あなたに首ったけ
藤ともみ
前編
「ですから、ラブホテルにあなたみたいな子どもを入れるわけにはいかないんですって」
部屋の清掃から戻ると、新米のフロント係が何やら客相手に狼狽えているようだった。
「子どもではないと何度も言っているだろう、人間」
幼い少女の声がフロントに響く。
「だけど、どう見たって小学生……」
「何揉めてるんだ」
新人らしいフロント係の肩越しに客を盗み見てみれば、なるほど、確かに小さいガキが不服そうな顔をして立っていた。手には何故か、ラーメン屋の出前箱らしき、銀色のアルミケースを提げている。
「お客様がどんな見た目だろうと干渉すんなって、フロントの奴らに教わんなかったのか?」
どうせこのホテルを使いたい奴なんざ、バケモノか、それに騙された人間しかいないんだ。そして、ここに勤めて数年経つ俺にはわかる。このガキは間違いなく前者である。
「めんどくせえから通しちまえよ」
「だ、駄目ですよ! 十八歳未満はラブホテルなんかに入れちゃ」
バケモノの客に慣れていないらしい、クソ真面目な新人の言葉に俺はため息をついてしまった。
しかし、どう見ても人間のガキの姿でやってきた客も客なので、一応尋ねてみる。
「人間じゃなくてバケモンのお客なら、オトナの姉ちゃんに変化してきてくれや。それくらいできんだろ? 知らんけど」
「仕方なかろう。我が恋人はこの服装とこの容姿をたいそう気に入っておるのだ」
目の前のガキは無い胸をそらす。だが。
「そもそもその相手はどこにいるんですか?」
「おい、バカ!」
慌てて止める俺に、新人は「だって……」と、困惑した様子で口ごもる。
確かにそうなのだ。俺たちがフロントで相手にしている客は、ラーメンの出前箱を持っている少女ただ一人で、相手の姿はどこにも見えない。受付をこのガキ一人に任せて待っている、というのでもない。本当にどこにも姿が見えない。でもそんな質問、ラブホのフロント係がしていい質問じゃねえだろ。
「何? 客の相手の顔を見たいのか? なんと無粋な……だがそこまで言うなら仕方がない」
そう言って、少女は出前箱をフロントの机の上に置いた。そして、カチャカチャと音をたてて箱の鍵を開ける。
「さあ、お外ですよ」
まるで、赤ん坊を慈しむ母親のような声をかけて、少女は出前箱の扉を開けた。
そこに入っていたのはラーメンではなかった。
ラーメンのどんぶりの代わりに、見知らぬ男の青白い生首が鎮座している。
生首は、閉じていた瞼を眩しそうに開くと、目が合った俺達を見て、申し訳なさそうに、うっすら笑った。
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