中編

「ギャアアアアアアア!!」

「うおっ!」

「どうしましたテツオさん!」

「くくくくくく首、首が!」

「って、なんでお前ここにいるの?」

 声をかけられて振り向けば、そこにはこのホテルの常連の、美女限定人喰いリーマン野郎(イケメン俳優に似ている)が、心配そうにこっちを見ている。

「裏口の鍵が開いていたので、つい勝手に入っちゃいました。ちゃんと戸締りしたほうがいいですよ」

「え、マジで……いや、開いてても入るなよ」

 俺の苦情をスルーして、フロントの窓からひょいと顔を出したヤツは、生首が入った箱を特に驚くことなくチラッと見たあと、その向こうで仁王立ちしているガキを見て、にっこりと笑った。

「あらま、トウコさんじゃないですか。お久しぶりですね」

 声をかけられたガキ……トウコも、おや、と眉を上げる。

「おお、お主か。久しぶりじゃの。最近良い肉食っとるか?」

「まあ、ぼちぼちですね」

「普通に世間話するのやめろ、バケモノども」

 それもラブホのフロント越しにするんじゃねえ。

 俺を無視して、トウコは頬を膨らませてヤツに訴える。

「聞いてくれ。ここの無礼な従業員が、見てくれだけで私を子供扱いして、中に入れてくれないのだ」

「うーん、トウコさん。それは従業員さんがかわいそうですよ。彼等は人間ですし、お仕事でやっているだけですから」

「俺は何も言ってねえけど……ところで、目の前の生首を背景扱いすんのやめてくれねえかな」

 俺が言うと、トウコがハッとした表情になる。

「すまない、愛しき人よ! 決してあなたを無視していたわけではないのだ!」

 そう言って、大事そうに生首を箱から取り出して、頬を寄せる。生首の男は笑っていた。声は出ていないが、口をパクパクさせて、まるでトウコに語りかけているようだ。

 それにしても、生きている生首を見るのは俺も初めてだ。新人は大丈夫だろうか。と、振り返って見ると、新人は泡を吹いて倒れていた。

「あ、コイツ気絶してる!」

「あらら、大丈夫ですか?」

 ヤツと二人で新人の肩を担いで、バックヤードの奥へ引っ込む。とりあえず、仮眠室のベッドに新人を寝かせた。

「人間の生首くらいで驚いちゃうなんて、彼、大丈夫なんですか?」

 小声でヤツが耳打ちしてくるので、俺もトウコに聞こえないように小声で返す。

「フロント自体まだ慣れてねえみてえだからな。いきなりアレ見たらビビるわ……まあ仕事続けるかは本人次第だわな……」

 ヒソヒソ話している間にも、トウコは男の生首を愛しそうに撫でている。その表情は恍惚としていて、本気で恋している少女のようだ。なんだこの光景。

「っていうか、なんで男があの状態でわざわざウチに来るかね? ヤること無えだろ」

「うっわ、テツオさん無粋ですねえ」

 ドン引き、といった様子で見てくるが、コイツにだけはそんな顔をされる筋合いは無い。

「恋人同士が、誰にも邪魔されずに二人きりになりたい。そんなときにこちらを使うこともあるじゃないですか。あの二人じゃ、人目につく所では話をすることもむずかしいでしょうし」

「まあ、そりゃそうだろうけどよ」

「人間との恋ってむずかしいですよね」

 うん、だからってまったく同情する 気にはなれないけどな。

 と、 俺が新人を介抱している間に、 ヤツはフロント越しにトウコと話を始めた。

「トウコさん、どうしてもその姿じゃないと駄目なんですか? 本来のお姿のほうがずっとお美しいのに」

 ヤツのお世辞にトウコは満更でもなさそうな顔をする。

「その言葉はありがたいが、愛しき人はこの年齢の容姿が一等好きなのだ」

「 そうですか……」

 ヤツが、冷たい表情で生首をチラッと見た気がした。だが、それは一瞬のことで、すぐにトウコに笑顔を向ける。

「トウコさん、つまらないことでこのホテルが営業停止になっても困りますし、どうです? 十八歳以上の姿でチェックインして、お部屋に入ってから今のお姿に変化されるというのは」

「こんなことで営業停止になるか?」

「最近、年少者の性に対して世間が厳しいんですよ。トウコさんが、というよりはお相手が激しい避難を浴びる可能性が高いです」

 そもそも世間に出てこれねえだろ、その生首。

 しかし、ヤツの説明にトウコは納得したらしい。

「むう、面倒だが仕方ないな。では、一旦出直すとしよう」

 そう言って、トウコは銀色のアルミケースに生首をしまい、扉を丁寧に閉めると、手に提げて帰っていった。どう見ても、ラーメンの出前箱を持ち歩いた変な小学生にしか見えない。

 この後のシフトに入ってくるフロント係に、ラーメンの箱持った変な客が来るけど箱の中身見るなって言っとくか……? いや、次のシフトの奴は俺の同期だから、あんなのには慣れっこだろうと思い直す。俺が、いつの間にか、このラブホテルでバケモノどもが食い散らかした人間の死体処理に何も感じなくなってしまったように。

 その後、新人が目覚めるのを待って、元々自分の仕事が終わっていた俺は帰ろうとしたのだが、一人にしないでくれと泣きつかれ、結局、次のフロント係がやって来るまで付き合わされることになった。のこのこやってきた同期には、ちゃんと新人に研修しろと言っておいた。

 

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