第16話金星の明るさで暮らしたい
空から降り注いでるであろう陽光を遮る雲。
排気ガスの集合体のように重々しく、今にも雨が降りそうだった。
敏感な人ならば偏頭痛を起こしているかもしれない。
まぁ僕は鈍感なのでそういうのは感じにくい。
今感じるのは粗いコンクリートのせいでバウンズする自転車の振動と、背中に背負った荷物の重み。
普段より軽い気がするのは気のせいなのか、それとも何か忘れ物をしているのか。
どちらにせよ今は気づかないふりをする。
今自転車を停めて確認して、もし何かなかったら僕は家に戻らなければならなくなる。
それだけは避けたかった。
昨晩の事件は何1つ解決していないからだ。
形だけは取り繕い、僕が謝罪の言葉を述べたが効果はない。
あれからあいつとは顔を合わせていないし、気まずい空気が常に充満している。
『ごめんなさい』なんて言葉にそもそも効力が無いのかもしれない。
それはまるでその言葉に責任転換しているような気もするが、実際そうだったし僕も『ごめんなさい』と今まで何度も言われてきたが、その言葉を聞いて本心から『いいよ』と許したことは無い。
やはり『ごめんなさい』の後が大事なのだろう。
その事象がまだ怨嗟されるような線を越えていないものだとすれば、何かお詫びの品を渡すであったり、バレないように相手をおだてたり。
行動で誠意を示せば元通り修復・・・・とはいかないものの、その半歩手前までには復活する・・・・と思う。
『言葉でなく行動で示せ』とはよく言ったものだと改めて感心する。
いろいろな所が錆びつき傷ついた自転車を校内の指定の位置へ停める。
同じ学び舎に所属する生徒達とぞろぞろと校舎へ侵入する。
今日で記念すべき3度目の登校。『シンリャクカツドウヨルノブ』とやらをカウントするなら4度目。
・・・・・・・・あまりいい思い出は無いけど。
これまでの学校活動記録をつけるならこうだろう。
・担任の東原新之助、もといクレヨン先生への衝撃。
・夜の学校へ侵入。
・屋上で『シンリャクカツドウホシノブ』
・警備員に拘束。
・警備員の
・反省文記入。
・猫。
・戦場カメラマンに勘違いされる。そして
・・・・・・・・といったところだ。
1つ1つ何かの映画のアバンタイトルだと言われても何も疑問に思わないかもしれない。
それくらい刺激的だった。
僕の欲しい刺激とはオリンポス山とユートピア平原くらいの違いだけど。
相変わらず喧騒に包まれた教室。
朝礼まであと15分ほどある、言うなれば1番最初の休み時間。
無聊を忌み嫌う学生にとってはまさにユートピア。
欲望の赴くままに個人の自由を楽しむ。
仲のいいグループで話したり、スマホをいじったり、勉強をしたり、音楽を聴いたり、ガッツリご飯を食べたり・・・・・・・・。
ガッツリご飯を食べている!?
朝から僕の周辺を魚と酢の匂いで侵略。
魚の匂いはもうこりごりだってのにかなり至近距離で臭う。
最近は母さんの仕送りのせいで、というかおかげで毎食魚料理。
早く食べないと痛んでしまうためらしい。
僕は匂いの源へ嗅覚を頼りに探・・・・・・・・・・・・さなくてもいい。
だって原因は分かっているから。
1度は教室の喧騒に耳を傾けその匂いを誤魔化そうとしたが限界が来たみたい。
教室の引き戸を開いた時点でその現実は僕の目を席巻してしまった。
「朝から海鮮丼とは健康だね。」
勿論、嫌味を含んでの言葉。
「にゃにゃにゃにゃににゃ!」
「口の中の物無くなってからでいいよ。」
口の中に食べ物が入った状態とはいえそうはならんだろというのは嚥下する。
こういう方々は設定を大事にするというのを僕は最近学んだから。
主に家で。
咀嚼を待ちわざとらしい『ごっくん』という音を聞いた後、彼女?の口が開いた。
そして・・・・・・・・。
箸にのる海鮮丼をもう1度頬張ろうとした。
「それを一旦置け!」
「にゃにゃにゃ!にゃにゃにゅにゅにゃ!」
「口の中に何もないんだから普通に喋れるだろ!」
「にゃにゆっにょにゅん?」
「お前、昨日は普通に喋ってたよな?・・・・もしかして、今更強烈な猫要素つけようとしてないか?」
