前世で処刑された大聖女は、聖女であることを隠したい
延野 正行
第一章
プロローグ
久しぶりに投稿しました。
しばらく毎日投稿しますので、よろしくお願いします。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
鉛のように重い瞼を開いた時、視界に映ったのは火の海だった。
燃え上がる炎は天まで昇り、1本柱に括り付けた私を嘲笑っている。
熱い……。
熱い……。
熱い……!
炎が私を焼く。
襤褸を焼き、白い肌は真っ赤に染め、生きる力を消耗させていく。
息をするだけで、地獄のような痛みが喉を走り、体内の水気を奪っていった。
唇はカラカラ。汗は出ても、すぐに乾いてしまう。すでに足の感覚がない。
否応なく、私は火中にいた。
助けを呼ぼうにも、喉が嗄れて声がでない。
せめて目で訴えかけたが、見えるのは火の海と私を見て笑う人間たちの姿だった。
口々に罵詈雑言を浴びせ、怒りを私にぶつけている。
老婆が呪いの言葉を吐いて、祈っているのが見えた。
子どもが私に石を投げつけてくる。
(……なぜ? どうしてこうなったのかな?)
天を恨めしく覗き見て、己の半生を述懐する。
私は聖女だった。
魔王討伐の使命を帯び、勇者や戦士、他様々の名うての実力者と共に王国から旅立った。
旅は苦難の連続だ。それでも
私と仲間たちは英雄となった。どこの街や国へ行っても歓迎され、称賛された。
旅を終えた私は、国の要職を担うことになった。だが、1年も経たないうちに私は国の王子に見初められ、婚約した。
そう。そこまでは良かった。私の人生は順風満帆――――のはずだった。
婚約が決まってから、私は王子の補佐に周り、それがいつしか政に口出すようになった。
聖女の言葉に民衆は傾いた。家臣たちも王や王子の言葉よりも、私の言葉を聞くようになった。
ある時から国王は戦争を始めようとしていた。
折角、魔王が倒され、平和な世になったというのに今度は今まで力を合わせていた人間と戦おうというのだ。
私は何度も国王にお目通り願い、戦さを止めるように進言した。
国王の息子である王子にも、王を諫めるように説得した。
しかし、うまくいかなかった。
それどころか王子から一方的に婚約破棄された。
理由を聞いたら「真実の愛に目覚めた」――のだそうだ。
さらに国王は私に付き従った家臣たちを、あらぬ罪で裁き、あるいは追放していった。
そして気が付いた時には、自分の周りに味方がいなくなっていた。
かつての仲間たちは田舎に帰り、残っていた勇者たちは全員王子の側についた。
結局、私は王族に対する侮辱罪で、火炙りが決まった。
私は進言しても、1度も国王や王子を侮辱したり、卑下するようなことを言ったことがない。
つまりは濡れ衣だった。
私が火刑台に吊されても、誰も助けようとはしない。
後ろの方で王子と国王、かつての仲間たちが笑っているのが見えた。
私は1人だ。
大勢の悪意と炎に包まれながら、私はまた天を仰ぐ。
「またか……」
私は聖女だ。
その前の前世も聖女だった。
その前の前も……。
そして、それはすべて悲劇的な終わりを告げた。
しかも、いずれも世界を救った後に起こっている。
初めは毒殺され、2度目は過労死、そして3度目は火あぶりだ。
さすがに3回目となると、もう感慨が浮かばないと思いきや、これはこれで悔しい気持ちでいっぱいだった。
私はその抱えた気持ちを吐き出すべく、息を吸う。
喉が焼け付くように痛かったが、もはやどうでもよくなっていた。
「どうしていつもこうなのよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
逆巻く炎の中に、私の声は飲み込まれていった。
◆◇◆◇◆
次に目を覚ました時、私は白一色の景色の中にいた。
明るいのに、どこか薄暗い。厚い雲の中にいるようで、視界がぼやけて見えた。
「や! 久しぶりだね、ミレニア」
唐突に私の視界に入ってきたのは、猫なのか狐なのか、あるいは狼なのかよくわからない生き物だった。
ふわふわの真っ白な体毛に、黄金色の瞳、猫に似た口ひげがみょ~んと伸びている。
それが人の言葉を介し、私に近づいてくるのだ。
普通の人だったら腰を抜かすと思う。
何せ喋る獣だ。見た目こそ可愛いけど、やはり人間の言葉を喋る動物なんてやはりおぞましい。
実際、会ったばかりの私がそうだった。
だが、今は違う。
私は現れた獣の首を掴むと、そのまま引き寄せた。
「はあ~~。いつもモフモフ……。生き返るわぁぁぁあああ!」
綿帽子を大きくしたようなふわふわモフモフの毛を存分に味わい尽くす。
「ちょ! ミレニア、やめてよ! やめて!」
「いいじゃない。お勤めが終わったところなんだから」
「出所後のやの付く職業みたいなこと言わないでよ。間違ってないけど……」
「はあ……。もふもふ……。ずっと堪能してたい。香りもいいし。すーはーすーはー」
「のっけからボクの匂いを嗅がないでくれるかな! お願いだから、ストップ! タンマタンマ!!」
脱皮でもするかの如く、するりと私の胸から獣は脱出する。
音無しの着地を見せると、ふわふわの尻尾を揺らして、私の方に振り返った。
この獣の名前は「神様」。
冗談みたいで本当の話。
宇宙を作り、大地を作り、人類を作った創造神だ。
「まずはご苦労様、ミレニア」
「ご苦労様って一言で言うほど、簡単じゃなかったけどね」
「でも、楽勝だったじゃないか。ボクが与えたチート能力を、まさかあんな風に使うなんてね。思いも寄らなかったよ。魔王もびっくりしていたしね」
「そうね。その点については、あの時咄嗟に思い付いた自分を――――って、そういうことじゃなくて!」
