との別れ際のことだ。
『そう。じゃあ、せめて言語が通じるようにしておこう。君、語学が苦手だったろ』
まさか言語って、一般的な会話だけじゃなくて、特別な文字も解読できるってこと。
だとしたら、なんてことをしてくれたのよ、神様!
私が頭を抱えていると、唐突に私室のドアが開いた。やって来たのは父だ。
一応、
父はいつになく真剣な顔で、私の方に近づいてくる。後ろには母エイリアーナが控え、兄姉たちが入口から顔を出して、そっと様子を窺っていた。
私はなんとなく雰囲気で察する。
書斎にある魔術書を勝手に読んだ上に、魔術書を読んで家に穴を開けてしまったからだろう。きっと外の被害も尋常ではない。
叱られる覚悟を決めた私は、潔く父の方に頭を差し出した。
「パパ、ごめんなさい」
自らに謝る。
けれど、父は私を殴るわけでも、罵声を叩きつけるわけでもない。
そっと私を抱きしめたのだ。
いつもの抱擁とは違う。優しく慈しむように……。
(これは……。私を許してくれるというの……?)
目頭が熱くなる。自分の視界が朧気になったその時、父は言った。
「天才だ! この子は天才だ!!」
「へっ!?」
そのまま父は私を抱き上げ、高く掲げた。
目を合わせると、父の目はキラキラと輝いている。
「3歳で魔術文字を誰からも学ばず読めるなんて。きっとミレニアは先代の生まれ変わり、いやそれ以上かもしれない。彼女なら【聖女】になれるぞ!!」
「せ、せいじょ!!」
思わず言葉が吐いて出た。
「いーかい、ミレニア。この国ではな。優秀な男の魔術師を【勇者】、そして女の魔術師を【聖女】と呼ぶ習わしなのだ」
「な――――――ッ!」
なんですとぉぉぉおおおおお!!
私は「ふぎゃああああああ!!」と雄叫びを上げた。
横で父は「すごいやる気だ。さすが我が娘」と親馬鹿を発揮している。
馬鹿馬鹿! そんな訳ないでしょ!
なに? 優秀な女の魔術師が【聖女】ですって! 何よ、それ!! 聖女の定義が変わってるじゃない!!
昔は回復魔法が使えて、魔力が高いだけだったのに……。
って、あんまり変わらないか。
私が困惑する中、突然窓が開き、風が吹き込む。
留め金が緩かったのかもしれない。
すると、そこには2匹の野鳥が仲睦まじく、枝に止まっているのが見えた。
私の耳に聞いたことのない言葉が聞こえる。
『あの親子、仲睦まじいわね』
『ふふふ……。俺たちほどじゃないさ』
『やだ! あなたったら!!』
聞こえる。私、野鳥の声が理解できる。
文字だけじゃない。動物の会話も聞くことができる。
これはもう単なる「言語が通じる」という能力の範疇を超えている。
(いつものチート能力じゃない!!)
あの神様、可愛い顔してなんてことしてくれたのよ!
これじゃあ、いつもと同じじゃない。
私は小さな身体を目一杯反らす。そして空に向かって一気に吐き出した。
「神様の――――――」
ばかああああああああああああああああああああああああああ!!
その声は虚しく、小さな子爵領に響き渡るのだった。
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