第4話運命。予知。回避。おかしゃん。
「おかぁしゃぁぁん!」
子を呼ぶ娘のような声が静寂に包まれた部屋にこだまする。
少しこもった声。
それでも空気が波のように揺れ、鼓膜を揺らす。
ゆらゆらとではなく、強引に。
縮まらない距離を足掻くように。
「グレイちゃん!どうしたの?!赤飯!?赤飯が必要なの?!」
ドタドタと風呂場へ駆け寄る。
あのー僕いるんですけどー。
赤飯ってあれでしょ。流石に知ってる。
おねさんは忙しい。
まぁ僕が来たというのが1番の理由なんだろうけど。
お母さん(僕の)が言うにはおねさんは基本暇で、結婚はおろか就職してるかすら怪しいと。
電話をする度に剣呑し、辟易していた。
コドモッテドウヤッタラデキルンダッケー?
基本的には結婚してーコウノトリさんがーなんて夢見がちな寝言を吐くような年ではない。
むしろ細部まで知っているつもり。
それが15歳、性別男という生き物だろう。
知識だけが死骸に群がるウジ虫の様に増幅し、経験が追いつかない。
でも年を取るにつれ、その距離は縮まる・・・・よね?
大人に近づき、子供でいられなくなる。
無邪気で、何にでも興味を持つような。
若干15歳という僕ですら、興味というものを最近感じない。
なし崩しで仕方なくやっているという事が増えてきた。
それは知ってしまうから。
原理を、仕組みを。
不思議が、未知が年を取るにつれて減っていく。
だから大人は含みを交えて話すのかもしれない。
徹頭徹尾、物事を知れば寂寥感に襲われることを知っているから。
だから僕も・・・・・・・・。
「やぁぁぁん。今日もグレイちゃんはかぁいいわぁ!いや、今日は・・・・ユニバァァス!って感じね。」
ドタドタ、テクテク。ばぁぁぁん!
2つの足音がダンデムした後、引き戸が豪快な音を立て開く。
ちなみにドタドタは・・・・言わずとも分かりますよね。
テクテクはあれだよ。・・・・しつこい!
だって・・・・・・・・。咳払いすれば場面は変わりますか?
はぁぁ。ため息。息とともにこの家での僕の社会的常識を吐く。
僕が培ってきた常識はこの家では通じない。
「お風呂に入ってたのでは?」
「巻頭グラビアみたいなーも・の。」
ほれほれーっとあたかも傲岸不遜にポーズを決める。
「言うなればぁ・・・・親子丼?」
パシャパシャとフラッシュは焚かれない。
だがどんどんと不信感が焚かれる。
・・・・・・・・しかし。僕も男だ。
うちゅうじん基グレイマン基グレイちゃん?はなかなか良い。
薄灰色の長い髪が少し水気を纏い、水滴が滴る。
その水滴が、弱弱しい双肩にかかり、芸術品の様な端正な魅力を醸し出す。
主張の少ない、しかし素材を存分に生かした白のワンピースの水着は胸元に控えめなフリルが装飾として存在している。
それこそがこの水着の醍醐味であると言っても過言ではない。
少々落ち着いた胸元にドキドキする。
・・・・・・・・それにしても極端な奴だ。
出会った当初は全身着ぐるみ。
その次は顔だけ。まぁその顔が良い意味でサプライズだったんだけど。
そして今度は水着。布の面積は全身から局部のみ。
これがギャップ萌え?・・・・多分違う。
「・・・・見すぎ。」
太陽に透かした青いビー玉の様な瞳を潤つかせながら、小動物の様に母(仮)の背に隠れる。
なんだろう。犯罪を犯した気分。いやだなぁ、何もしてませんよ。
それに・・・・隠れた背中の持ち主は猛獣ですよ。
「ミッキー分かってるじゃない!特にこの発展途上の胸。それに滴る聖水。はぁぁ。えっろいわぁぁ!」
「や、やめてぇ。」
小動物の最後の反抗虚しく、グレイちゃん?は体中を侵略される。
水着の親子丼が・・・・娘は国宝級。母?は・・・・ノーコメントで。
目の前でエレクト〇カルパレードが開かれる。
ミッキー(もちろん僕のここでのあだ名だよ)の中身は大はしゃぎ。
毛は逆立ち、目はギンギンに。
ここは夢の国ですかぁ!ハハッ!
時は流れ、夕餉の時間。
雨は止まず、絶え間なく降り続いている。
窓に当たる雨粒に同情する。
どうせなら地面に降り立ちたかったよな。
仕方ない。それも運命と受け入れるしかない。
「さぁ出来たわよぉ!」
甘ったるい新妻の様な声を境に机に飛びつく美少女とトコトコ歩く僕。
もう新妻なんて言える歳ではないはずなのに。
照れからか心の中で悪態をつく。
素直になれないのは思春期だからだろうか。
ご飯を作ってくれたことに安心感を覚える。
肩の力が抜け、頬が緩む。
ここで生活することは可能なようだ。
「ほらほら!早く席に着きなさい。グレイちゃんの鼻息がこれ以上ひどくなる前に。」
「ムッッッッッフーーーーーン!」
両手に箸を1本ずつ持ち、座りながらも前傾姿勢になっている。
今にもどこかと交信してそうな・・・・。
え?ちょっと染まってきてる?微弱な電波信号に洗脳されてきているのか。
スイッチをオフ。高校生活に期待。
「す、すいません。」
机の前に座る。
眼前にはお世辞にも綺麗な色どりとは言えない・・・・でもすごく温かみのある食事が並んでいた。
揚げ物の茶色に席巻された黄土色の4人用の机。
衣は見るからにサクッ、パリッとしている。
それは僕の心に善意の隕石をぶつける。
隠せないまでに僕は喜色に満ち溢れ、心が温かくなる。
やはり杞憂だったようだ。
たまには素直になるのも悪くない。
「すごく美味しそうです。」
前髪をいじりながら、そしてうつむきがちに言う。
これが思春期の限界。
本当は笑顔で言いたい。声を張り上げて言いたい。
でも、様々な経験、そして人の目、そんなものを知り過ぎた僕たち思春期生には精一杯の素直。
テレパシーが使えたらどれだけ楽だろうか。
ナントカ光線で気持ちをぶつけられたらどれだけ楽だろうか。
でもそんなものこの世にはない。
思いは言葉に。気持ちは口で伝えなきゃ伝わらない。
相手がうちゅうじんなら別だろうけど。
「きゃぁぁぁ!デレキタァァァ!やっぱりツンデレだったのね、ミッキー!」
ガバッ、うわっ!バァァァン。
僕の視界は目まぐるしく変わり、揚げ物から天井、そして・・・・・・・・おねさんの胸。
はぁ。結局こうなるのか。
じゃあ。初めて口にしますが・・・・。
「ユニバァァス!」
闇に包まれた空。
雨は止まず、地球から見える宇宙は固まった灰の様な雲に覆われ、見えなかった。
やっぱり星は見えない。
点と点を線で結ぶ。
ここにいることも、こうやって星が見えないことも運命なのかもしれない。
こことは違う、パラレルワールドの僕はもしかしたら地元で1人暮らしをしているかもしれない。
それはないか。
とにかく星は見えてるかも。
グレイマンには会っていないのかもしれない。
うぅぅぅん。まぁいっか。
腹部に感じる皮膚の張りを誤魔化すように遠い彼方に脳を使う。
我ながららしくない。
僕の中でも何かが侵略活動を開始しているのかも。
「ムイィィィ!」
「分かったよ、あと両手はやめろ。痛い。」
腹部の痛みは増し、鋭くなってきたところで止める。
これはあれだよ。好きな子に構ってほしいからとかじゃなくて・・・・・・・・本当に面倒なことが起こりそうだったから。
「ソレデ、ヨウケンハナンデショウ?」
1言1言に区切りを入れつつ話す。
簡単に言うならワレワレハウチュウジンダみたいな感じ。
だって目の前には朝と昼の間ごろに衝撃的な出会いをしたうちゅうじん基グレイマンがいるから。
その着ぐるみ、綺麗なの?
僕の感性はやはり少しづつズレてきている気がする。
今、こいつを見るとそんな疑問が浮かんだ。
はぁぁ。怖い。
「シンリャクカツドウヨルノブヲハジメル。」
こちらに合わせて区切りつけ喉元を震わすようにはな・・・・交信を始める。
「そうなのか。じゃあ、いってら。」
「お前もついてくる!」
少し意地悪してしまった。
これも気になる子にちょっかいとかではない・・・・はず。
「朝も昼も夜も君に侵略されるほどやわじゃないよ、日本は。」
「何言ってる。あと1歩。今こそ宇宙のあの・・・・え、偉い人の力を借りられる。」
人任せかよ。
まぁでも自分の力量をわきまえているという点では・・・・いいのか?
「嫌だと言ったら?」
「おかしゃん呼ぶ。」
「・・・・・・・・よし行こう。」
ドレスコードはレインコート。別名カッパ。
バチバチと頭上で雨粒がはじかれる音がする。
それと同時に鈍い振動が頭を刺激する。
鉛の銃弾をもろに受けているような、そんな感覚。まぁ受けたことないけど。
昼の温かさは嘘のようで、夜はかなり寒い。
昼は夏のようで春だという事を忘れていたが、今はまるで冬のよう。
本当に春かと疑い、適温を渇望する。
鋭い冷気が雨粒に乗って体を襲う。
レインコートの中はやはり長袖の方が良かった。
グレイマン、いや、今はグレイちゃんらしい。
レインコートが包むのは幼稚な体躯の美少女。
長い水灰色の髪はレインコートに収まりきらず水気を帯びている。
それが何故か色っぽく、でもどこか浮世離れしていて。
その髪は地毛なのか、それとも染めたのか。
まぁどっちでもいいや。
それより・・・・・・・・。
「庭から出るなよ。あと、寒いから早くしてくれ。」
「なるはや・・・・ね。」
「ちょっと待て。なにシティーガールの風吹かしてんだよ。お前が吹かしていいのは・・・・それはなぁ・・・・。」
「出てこないんだ・・・・ね。」
この野郎。こっちは寒風にうたれてるんだ。
お前みたいな馬鹿は風邪をひかないかもしれないが、僕は普通だから風邪をひくんだぞ。
馬鹿もそうだけどうちゅうじんも風邪をひかないのか?
馬鹿でうちゅうじんなお前は絶対風邪ひかないじゃないか!
「や、やめぇぇー。」
両頬を引っ張る。濡れて冷えた手で。
技名をつけるなら・・・・・・・・やめとこ。
ムーイムーイと両頬を引っ張り続ける。
やられるだけで終わらないのが侵略者・・・・なのかもしれない。
僕の両腹はさっきとは比にならないくらいに強くつねられる。
そこに愛嬌、遠慮、力加減は無く、寒さで硬直した皮膚が根元から引きちぎられるような。
「は、離すから。悪かったよ。お前は十分シティーガールだ。立派なおませさんだよ。どれくらいかって?そりゃあ小1から男の子にバレンタインチョコを配るくらいだ!」
もっちりと柔らかい両頬を離し、必死の説得。
「私、15なんだけど。なんか馬鹿にして・・・・る?」
「寝言は寝て言え。いや、脳みそは常に寝ているのか?」
「シンザンモノがぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
・・・・・・・・・・・・その悲鳴は肉が引きちぎれそうで痛みを誤魔化すものから、驚き、そして恐怖へと変わった。
青天の霹靂。
目の前が白く光り、チカッと目の前でフラッシュを焚かれたのかと錯乱する。
心臓がドクン跳ね、体が軽く痙攣。
そんなことに思慮をめぐらす時間もなく、ドンッと地面をえぐる音に遅れ、ゴロゴロとこの世にいない大型動物の腹の音の様な、鈍重で体中に響く音が夜の静寂を根底からぶち壊す。
焦げ付いた匂いが夜の匂いに混じり、いつもの日常を変える。
慄き、錯綜する。
体は震え、目の前の光景に息を吞む。
舗装されていない庭先の道。
コンクリートはえぐれ、土がむき出しに。
雨のせいか剥きだした土は水気を帯びていた。
・・・・・・・・・・・・僕たちの目の前に雷が落ちた。
庭から出るな、レインコートを着ろ。
おねさんは強く強く語っていた。
そこには出会い頭のおふざけの様子は無かった気がする。
だからこそ僕もその言いつけを守り、そそくさと出ようとするうちゅうじんを拘束していた。
まるでこうなることを予知していたような。
・・・・・・・・まさかね。
気象予報士でも雷が落ちる位置まで把握は出来ない。
オトナッテスゴイナァ。今はこれでいい。
とにかく。
「大丈夫か?」
さっきまでつねっていた腹に、身を任せる様に抱きつくうちゅじんに交信する。
「や、やっぱりおかしゃんはうちゅうじんだ。」
「・・・・・・・・・・・・ヘェー。スゴイネー。」
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