「君はボクが見てきた人間の中でも、1番能力を使うのがうまいよ。選んだボクとしても鼻が高いね」
「待って、神様。私が言いたいことがそうじゃないの。何よ、あの最期は! しかもこれで3回目よ!」
「そうだね。ボクも火あぶりにされる君を見て、心苦しかったよ」
「だったら見てないで助けてよ。神様なんだから」
「それはできない。神が人間界に直接干渉するのは御法度だからね」
「御法度って……。神様でしょ?」
「そうだよ、ボクが決めた。ボクが決めたルールをボクが守ってるだけさ。何か悪いことでもある?」
悪いとかそういう問題じゃないと思うけど。
いや、もう止めておこう。この神様は、元から話が通じないタイプなのだ。
私たち人間の常識では測れない。
1つ言い返せば、1億の言葉で返ってくる。
可愛い見た目をしているけど、中身はパワハラ上司となんら変わらない。
いや、私にとって神様は上司そのものだ。
私の一番初めの人生――それはもう最悪だった。生きているのが不思議なぐらいだった。
そんな時現れたのが、この神様だ。
神様は言った。
『君をこの生活から助けてあげる。その代わりに、世界を救ってくれないかな』
何を言ってるかわからなかった。
けれど、私は藁に縋る思いで神様と契約し、破滅しそうな世界に聖女として送り込まれる。
そんなことを繰り返していた。
「さて、次はどんな能力がいいかな? 今からもう楽しみだよ。君がどんな風に世界を救うかを……」
「もういらない」
私は絞り出すように神様に言った。
すると、神様は首を傾げる。動作の1つ1つがいちいちあざとい。
「困ってる人を助けたいって気持ちはあるわ。今もね。……でも、もう限界よ」
「限界?」
「私、普通の人間になりたい。普通の家庭に生まれて、普通の生活をして、普通の仕事をして、普通の恋をしてみたい」
「聖女として活躍すれば、食べるものにも、着るものにも困らない。なんの不自由のない生活ができていたろ? 今回は王子様と婚約するにまで至ったのに、君はそういう人生を断って、平凡な人間として暮らしたいというのかい?」
「暮らしたいわ。確かに聖女の生活はとても魅力的よ。魔王討伐も苦労はあったけど、スリリングな毎日も嫌いではなかったわ。……けど、最初から決められたレールの上を歩いているようで、まるで自分の人生じゃないみたいだった」
確かに生活に不自由な点は何もなかった。
けれど、私はその中でずっと自由を欲していたのに、それを与えてくれる人は1人もいなかったのだ。
「それに、もう自分のチート能力によって他人から恨まれたり、嫉妬されたりするのはもうたくさんなの……。だからお願い、神様」
私を自由にさせて……。
半分泣きそうになりながら、私は神様に訴えた。
4度の人生の経験を経て、ようやく決心がついたのだ。
聖女ではなく、普通の女の子になる決意を……。
「いいよ」
「――――ッ!」
「なんだい、その顔。断られると思った?」
神様は尻尾を揺らしながら、ケラケラと笑う。
「ボクだって鬼じゃない。これでも神様だからね。君が辛い想いをしているのは知っている」
「ありがとう、神様」
私は神様に抱きつく。再び存分にモフモフを堪能した。
「こら、ミレニア。ドサクサに紛れて引っ付かないでくれ」
「ムフフフ……。神様は優しい!」
「今回だけは特別さ。聖女の心のケアも、ボクの役目だからね。さて――――」
神様はまた私の胸からすり抜ける。
地面に着地すると、その瞬間魔法陣のようなものが浮かび上がった。
淡い桜色の光を見て、息を飲む。
その魔法陣を見ながら、神様は言った。
「ふむ。ここなら良さそうだ。比較的安定しているし、出自も君の要望に応えることができそうだ」
「どういう世界なの?」
「君が1度目に救った世界を覚えているかい……。そのざっと1000年後の世界だ。君のおかげで魔族という脅威がなくなって、随分と年数が経っている」
なるほど。だから、安定しているのか。
前にいった世界なら、その時の知識を使えるかもしれない。
「かなり文化体系や政治、国の形が、君がいた時と大きく変容している。前の知識は一切通じないとみていいだろうね」
「それは残念……」
私は肩を竦める。
ちょっとぐらいならズルできると思ったのに。
「もう1度聞くけど、本当に能力はいらないんだね」
「ええ……。私は普通の女の子として、暮らしたいの」
「そう。じゃあ、せめて言語が通じるようにしておこう。君、語学が苦手だったろ」
「うっ……。よくそんなことを覚えていたわね」
1度目の時の苦労を思い出す。
だから、2度目の時からは言語が通じるチートを神様にもらったんだ。
「ふっ……」
ん? なに、神様? 今、もしかして笑った?
私の気のせいかしら。
火柱に括り付けられてから日も経ってないし。
ちょっとナーバスになっているのかもね。
普通こうして喋ることなんてできない。たぶん、神様が私の知らないところでメンタルケアとやらをしているからだと思うけど。
「それじゃあ行くよ」
神様の金色の瞳が閃く。
すると、私の足元に真っ白な魔法陣が浮かび上がった。
くるくると回転を始めると、私の視界を真っ白に覆う。
白い光に覆われる直前、神様が何か言っていたのを見た。
「ミレニア、気を付けて。ボクが人を転生させる世界は、いつか滅び行く世界……。君が望んだ普通の世界も例外じゃない。ただし――――」
君が聖女になれば、何の問題もないと思うけどね……。
私には何も聞こえない。
ほんの一瞬のことだったから。
でも、ほんの一瞬だったけど見たのだ。
やはり神様が笑っているのを……。
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