お隣さんはバッと遠くを見た。
それはまるで獲物を見つけた猫のようだった。
「おばさんの若作りより見ていて痛々しいぞ。」
「はにゃ?」
まるでニホンゴワカリマセンと言わんばかりのお隣さんは・・・・・・・・猫。
アンバー色の髪の毛は顎の下でそろい、毛先はクシャッとウェーブがかっている。
それは天然なのかはたまたパーマをかけたのか。
髪の色と同様にアンバー色の瞳が教室の蛍光灯に照らされ爛々となり、まるで水晶玉を見ているよう。
グレイマン同様こいつも見た目は日本人離れしている。
そして、このお隣さんが猫である所以だが・・・・・・・・極めて単純。
頭上に2つの猫耳がある。
そして腰の辺りには猫の尻尾があるというところだ。
その耳と尻尾は装着されているとは到底思えなかった。
なぜなら自由自在に彼女の意思、感情の起伏に沿って動くからだ。
現代の技術が進歩したからと言ってこんなくだらない事に技術を集約するはずがない。
まぁ、個人で発注しているというなら別だけど。
つまり彼女は現代の妖怪『生きる猫女』ということになる。
「ひぇ!」
「妖怪じゃにゃいから。」
僕の首元に爪が添えられていた。
なぜ僕の心の中を読み取れたんだろう。
それはおねさんにも、あいつにもできる芸当だった。
・・・・・・・・1部の女性にはすでに第六感が備わっているのかもしれない。
閑話休題。
「それで?どうして今海鮮丼を食べているんだ?日本語で解説求む。」
「おみゃえが昨日生魚は早く食べないと『にゃににゃにす』とやらに寄生されると言ったから!・・・・・・・・言ったからにゃ!」
「いちいち言い換えなくていい。・・・・・・・・はぁ。どうして僕の周りにはこんな訳の分かんない奴が2人もいるんだ。」
「訳分かんなくにゃい!タマはタマにゃ!それ以外のなにものでもないにゃ!」
ふんっと僕のから顔を背ける。
その行動は紛れもなく人だったが、僕のその認識をあの耳と尻尾がどうしても邪魔をする。
是非とも彼女の一族郎党全てを見てみたいものだ。
・・・・・・・・今回も僕のポリシーは無念の敗北を喫した瞬間だった。
最近ぞんざいに扱っているな。
ゴホン。気合いを入れなきゃ。
そうこうしているうちに隣の猫が飯を掻っ込み終わった。
器用に箸を使い米の粒を1つずつつまみ出している。
・・・・・・・・器用に箸を使い。
無限に広がる見た目とのコントラスト、言動との矛盾。
僕のアポカリプスがこれ以上そこに触れるなと告げていた。
キリがないから。
「ぷはぁぁ。うみゃかった。まさににゃんだふる。にゃんていい日だにゃん。にゃんか眠くなってきた。」
ふぁぁぁと欠伸をする猫。
・・・・・・・・ちらちらと僕の方を見ながら話す猫の言動の1つ1つに僕の心はコールタールの様な負の感情に覆われそうだった。
「お前は猫だ。誰が何と言おうと猫だ。僕もお前のことは猫だと思う。ほら言ってみろ吾輩は?」
「吾輩は猫である。」
「そう、それでいい。」
僕のサニティはこの発言で元に戻った。
「・・・・・・・・それにしても漱石君。おみゃえ・・・・・・・・さっきからにゃんか良い匂いするにゃ。なんの匂いにゃ?」
首を斜め45度に傾け、僕の首元をクンクンと嗅ぐ。
僕の視界に入るのはやけにリアルでシームレスな猫耳。
僕の鼻をくすぐるフローラルな香り。
僕の・・・・・・・・僕の心臓が喧しくなっているのは・・・・・・・・
やけに近い、急に接近する女の子に体中が敏感に反応する。
今までの思考回路がショートした。
僕は勢いよく体を引いた。
椅子の軋む音だけが僕の耳を木霊する。
教室は今も変わらず喧騒に包まれているのに。
「にゃは。なんだかお魚の匂いがするにゃ。」
「き、気のせいじゃない?」
僕はおでこにじんわりと滲む汗を拭い答える。
本当は気のせいなんかではないのに。
・・・・・・・・チャイムがなる。
隣の猫は元の位置へ戻った。
茫洋とした教室の片隅で僕はラブコメをしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます