第15話心無い言葉
学校から家までの道のりを自転車で颯爽と駆け抜ける。
向かってくる夜風は春と言えど冷たい。
1漕ぎ、また1漕ぎとグングン前に進む代わりに剥き出しになった皮膚がそんな冷たい風に晒される。
やはり冬の残滓は抜け落ちていないのだろう。
夜の闇に乗じて風花のようにチラチラと降りしきるのを今、肌で感じていた。
・・・・・・・・そんな詮無い事はさておき。
あのうちゅうじんをどうやって調理しようか。
僕の怒りは再燃していた。
というか、1度も消火活動を出来ていないかった。
昨日の晩も、僕が家に帰ったころにはあいつの姿が無く、その代わりにおねさんが居間でテレビを見ていた。
おねさん曰くアステロいベルトを漂っているとの事らしい。
今更うちゅうじん要素を後付けしたところで染みついた地球人感は払拭されるはずがないのに。
流石の僕も憔悴しきっていたし・・・・その日は風呂に入って寝たが・・・・。
あいつは次の日になっても僕の前に現れることが無かった。
おねさん曰くタロットの導きのままにという事らしい。
僕はおねさんを疑った。
もはやそれはうちゅうに関連しないことだからだ。
あいつは設定にはこだわるタイプだし。
しかしおねさんはひょうひょうとしていたので・・・・・・・・何故かその時は納得してしまった。
今思えば、僕みたいなやつが詐欺に簡単に騙されるのではと少しばかりの恐怖を覚える。
ある意味いい経験になったと思えれば僕は仏になれるだろうが、僕にはあの2人がグルになって嘲笑っているとしか思えなかった。
これが少々発展した街で生きてきた者のドブネズミ思考なのだろうか。
閑話休題。
うちゅうじんの調理法は知らないが、タコの料理は知っている。
タコもうちゅうじんも暗闇で見れば変わりない。
一貫してキモいという事だけだ。
まぁ、うちゅうじん見たことないんだけど。
やっぱりタコのから揚げならぬうちゅうじんのから揚げだろうか?
得体のしれないものはとりあえず揚げれば何とかなりそうだし、料理の入門書にだって揚げればなんだってウマイと書いていた・・・・かな?
もしくは茹で?生はありえない。
慎重派な僕にとって未知の物を生で食べる勇気はない。
だからあいつは揚げることにしよう。
僕の怒りの温度で。
自転車、もとい
時刻は8時。
地元にいた時は周りはもっと明るかったが、やはり高齢化が進むこの町では近所の家の明かりすら消えている。
つまりそれは就寝していることを意味していた。
森閑したご近所とはうって変わって、この家からは光が溢れている。
この家だけ部落差別されている様な気さえする。
でも、なんだろう・・・・『おかえり』って言われている気がして温かかった。
・・・・・・・・「おかえりぃぃぃぃぃ!」
言われていた。
それも、もはや嬌声とも呼べるような声で。
うば桜が瞬きと共に迫ってくる。
「た、ただいま。」
僕はその勢いを殺すために諸手を前に出す。
勢いを殺すために!大事な事なので2回言う。
「やぁん。エッチュ。」
「自分で今当てたじゃないですか!あと口すぼめるのやめてください。」
「いいじゃない。アメリカでは常識よ。」
「ウィーアーフロムジャパンですけどね。」
恍惚な視線で上目遣いする茶髪の狐を抑え込み、木目調の廊下に足を乗せる。
いつもならおねさんとのじゃれ合いももう少し長くやるが、僕の頭の中はうちゅうじん退治で一杯だった。
居間までの廊下を重い鞄と重いおねさんを背負い歩く。
・・・・・・・・訂正、軽いおねさん。
僕の首根っこに手が添えられてしまった。
居間を隔てるドアに手をかけ、扉を開く。
水で滴る水灰色の髪。それは水星を模したような色で、スピリチュアルな趣があった。
大きな瞳は青く、鼻筋は鋭く、小さな顔にちいさな口。
日本語を話すのが不思議なくらい、ここ日本では常識的でない顔立ち。
そして、華奢な体は僕に一抹の不安を抱かせる。
しかし・・・・・・・・それを追い越す怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「た、ただいま・・・・?」
「『おかえり』な。」
「おかえり。」
「『ただいま』な。」
「ふぇ?でもさっき・・・・分からない。ここはどこ?私は誰?」
「ここは黄泉。お前は死者。」
「わ、私・・・・死んじゃった・・・・の?」
頭にイントロゲーションマークを複数掲げる死者。
「あの言葉を叫べば黄泉の世界を出られるぞ。」
「あの言葉・・・・・・・・あっ!・・・・言わないとダメ?」
「言わないとだめだ。」
「・・・・・・・・ゃそせ・・・・・・・・」
「聞こえないなぁ。」
「し、し・・・・・・・・『死者蘇生』!」
静かなこの町に、静かな居間に震撼する『死者蘇生』の声。
もちろん原作通りの声音で。
1度は禁止カード認定されたが、文字通り今や制限カードへと蘇生した。
その汎用性の高さといえば宇宙の如く青天井、もとい
カァァッと赤面する姿はまるでゆでだこそのものだった。
やはりうちゅうじんとタコの境界は紙一重だったらしい。
「やぁぁぁい!やぁぁぁい!恥ずかしいだろ!『死者蘇生』なんて叫んで!自称でも15歳の
赤面するゆでだこマンにとどめ、もとい神経締めをする。
「・・・・・・・・さい。」
「え?聞こえないなぁ?人と話すときは人の目を見て話すのですわよ。こんなこと言わせないで頂戴。これだから最近のうちゅうじんは。」
「・・・・・・・・るさい。」
「るさい?ってことは次こそはうるさいって言うんだろ?」
「うる・・・・・・・・・・・・・・・・だまれぇぇぇぇぇぇ!シャラップフォーエバー!うるさぁぁぁぁぁい!」
無聊を代弁するこの町にうちゅうじんの怒号が木霊する。
双眸をぎらつかせ、わなわなと震えながら、それでも地に足をつけて。
その小さな体のどこにそんな大きな声が出る器官があるのかと不思議に思うほどに。
でも、僕の怒りがそこで収まるはずもなく。
なんせほぼ1日分。
昨晩から今に至るまで、僕にはストレスのはけ口が無かったのだから。
警備員に僕が捕まった時、あいつが少しでも義侠心を見せ、僕と一緒に怒られてくれれば。
まぁそんなことできるわけないか。
僕たちは出会ってまだ日が浅いし、それに・・・・・・・・・・・・。
「図星だったじゃねぇか。順番変えたって意味ねぇよ。お前はそうやって嫌なことを後回しにして、好きな事ばっかりやって、嫌なことから目を逸らす。そして最後に忘れたふりをするんだ!そうだろ!だからお前はぐえっ!」
「はいそこまで!」
僕の背中の荷物、もといオリンポス山、もといおねさんが僕の首をグッと締める。
行き過ぎた僕を制止するため、そして頃合いを見計らっていたのだろう。
僕の中から何かが抜け落ちる。
そして少しの畏怖。
もし、僕の口からさっきの続きを言おうものなら・・・・ここでの生活は不可能になるかもしれない。
自称15歳でありながら1日中プラプラ、目的もなく意味もなく。
やれ星がとかうちゅうがとか・・・・そんな詮無い事を思いながら。
それも知識があるわけでなく、本当に僕から見てなんのために生きてるんだろうと。
誰かのために生きろとは思わない、でも何かのために生きろとは思う。
それがあいつの好きなうちゅうでも星でも。
でもあいつは何かに変わって生きようとしていた。
それも存在すら不確定、未確認の『うちゅうじん』に。
人は誰かに変わることもなることも出来ない。
なぜなら唯一無二の存在だから。
あの有名人に似ていると言われ、ちやほやされても中身は全く違う。
どんなそっくりさんも本人になり替わることは出来ない。
そしてどれだけ共感できる人でも、何かが決定的に違う。
もし全く、体の構造も、臓器も、傷跡も、考え方も、好きな何かも同じ人と出会ったのなら・・・・・・・・それはうちゅうじん、もしくはロボットであると僕は断言できる。
こんなの人生を15年経験した僕ですら理解できるし、そのことで何度も懊悩してきた。
しかし、そんな事では人生の荒波に飲まれてしまうから皆それぞれに嚥下して前に進む。
そうすることで大人になるから。
でもあいつは嚥下せずに吐きだし、子供のようにそれを手で払う。
時には隠し、バレれば醜い言い訳を探し、結局泣きわめく。
・・・・・・・・僕はそんなあいつにイラついていたのかもしれない。
怒りの矛先が分からなくなってしまった。
「ほら、だめよぉ喧嘩しちゃ。ミッキーも言い過ぎよ。謝りなさい。・・・・・・・・大人なんでしょ?」
耳元で話すおねさんの声が僕の耳を席巻する。
相変わらず艶めかしい声は居間の空気に微睡みを与える。
『大人なんでしょ?』
・・・・・・・・そう、僕は大人。
腰は低く、八方美人な大人になる。いや、ならないといけない。
チクリとした痛みの後に舌にまとわりつく血の味。
口元がじんわりと熱くなる。
その瞬間、体全体に広がっていた熱が引いた。
「言い過ぎた。ごめん。」
僕の口から、まるであの反省文の様な言葉が出た。
・・・・・・・・体中に鳥肌が立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます